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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部3話『不穏な影』
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第1幕『戦術アイドルは、情報の宝庫』


 翌朝、昨日よりはましになったものの、セレスはまだぐったりだ。

 ベッドで顔色の悪いまま横になってるセレスを置いて、俺たちは動き出した。



 王国軍の訓練施設は、司令部の裏手に併設されている中庭型の演習場で、槍兵、弓兵、剣兵の小隊が朝から汗を流していた。


 俺はとりあえず、普通に訓練に混ざる。


 こう見えて、近接戦闘や動作訓練は得意分野だ。パルクール全国優勝は伊達じゃない。



 兵士たちに話しかけ、内情を探っていく。

 雑談から拾える内容だって、俺たちにとっては貴重な情報だ。


 

 ——が。



 活躍したのは、俺じゃなかった。


 情報収集の要。それは、アリスとエナだった。



 「アリスちゃん、今日はまたワイヤー調整してるの? あのスパッと飛ぶ鉄線、カッコよかったなー!」


 「ありがとうございます。……でも、鉄線ではなく、高張力合金ワイヤーです。あと、調整中ですので、近づかないでください」


 「え、えっ? でもワイヤーって、身体の中から出てんだろ? どこに収納してんの?」



 「……その質問の意図が不明です。視線が大腿部方向に偏っています。警告します。……視線を逸らしてください」


 「は、はいっ!」


 

 ——アリスの周囲、兵士5名、即死(主に性癖が)である。



 ワイヤー展開時の「太ももスリット開き」は兵士たちの間で語り草となっており、もはや「射出機構が他にどこにあるのか推測する選手権」が非公式開催されているというウワサすらある。


 

 一方、エナはというと——



 「エナちゃん、やっぱ重装の子は迫力あるな! あの鎧、どこで買えるんだ?」


 「これはっ! わたしの身体の一部なので、非売品ですっ!」



 「えっ、身体の一部!? じゃあ、あのクナイとかも!?」


 「はいっ!

 あれ全部、感覚繋がってるんですっ!触ってみますか?」


 「「「おおおおお……(沸騰)」」」


 

 ……なんだこの物理的に戦うフェチの見本市は。


 

 俺は訓練の合間に水を飲みながら、少し離れたベンチからその様子を見守っていた。


 普通に考えて、戦力の中核が、情報収集の主軸になるなんてことはおかしい。



 けれど——


 

 《報告:アリスおよびエナの周囲では、兵士たちの“情報秘匿リミッター”が著しく低下。

 要因:彼女たちに“気に入られたい”意識の過剰活性》


 「……まぁ、そうなるよな。俺だって、エナにありがとうって笑われたら、ベラベラ喋るかもしれん」


 《警告:それは“ハニートラップの成功事例”に極めて近い心理状態》


 「おい、言い方」


 

 実際、2人が昼食を取る食堂では、もっと顕著だった。



 大広間の中央にある大テーブルに、いつの間にか“エナ・アリステーブル”とでも言うべき席ができた。

 昼に兵士たちがワラワラと群がってくる。



 「エナちゃんに見てもらいたくて、新しい剣、昨日自分で研いできました!」


 「すごいですっ! ピカピカですねっ!」


 


 「アリスちゃん、一昨日の魔導機関の奴ら、めっちゃ感じ悪かったよな!」


 「“感じ”という抽象的な表現は評価が困難です。……しかし、物理的には“接触を回避していた”と観測しました」


 「それな〜!」


 

 ——もはや、情報と性癖がトレードされている光景である。


 

 だが、馬鹿にするなかれ。

 アリスとエナがこうして集めた“雑談の断片”を、セブンがリアルタイムで統合・解析する。



 そして見えてきたのは——



 《報告:王国軍は完全な“縦割り構造”。横の部隊間連携は非常に希薄》


 「やっぱか。軍部内で噂にバラつきがあるのも、情報共有ができてないからだな」


 

