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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部4話『境界の救命戦線(サルヴェージライン)』
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第9幕『迎撃開始 - Obsidian Blade: Unsheathed -』


 搬入口を出て、俺たちは建物の陰を縫うように走った。


 先頭はアリスに任せる。

 白い巡礼服の裾が、沈みかけた夕陽の明かりをかすかに拾って、すぐ影に沈む。

 手の甲から射出されたワイヤーが、上の手すりに細く走った。



 ——カチリ。



 小さな音。


 次の瞬間には、アリスの体がふっと持ち上がる。

 人間みたいに跳ぶんじゃない。

 線に引かれて、静かに上へ滑っていく感じだ。


 ほんと、あの移動は便利すぎる。



 《警告:前方確認を推奨》


 「分かってるよ」



 短く返して、俺も走る。


 建物の脇に積まれたコンテナ。

 その縁に片足をかけて、壁を蹴る。

 ひびの入った排気ダクトの出っ張りに手をかけて、身体を上へ流す。


 足は止めない。

 下は見ない。

 ルートと次の支点だけ拾う。


 昔、散々身体に叩き込んだやつ……。

 この世界が異質でも、高さと重心の読み方は同じだ。



 アリスのワイヤーが、ちょうどいい位置へもう一本走る。


 俺はそれを手首で引っかけて、半身ぶん横へ飛ぶ。

 足場の狭い庇を蹴って、最後は両手で屋上の縁を掴んだ。



 「っ、よ……!」



 腕に力を入れて、一気に上がる。


 膝をついたまま一度だけ周囲を見る。

 アリスはすでに屋上の奥、給水塔みたいな設備の陰に回ってる。

 その黒髪だけが、遅れて揺れる。


 こっちへ一瞬だけ視線が飛ぶ。

 “遅いです”って言いたそうな無言の圧だ。

 うるせぇ。


 俺は少しだけ口角を上げる。



 ——屋上は、そんなには広くない。でも、十分だ。



 俺たちがいた建物から、二つ向こう。

 トマスたちの隠れている場所と、ほぼ一直線に並んだ位置。


 間に低い建物がいくつか噛むぶん、向こうからは一発で搬入口の中までは見えない。

 逆に、こっちは敵がこっちへ寄ってくる瞬間を拾いやすい。


 ……ここでいい。



 「セブン」



 腰の剣へ小さく声を落とす。



 「向こうの位置」


 《評価:接敵まで時間僅少。予測進路はこの通り上と推定》



 よし。


 俺は屋上の縁ぎりぎりから半歩下がって、姿勢を落とした。

 アリスも反対側で、ワイヤーを張る準備に入っている。

 あとは、向こうが視界へ入るのを待つだけだ。



 ——少しして、気配が来た。



 前じゃない。

 上だ。


 向かいの建物、そのさらに先。

 屋上の縁に、影が二つ立つ。


 一人は細身。

 動きに無駄がない。立ったままでも、次にどこへ飛ぶか決めてる感じがある。


 もう一人は、そこより少しがっしりしていて、立ち方が雑だ。

 でも雑なくせに、落ちる不安みたいなものはまるでない。



 そいつらが、次の建物へ移ろうとして……止まった。

 こっちを見たからだ。


 俺とアリスは、もう隠れていない。

 屋上の縁の少し内側、迎え撃つ形で立っている。


 相手がこちらに向き直る。

 細身の方が、あからさまに眉を寄せた。

 がっしりした方は、嫌そうに口を歪める。



 「……はぁ?」



 先に声を出したのは、がっしりした方だった。



 「どういうことだ?

 なんなんだ?こいつら」



 吐き捨てるみたいな声。



 「おいおい、おかしいだろ」



 それから周囲を見回す。

 俺たちの背後じゃなく、建物と建物の繋がり方を確認するような視線だった。



 「聞いてねぇぞ……。

 この空間に来れるのは、俺らだけって話じゃなかったのかよ」


「知らねぇけど……なら、それ勘違いだな」



 短く応える。


 細身の方は黙っていた。

 けど、こっちを見てる目は完全に警戒へ切り替わっている。


 驚いた、じゃない。

 予定が狂った、って顔だ。



 「……当たりだな」



 喉の奥で、小さく言う。

 一瞬だけ、トマスとルカの顔が浮かぶ。


 間違いない、こいつらだ。

 村の連中を攫って、ここに閉じ込めて……

 ……そして、殺したやつら。


 俺は、屋上の縁に片足をかけたまま、そいつらを見る。



 「そっちこそだ」



 声が、陽がほとんど落ち、冷えた空気をまっすぐ走る。



 「何者だ、あんたら。何の目的で、村の人達をここへ連れてきた」



 がっしりした方が、少しだけ肩を揺らして笑った。


 その横で、細い方の視線が一度だけ下に落ちる。

 ルートを追うみたいに、建物の縁と縁をなぞる。



 「……どうやって来た。

 この場所に来る技術を、なぜお前たちが持っている?」



 声は低いまま変わらない。

 だが、その視線だけが一瞬だけ泳いだ。


 "ここに自分たち以外が居るはずがない"

