7:彼は、気づくだろうか
本当に行くのか、という質問は、何度したか分からない。
それに「行く」と答えたのは、他でもない絆賀だ。
「だって、ゆーひさん、今日おばあちゃんたちとお話でしょ」
「あぁ……まあ」
「この前のおばあちゃんたち、怖かったもん。会うのやだ」
絆賀が、ぷく、と頬を膨らませる。
だからといって、親を亡くした小学生が葬式から二日で忌引き明けというのは、仮にも保護者としていろんな方向に顔が立たない。
「それに、」
「?」
「はやく、友達に会いたい」
………。
「そうか」
おそらくこの子供は、自分の限界を知らない。いや、そのほうが成長しやすいこともあるのだから、完全に短所とは言えないのだが。
限界を知らないということは、とうに限界であることを知らないまま、まだ動いている可能性だってあるのだ。そこを少し不安に思いながら、乗り換えを書いたメモを確認させて、藍色のランドセルを送り出した。
メモに書いた連絡先と十円玉が三枚。彼は、気づくだろうか。
午前十時。指定されたのは、個人経営の喫茶店だった。
「絆賀くんは? 一緒じゃないの?」
………来た。
「早く友達に会いたいと言っていたので、学校に行かせました」
「えっ、もう?」
「ご安心を。連絡先は渡してありますので」
これ以上は詮索不要であると言いたいのを、ポーカーフェイスで隠しきる。
複雑そうな顔をした老婆は、隣の女と目を合わせた。
「とりあえず、座りませんか。お店にもご迷惑ですよ」
極めつけの自分の言葉に、二人は大人しく向かいの席に座った。
「まずは小学校なんですが……」
注文を終えたタイミングで話し始める。相手には呑まれない。
小学校のこと、いま住んでいるマンションのこと、絆賀の実家から移動させた荷物のこと。
「……とまあ、とりあえずは以上です。何かご不明な点はございますか」
「いえ……。強いて言うなら、家から学校が遠すぎるのではないかしら。本当に、絆賀本人が決めたの?」
「もちろんです。確かに、今の自分に引越すだけの余裕がないことは陳謝いたしますが、それを差し引いても、あの子は自分で今の学校を続けると決めましたよ」
自分がそう言っても曇った顔は直らないが、納得はしていたようだった。
「それでは、次はこちらから」
老婆についてきていた女が、A4の紙を一枚取り出した。
見覚えがある。葬式にもいた、比較的静かな人だった。
「養育費のほうですが、毎月一日に、絆賀くんの口座へ三十万ずつ振り込ませていただきます。給食費は義姉さん……あの子の母親の口座から下りるようになっておりましたので、一度こちらの口座への相続を終わらせてあります。今後はここから引き落とされますので、給食費についてはご心配なさらず。あの子の家ですが、今すぐの取り壊しや売却は考えておりません。片付けが終わったら、定期的に掃除をして、あと数年はおいておこうという方向で固まっています。もちろん、固定資産税およびローンの残りはこちらで支払います」
「ありがとうございます、助かります」
「ところで河中さん」
「? はい」
「うちの親族については、ご存じで?」
……いいえ、というのが答えだが、正直知りたくもない。
この世界線に公衆電話ってまだあるんだろうか。