 《補足:エルド将軍のように、複数部隊に直接声をかける上官は極めて稀有。

 一方、魔導機関は“部外者への接触をひかえろ”という指示がある模様》



 「そういえば、さっき訓練所を見学(※アリスとエナ鑑賞)に来てた魔導機関の若手。セブンのこと、知らなかったぞ。

 セブンが魔導機関によって起動されたってことも、俺が召喚されたことすら」


 《評価:魔導機関内部でも、情報の隔離および意図的な隠蔽が存在すると推察》


 

 「……こりゃあ、甘く見てたな。この国の“中枢”は、組織の形すら成してないかもしれん」


 

 もう一口、水を飲んで、俺はアリスとエナの方を見やった。


 エナは誰かが差し出したクナイ研ぎ器に夢中で、アリスはちょっぴり不満そう(?)な顔でスープ飲む……いや、飲むふりをしている。


 ……あれに何の意味があるのかは、いまだに謎だ。



 ——こんなにも自由に話せるのに、誰ひとり、警戒心を持たない。


 だから、アリスとエナが、今のところ最強の諜報員ってわけだ。


 

 ……俺の立ち位置?


 いまのところ、“2人を引き立てる謎の添え物”である。


 昼食のテーブルも端の席。

 ふたりのテーブルには近寄らせてすら貰えなかった。



————



 昼食を終えて、俺たちは部屋へ戻った。目的は、ベッドの上の“寝落ち女中尉”——セレスの様子を見るためだ。


 

 「……お?」



 扉を開けると、セレスは意外にも起き上がっていた。ベッドの上で背筋だけは真っ直ぐ、両手は膝に揃え、まるで——



 「……反省文を読み上げる中学生かよ」



 つい口にすると、セレスはしゅん……と小さく肩をすくめて、目線を外した。



 「……一昨日は……その、ほんと、ごめんなさい……調子に乗った……っていうか……たぶん、地の底に沈みたい……」


 「いや、そんなに落ち込まなくていいって。俺たちも得るものあったし、生きてるし」



 フォローしたつもりだったが、セレスはさらにうなだれて、布団の端をぎゅっと握った。



 「リクくん、優しい……でも余計つらい……」



 おい待て、それ俺が悪いパターンか?



 「頭はまだガンガンしてるし、胃は溶けそうだし、記憶はところどころ飛んでるし……」


 「つまり、今日は寝てたいんだろ?」



 「……はい……すみません……」



 潔くてよろしい。



 そこにアリスがスッと前に出て、無表情で刺すように言った。



 「確認します。現在、報告書は提出済みですか?」


 

 セレスは枕に顔を突っ伏したまま、首を横にふる。



 「……まだ、書けてない……うぅ……怒られるぅ……」



 わかった、今日は完全に残念モードだ。


 

 《提案:本日の午前中、セレスは“体調不良にも関わらず、報告業務を優先し遂行した”という体裁に切替可能》


 

 「ってことにしよう。報告書は既にセブンがまとめて、アリスが代筆済み。文体は……まぁ“それっぽく”してある」



 無言でアリスが紙束を置く。セレスが恐る恐るそれを取ると、目を白黒させながら中身をめくりはじめた。



 「……これ、例の作戦会議の内容?

 ……私が知らない部分まで……すごい……私、必要……?」

 

 「“昨日、俺に付き添って聞き出した情報”って体裁にしてある。筋は通るし、クロスチェックもできる」



 「……ほんと、リクくんたち、優しすぎ……この恩、体で返すしかない……」


 「そういう発言はマジでやめろ。誤解を生む。いろんな意味で」


 

 セレスはしばらく紙束を抱えたまま、反省の構えを維持していたが——



 突然、ぴょこんと顔を上げた。



 いきなりテンションが跳ね上がった。

 今度はなんの地雷が埋まってるのか、内心で身構える。


 

 「……なんだよ、今度は」


 「この報告書、最初に通るのは私の直属の上官。“コルティア・フェルゼン”少将って人。軍部の中でも完全に管理派。

 リクくんたちを“戦力”じゃなくて、“試験用素材”として扱いたがってる連中の筆頭よ!」

 


 「……軍部の会議で、真顔で“回収プラン”とか言ってたあの人か」


 「そうそう、その人! でね、その人の周りにいるのが

 “技術監査官”のアドラ副官(喋り方が嫌味MAX)と、戦略室のエステラ主任(氷柱みたいな美女)。

 この三人で“管理派の三本柱”って呼ばれてるの!」


 