 その困惑が、わずかに滲む。



 「何者、ねぇ」



 その間を、横から雑に踏み潰す声が入った。

 がっしりした方の視線が、俺からアリスへ滑る。


 その止まり方は、嫌な感じだ。

 こっちの人数も、立ち位置も、戦力も、値踏みしてる目……。



 「坊や、そんなの聞いてどうすんだよ。

 答えたら見逃してくれんの?」



 その言い方だけで分かる。

 まともに答える気がない。


 横の細身が、目を細めたまま低く言う。



 「……おい。

 こっちの情報を向こうに簡単に渡すな」



 がっしりした方が、そっちを見もしないまま鼻で笑った。



 「分かってるって」



 それから、わざとらしく続ける。



 「悪かったよ、ハルト?」



 細身……ハルトは、そこで初めて露骨に嫌そうな顔をした。

 小さく舌打ちが落ちる。


 ……なるほど。

 あの軽薄そうな方は、わざとだな。

 気に障ると分かってて、今のタイミングで名前を出した。


 あいつら仲良しってわけじゃなさそうだ。

 

 俺は小さく息を吐いた。



 「……まあ、どう見ても悪モンだよな、あんたら」



 わざと軽く言う。


 ハルトの眉が、ほんの少しだけ動いた。

 ガッチリした方は、逆に口元を歪める。



 「悪モン扱いとはご挨拶だなぁ」



 そこで、胸に手を当てるみたいな胡散臭い仕草をした。



 「ゴードンだ。せっかく名乗ってやったんだから、覚えとけよ」



 そのまま、目がまたアリスへ向く。

 今度は、ねっとりした視線を隠しもしない。



 「にしても……そっちのちっこい女。

 人形みてぇな可愛い顔してんな」



 視線が、顔から肩、腕、脚へと這う。



 「よく見りゃ、相当いいじゃねぇか」



 その瞬間、アリスの金色の目が、すっと細くなった。

 嫌悪感が、いつもの無表情の奥で温度の低いまま固まる。


 けど声は崩れず、いつもの調子でまっすぐ告げる。



 「型式番号LC-01-A-03、兵装制御型ゴーレム……。

 コードネーム、アリス・リドルです」



 ゴードンが、舌で口の端を湿らせた。

 口元がいやらしく緩む。


 ……その仕草は、“未知の敵”を見るものじゃない。

 どういう意味かは、十分伝わってくる。



 「へぇ……アリスちゃん、ね。

 見た目どおりの、可愛い名前じゃん」



 アリスの頬は動かない。

 でも、視線だけが一段冷えた。



 「視線の滞留と、発話内容に性的意図を確認。

 ……不快です」



 ゴードンは、その反応すら面白がるみたいに笑った。



 「お、いいねぇ。

 ちゃんと嫌がるんだ」



 その横で、ハルトが面倒そうに息を吐く。



 「……遊ぶな」



 短い。

 でも、“やめろ”というより“手間を増やすな”の響きだ。


 ゴードンは下卑てる。ハルトは静か。

 やってることは違うのに、向いてる先だけが同じなのが、余計に気分が悪い。


 ……こいつらがどういう手合いかは、だいたい分かった。


 ゴードンは肩をすくめてから、今度は俺を見る。



 「で? 坊やは何者だよ」



 俺は答えず、そいつらを一度だけ見直す。


 ニヤついた目と目が合う。

 足は縁にかけたまま、肩も次の動きに備えてない。


 ……なるほどな。


 俺は、少しだけ口の端を上げた。



 「悪モンの前に立ちはだかってんだ……」



 腰のセブンに手をかける。


 柄を握った瞬間、いつもの重さが手に馴染んだ。

 冷たいはずなのに、妙にしっくりくる。


 相手は二人、位置は上。

 足場は悪くない、パルクール向きの高低差もある。

 アリスは準備万端だ。


 だったら……いける。



 「正義の味方に決まってるだろ?」



 ゴードンが、一瞬きょとんとした顔になる。

 ハルトの目が、わずかに細くなる。

 その反応は、今の俺の気分に逆にちょうどいい。



 「……ほんと、気に食わねぇな」



 再びルカたちの顔が浮かんで、ポツリと漏れた。

 腰の重さを確かめ、アリスに横目で視線を送る。



 そして——



 セブンを抜き放つ。



 「グラビティヒーロー、見参ッ!!」



 黒曜石のような刀身が、夕闇に浮いた屋上灯を冷たく返して持ち上がる。



 「いくぜ相棒ッ!!」



 刀身の表面に、淡い光が走る。

 再起動を告げる文字列が、黒い刃の上に一列ずつ浮かび上がる。


 足元からふっと重力が抜ける。

 服の裾が浮き、髪がふわりと舞う。



 《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.》

 《Reboot complete──出力調整フェーズ》



 セブンの声が、静かに響く。



 《……戦略の提案を求む。相棒》



 夕焼けはもうない。

 白い照明だけが屋上を平たく照らし、影が伸びる。


 そこに、風の抜ける音だけが残った。



——第2部5話につづく


 

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