表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部3話『不穏な影』
82/82

第2幕『いざ"実地訓練"へ』


 王国近郊の丘陵地帯——

 そこに、小さな村があった。


 衛兵詰所もなく、農耕と牧畜が中心の、ほんの十数戸ほどの集落。


 報告によれば、三日前の夜を境に、十名近い住民が忽然と姿を消した。


 魔王軍の襲撃痕は見られない。

 争った形跡も、家屋の破壊もない。


 それでも、誰ひとり戻ってこない。


 

 ——現地に、軍が出す判断はひとつ。


 

 『敵襲ではないが、異常事案である』



 「……じゃあなんで俺たちが?」



 馬車の荷台に揺られながら、俺はセレスに問いかけた。



 「俺たちはあくまで“王国軍所属・第一訓練部預かり”の人員なんだろ?

 調査任務は偵察部の領分だ。……俺たち、まだ“配属”されてないぞ」



 セレスは、風で揺れるポニーテールを抑えながら小さく頷いた。


 

 「その通り。だから今回は“訓練”という名目なのよ」


 「……訓練?」


 「王都軍本部には、各地からの“異常事案”報告が山ほど届いてる。

 でも、全部は手が回らないから、さほど重要性の高くない事象は、演習名目で訓練兵を動員するの」


 「……つまり、“調査任務”とは言わず、“実地訓練”として派遣されるってことか」



 「その通り。そして、今回は私が“訓練の模範部隊として、この三人を実地引率する”と申請したの。

 あくまで監察官の仕事の一環。軍部にとっても都合がいい」


 「セレス……有能かよ」


 「ふふん」



 胸を張る彼女は、今朝よりだいぶ調子を取り戻していた。


 ——まぁ、たぶん今朝も胃は酒の呪詛を唱えてたと思うけど。


 

 《申請不備を指摘:当ユニットは独立思考型兵装。ユーザーは三体に対して同時に指揮を行う必要がある。

 混乱を避け、指揮系統を明示するためには“四人”とするのが戦術上適切》



 「……オマエなぁ……」



 俺は額に手を当てて、小さくため息をついた。



 「なんか、前々から思ってたけど……お前、そういうとこに変なプライドあるよな……

 “申請書”だぞ? 軍部向けの。書類上は“人間三人”で良いんだよ」


 「そうそう。セブンくんは“装備扱い”の方がスムーズなのよ。……って、なんかごめん」


 《反論:当ユニットは単なる兵装ではなく、戦術構成要素の一。実質的には当ユニットを含めての一個分隊に相当》


 「うん、そういうのいいから」


 《承認:指揮系統の混乱を避けるため、本件については相棒の裁定に従う》


 「やけに素直だな」


 《評価:論理戦では勝算が薄いと判断》


 「いや、論理で俺に勝てないのかよ!?

 オマエ高性能AIだよな!?」


 

 エナがにこにこと口を挟む。


 

 「リクさんとセブンさんって、やっぱり仲良しなんですねっ!」


 「どこをどう見てそう思った!?」


 

 その横で、アリスは無表情で小さく首を傾げていた。


 

 「……私は、どちらかというと、口喧嘩に近いと推察しますが……」


 《補足:戦術的相互不信は必要に応じて再構成可能》


 「なぁセレス、こいつらの書類って、“模範訓練部隊”として扱っていいんだよな……?」


 「……たぶんギリギリ通ると思うわ……たぶんね……」


 

 馬車の揺れに合わせて、ほんの少し空気が緩んだ。


 ふいに、セレスが小さく笑った。

 そして、思わせぶりな表情で口を開いた。


 

 「……ちなみにね? 今回のこの“模範訓練部隊”としての派遣——

 本当の目的は、“あなたたちの諜報能力を見極めること”だったの」


 「……は?」


 「前回の軍部作戦会議の議事録には、“戦闘能力”だけで、探知系の能力はなかった。監視を掻い潜って、魔王領を進んだのによ?

 で、わたしは怪しいと睨んだ。

 “探知系能力を明かさなかった=何か隠してる”って」


 「げっ!? マジか!? セレスってガチで有能!? てか、それヤバかったじゃん俺たち!!」



 俺たちの諜報能力は、この国で立ち回るための唯一の手段だ。

 軍部には、絶対知られてはいけない。



 「安心して。この件は私の独断で、上官も意図は把握してないわ。

 能力は、ちゃんと隠蔽しておいてあげる」



 セレスは、すっと人差し指を唇に当てて、艶やかに微笑んだ。


 

 「……だって、私とリクくんの仲だもの」


 「俺たちの関係性は、“セクハラお姉さん”と“被害者の少年”だろーが!!

 ……まあでも、つまり今回は、“偶然異変を発見した”という形式を取れるってことか」

 

 「その方が、軍部内の他派閥や魔導機関の横やりが入りにくい。

 情報の優先報告権も、現場対応者である私たちにあるってわけ」


 

 ……なるほど。



 王国軍の内部派閥に揉まれないためには、“任務”より“訓練”の方が都合がいいってわけか。


 そうすれば、発見した情報を、誰に流すかをこちらが決められる。



 「王国の組織が、軍法よりも派閥と力関係で動いてるって証明でもあるな」


 「言わないでぇ……本当のことでも……」


 

 そのとき、荷台の向かい側で静かだったアリスが口を開いた。



 「確認:今回の任務目的は、“現地状況の把握”と“潜在的脅威の有無の確認”。

 加えて、“現地住民の信頼確保”。ただし、非武力による対応が優先されます」


 「へぇ、そんなに細かく?」


 「訓練名目なので、行動指針は文面で指定されています。

 暴力行為は禁止ではありませんが、“軍事的に適切である必要がある”と記載されてます」


 「つまり、村人の鶏を勝手に食ったりするなってことだな」


 《申請:それは略奪に該当。軍事行動として非推奨》


 「いや、たんなる例えだよ!!」



 エナはそんなやり取りを聞きながら、顔を輝かせていた。


 

 「訓練! 楽しみですっ!

 あたし、防御と範囲制圧は得意なので、ちゃんと“いいとこ”見せたいです!」


 「うん、気合い入れるのはいいけど、たぶん調査任務で範囲制圧しないから」


 「えーっ!」



 ……エナのこの元気、伝染するな。




 馬車は、村の入口に差しかかった。


 見た目は、どこにでもある農村だ。土壁と木材の家屋、井戸、物干し竿、家畜の柵。


 

 だが——


 

 「……人の気配、薄いな」



 馬車を止めて外に出た瞬間、肌がピリつく。

 昼のはずなのに、異様に静かだ。

 鳥の声も、風の音すら、妙に遠い。


 

 《報告:居住登録上は14世帯、総人口57名。

 本日時点、視覚観測上の人影:3名。動作異常:なし。警戒レベル:中》



 「セレス、まずは村長に会おう」


 「うん、聞き取りと、記録調査ね。現地側の“失踪当日の詳細”が必要」


 

 セレスは監察官としての顔に切り替わっていた。

 背筋はまっすぐ、表情は凛としていて、もう“昨日の酒の亡霊”ではない。


 俺たちは、無人のような集落の中へと、歩を進めた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