 「ネーミングが小学生の怪人カード集めみたいだな……

 いや、でもそんなのペラペラ喋って大丈夫か?」


 「いいの! リクくんはお姉さんが守ってあげるから!」



 セレスはさらに、"管理派に属してる主要人物は誰か"をメモに落として、さらさらとリストを作る。



 ——テンションはおかしいが、内容はガチで有用だ。


 この情報がなかったら、俺たちは“軍部の顔”しか見えてなかった。

 でも今、こいつのおかげで“その裏側”が輪郭を持った。



 《照合完了。ログと音声情報から、各人物を視覚情報と統合》

 

 「これは助かる!

 “誰が地雷で、誰が首輪をつけに来るか”が先に分かるってのは、めちゃくちゃ大きい」

 


 そう言うと、セレスがちょっと驚いたように瞬きをした。



 「えっ……そ、そんなに……?」


 「ああ、ありがとな、セレスさん」


 

 その一言に、セレスは小さく頬を赤らめる。

 妙にモジモジしながら——


 

 「ねえ、リクくん」


 「ん」


 「“セレスさん”なんてよそよそしい呼び方、やめてくれてもいいのよ?」


 「……は?」


 

 「だってほら、昨日あんなに……その、仲良く……なったし……

 “セレス”でいいわ。“リクくんとセレス”って、いい感じじゃない?」


 「事実ベースで言え!

 酔って暴れて尻揉んだあげく、謎の出産計画を語ったってな!!」

 

 「え、でもそのくらいは……その……男女の、あれでしょ?」


 「その“あれ”に全部押し込めて済むなら、セクハラなんて言葉この世にねぇからな!?

 あとでコンプラ武門に言ってみろよ、“酔って尻揉んであれ”って!」


 「えぇ……。

 じゃあ“セレたん”とか“セレッチ”とか、“せっちゃん”とか、“おねショタ爆誕”とかでも——」


 「どんどんダメになってるからな!?

 ラスト呼び名じゃねぇし!法と倫理と常識に謝れ!」



 「えぇぇ……冷たい……」


 

 このやり取りを、アリスは無表情で見つめ、エナはにこにこと頷いていた。


 ……何の話かはあえて言わないが、セレスは完全に戦線外。

 おそらく、“我々の敵ではない”という評価で固定されたのだろう。



 《推奨:準備完了次第、調査任務へ移行。集合場所は司令部前、午後14時》

 

 「げっ!そんな時間か」



 壁の時計を見やる。短針はもうすぐ2を指そうとしていた。


 セレスはまだ顔色は悪い。

 でも、午後からは街の外での調査活動に同行。さすがに、監察官不在ってわけにはいかない。



 「大丈夫? 歩けそうか?」


 「まだ、内臓の半分くらいが“お酒の亡霊”って感じ……。でも行く……。

 公務員って、そういう生き物なの……」


 「すごいなセレス……逆に尊敬するわ」



————



 司令部の正門前には、別々の任務に向かう複数の部隊が集合していた。

 まだ兵士長は現れず、まだ現場はガヤガヤと賑わいを見せていた。

 


 俺たちが近づくと、案の定というか……エナとアリスに向けて、兵士たちの視線が突き刺さる。

 


 「エナさーん! 昨日のお礼っすー!」


 「はいっ! 今日もがんばりますっ!」


 


 「アリスさま……まぶしいです……!」


 「……視認過剰。再び大腿部に集中。むすっ」



 一応、俺にも声はかかった。



 「リクっち! お疲れ!

 なあ、アリスちゃんて何が好きなの?

 食事は基本しないんだろ?」


 「……だから“リクっち”ってなんだよ」



 その横で、セレスがふらつくこともなく一歩を踏み出す。

 まだ顔色は万全とはいえないが、背筋はしっかり伸びていた。



 ……ま、少なくとも今日は、前には進めそうだ。



 午後の任務、出発。

 調査対象:王国近郊、集団失踪事件。


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