15:悪い、今いいか
ひととおり診察を終えると、小さな小児科クリニックの院長である老父は、「風邪だね」と微笑んだ。
「この時期はまだインフルエンザとか怪しかったから検査したけど、なんにもなさそうだ。熱冷ましと、咳止めだけ出しとこうかな」
「ありがとうございます」
着ていたジャケットを絆賀に着せながら礼を言うと、彼はニコニコと笑みを絶やさない。
「いやぁ、ご夫婦が亡くなったって聞いたときは、かなーり心配したんだけどね。大丈夫そうだね」
———ちゃんと、甘えられてるね
「え」
言葉にも驚いたが、絆賀がぐずるように両手を伸ばしてきたのにも驚いた。
ご要望通り抱き上げてやると、「ふふ」と小さく満足そうに笑い、首に腕を回してくる。
「……………」
「んじゃ、お大事に」
そう言う医師に「お世話になりました」と頭を下げ、受付で支払いと薬を受け取る。
「そういえば、絆賀くんのお薬手帳はお持ちですか?」
「………そんなの作ってるんですか」
「作ってましたよ。貴重品や母子手帳と一緒に保管されてるかもしれません。今回のお薬は、前に一度出したことがあるものなので心配ありませんが、お薬にもアレルギーや効く効かないがありますので」
「……分かりました。探してみます。ありがとうございました」
受付のナースは“お大事に”と微笑み、俺の背中越しに絆賀へ手を振ったらしい。
既にくったりと眠りについた絆賀を落とさないように靴を脱ぎ、脱がせ、そのまま寝室へ直行する。
布団に絆賀を横たわらせると、赤子のようにすぐ目を開けた。
「絆賀。一度着替えよう。バンザイできるか」
「んん……」
Tシャツとズボンを取り替え、なけなしの知識のもと、首にタオルを巻く。
今になって、いろいろと買って帰ってくれば良かったと後悔するが、ここまできたら後の祭りだ。ひとり残してまた泣かれても困る。
「よし、とりあえずはこれでいいか。ちゃんと肩まで毛布かぶっておけよ。汗をかかなきゃ熱下がらないんだから」
「んぅ〜〜〜……あついぃ……」
「あとで頭に冷たいの乗せてやるから。何か食べられそうか? 薬のまないと」
食欲はないらしい。ぼんやりと自分を見る絆賀に、こちらはどうすればいいのかと少し目を泳がせる。
「………あ、」
そういえば、と、時計を見上げる。うん、ちょうど時間だ。スマホを操作する。
相手は3回のコール音で出た。
「悪い、今いいか」
《はいはい? チビは大丈夫なのか?》
「大丈夫じゃなさそうだから電話したんだ。お前、もう上がりだろ。風邪のとき要りそうなものテキトーに買ってきてくれ。金は後で出す」
《………俺、お前が残してった仕事やってんだけど》
それはマジですまん。
玄関のセンサー式ライトに、ことごとく無視を喰らいます。




