第2幕『いざ"実地訓練"へ』
王国近郊の丘陵地帯——
そこに、小さな村があった。
衛兵詰所もなく、農耕と牧畜が中心の、ほんの十数戸ほどの集落。
報告によれば、三日前の夜を境に、十名近い住民が忽然と姿を消した。
魔王軍の襲撃痕は見られない。
争った形跡も、家屋の破壊もない。
それでも、誰ひとり戻ってこない。
——現地に、軍が出す判断はひとつ。
『敵襲ではないが、異常事案である』
「……じゃあなんで俺たちが?」
馬車の荷台に揺られながら、俺はセレスに問いかけた。
「俺たちはあくまで“王国軍所属・第一訓練部預かり”の人員なんだろ?
調査任務は偵察部の領分だ。……俺たち、まだ“配属”されてないぞ」
セレスは、風で揺れるポニーテールを抑えながら小さく頷いた。
「その通り。だから今回は“訓練”という名目なのよ」
「……訓練?」
「王都軍本部には、各地からの“異常事案”報告が山ほど届いてる。
でも、全部は手が回らないから、さほど重要性の高くない事象は、演習名目で訓練兵を動員するの」
「……つまり、“調査任務”とは言わず、“実地訓練”として派遣されるってことか」
「その通り。そして、今回は私が“訓練の模範部隊として、この三人を実地引率する”と申請したの。
あくまで監察官の仕事の一環。軍部にとっても都合がいい」
「セレス……有能かよ」
「ふふん」
胸を張る彼女は、今朝よりだいぶ調子を取り戻していた。
——まぁ、たぶん今朝も胃は酒の呪詛を唱えてたと思うけど。
《申請不備を指摘:当ユニットは独立思考型兵装。ユーザーは三体に対して同時に指揮を行う必要がある。
混乱を避け、指揮系統を明示するためには“四人”とするのが戦術上適切》
「……オマエなぁ……」
俺は額に手を当てて、小さくため息をついた。
「なんか、前々から思ってたけど……お前、そういうとこに変なプライドあるよな……
“申請書”だぞ? 軍部向けの。書類上は“人間三人”で良いんだよ」
「そうそう。セブンくんは“装備扱い”の方がスムーズなのよ。……って、なんかごめん」
《反論:当ユニットは単なる兵装ではなく、戦術構成要素の一。実質的には当ユニットを含めての一個分隊に相当》
「うん、そういうのいいから」
《承認:指揮系統の混乱を避けるため、本件については相棒の裁定に従う》
「やけに素直だな」
《評価:論理戦では勝算が薄いと判断》
「いや、論理で俺に勝てないのかよ!?
オマエ高性能AIだよな!?」
エナがにこにこと口を挟む。
「リクさんとセブンさんって、やっぱり仲良しなんですねっ!」
「どこをどう見てそう思った!?」
その横で、アリスは無表情で小さく首を傾げていた。
「……私は、どちらかというと、口喧嘩に近いと推察しますが……」
《補足:戦術的相互不信は必要に応じて再構成可能》
「なぁセレス、こいつらの書類って、“模範訓練部隊”として扱っていいんだよな……?」
「……たぶんギリギリ通ると思うわ……たぶんね……」
馬車の揺れに合わせて、ほんの少し空気が緩んだ。
ふいに、セレスが小さく笑った。
そして、思わせぶりな表情で口を開いた。
「……ちなみにね? 今回のこの“模範訓練部隊”としての派遣——
本当の目的は、“あなたたちの諜報能力を見極めること”だったの」
「……は?」
「前回の軍部作戦会議の議事録には、“戦闘能力”だけで、探知系の能力はなかった。監視を掻い潜って、魔王領を進んだのによ?
で、わたしは怪しいと睨んだ。
“探知系能力を明かさなかった=何か隠してる”って」
「げっ!? マジか!? セレスってガチで有能!? てか、それヤバかったじゃん俺たち!!」
俺たちの諜報能力は、この国で立ち回るための唯一の手段だ。
軍部には、絶対知られてはいけない。
「安心して。この件は私の独断で、上官も意図は把握してないわ。
能力は、ちゃんと隠蔽しておいてあげる」
セレスは、すっと人差し指を唇に当てて、艶やかに微笑んだ。
「……だって、私とリクくんの仲だもの」
「俺たちの関係性は、“セクハラお姉さん”と“被害者の少年”だろーが!!
……まあでも、つまり今回は、“偶然異変を発見した”という形式を取れるってことか」
「その方が、軍部内の他派閥や魔導機関の横やりが入りにくい。
情報の優先報告権も、現場対応者である私たちにあるってわけ」
……なるほど。
王国軍の内部派閥に揉まれないためには、“任務”より“訓練”の方が都合がいいってわけか。
そうすれば、発見した情報を、誰に流すかをこちらが決められる。
「王国の組織が、軍法よりも派閥と力関係で動いてるって証明でもあるな」
「言わないでぇ……本当のことでも……」
そのとき、荷台の向かい側で静かだったアリスが口を開いた。
「確認:今回の任務目的は、“現地状況の把握”と“潜在的脅威の有無の確認”。
加えて、“現地住民の信頼確保”。ただし、非武力による対応が優先されます」
「へぇ、そんなに細かく?」
「訓練名目なので、行動指針は文面で指定されています。
暴力行為は禁止ではありませんが、“軍事的に適切である必要がある”と記載されてます」
「つまり、村人の鶏を勝手に食ったりするなってことだな」
《申請:それは略奪に該当。軍事行動として非推奨》
「いや、たんなる例えだよ!!」
エナはそんなやり取りを聞きながら、顔を輝かせていた。
「訓練! 楽しみですっ!
あたし、防御と範囲制圧は得意なので、ちゃんと“いいとこ”見せたいです!」
「うん、気合い入れるのはいいけど、たぶん調査任務で範囲制圧しないから」
「えーっ!」
……エナのこの元気、伝染するな。
馬車は、村の入口に差しかかった。
見た目は、どこにでもある農村だ。土壁と木材の家屋、井戸、物干し竿、家畜の柵。
だが——
「……人の気配、薄いな」
馬車を止めて外に出た瞬間、肌がピリつく。
昼のはずなのに、異様に静かだ。
鳥の声も、風の音すら、妙に遠い。
《報告:居住登録上は14世帯、総人口57名。
本日時点、視覚観測上の人影:3名。動作異常:なし。警戒レベル:中》
「セレス、まずは村長に会おう」
「うん、聞き取りと、記録調査ね。現地側の“失踪当日の詳細”が必要」
セレスは監察官としての顔に切り替わっていた。
背筋はまっすぐ、表情は凛としていて、もう“昨日の酒の亡霊”ではない。
俺たちは、無人のような集落の中へと、歩を進めた……




