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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第9幕『俺たちの立ち位置と、この国の地図』


 セレスは、まだ布団の中でぐっすり眠っていた。


 完全に脱力して、口が少し開いてる。寝言で「……リクくんは、可愛いから……ふふ……」とか呟いていたが、聞かなかったことにする。


 

 「アリス、演技じゃないよな?」



 「確認済み。脈拍、体温、深層睡眠への遷移。完全な“酒毒による衰弱”です」


 「いや言い方よ……」


 

 《なお、部屋内の盗聴反応なし。外部盗聴も不在。セレスの派遣により“直接観察で充分”と判断された可能性が高い》


 「じゃあ、今のうちに決めとくか。今後の“身の振り方”」



 アリスとエナが静かに頷く。

 俺たちは、セレスの寝息を背に、テーブルを囲んだ。



 「昨日のエルド将軍、そしてセレスの酒漏洩からわかったことを整理する」



 思い出す。

 俺が悩んだ時、父さんがいつも言ってた事だ。



 「……親父が言ってた。

 “問題と課題は、ちゃんと分けて考えろ”ってな」


 「今の俺たちの“問題”は、王国が俺たちをモノ扱いしてること。でも、その事自体はどうしようもない。

 俺たちは、自分たちで解決できること。つまり“課題”を見つけないといけない」


 

 俺は三本の指を立てる。


 

 「要点は、三つだ」





 「まず一つ目。どの国内勢力につくか」


 「今、俺たちの扱い方で、国内は大きく五派に分かれてる」


 

 「まず、軍部内の積極活用派。

 “すぐに魔王を討つ力として使うべき”って派閥。

 次に、軍部の慎重活用派。エルド将軍はここ。

 “使うべきだが時期を誤れば国が壊れる”って考え方」


 

 《補足:慎重活用派は戦略的バランス重視。戦場での逐次起用を想定》



 「で、軍部の中にも“管理派”がいる。これは、俺たちを“危険な兵器”と見て、厳しく囲い込もうとする連中だ」


 「それ以外に、“親帝国派”。オルディア帝国に頼って、魔王を討つべきだって意見」



 《補足:親帝国派は“魔王討伐後に王国が帝国に取り込まれる”リスクを軽視》



 「最後が、“魔導機関”。これは長期活用派。

 “魔王を今すぐ倒す必要はない、むしろセブンの技術や情報を解析して未来のために利用しろ”ってタイプ」



 「……でも、魔導機関や管理派につくわけにはいかない。動きが完全に縛られる。

 だから、実質的な選択肢は三つ。

 慎重活用派、積極活用派、親帝国派。この三つのどこかだ」





 「次は二つ目。国家の意思決定にどれくらい介入できるか」



 「この国は、俺たちの意見は基本聞かない。

 それどころか、俺たちをモノみたいに取り合ってる」


 「でも、俺たちが誰に接近するかは、自由だ」



 「他勢力からの“強制的な囲い込み”は、エルド将軍が時間を稼いでくれてる。

 で、たぶん俺たちのところに“引き抜き”が来る。具体的な待遇付きで」


 「そのとき、俺たちが誰の申し出を受けるかで——この国の方針が動く」


 

 「つまり、言い換えれば——今、俺たちはこの国の“未来の舵取り”を握ってるってことだ」



————



 「三つ目は、どれくらいのスパンで行動すべきかって話だ」


 「エルド将軍が言うには、魔王軍は進軍を止めている。辺境の要塞線でぴたりと足を止めているらしい。

 だから、今すぐ魔王討伐しないと国が滅ぶってわけじゃない。

 でも、普通に考えたら、こっちの出方を見てるってことだ。つまり、俺たちが下手に動けば、向こうが動き出す可能性もある」



 「で、まず魔王を討つって目的なら、一番現実的なのは“親帝国派”。

 帝国の軍と連携できれば、たぶん一番早く終わる。……でもその後が怖い」



 「帝国はアストライアグラスを狙ってる。

 討伐後に、この国の主権を“援助”という名で取られる可能性がある」



 《補足:ルセリアの立場、王国の独立維持を考慮すればリスクは極大》


 

 「じゃあ、積極活用派は?

 ……現実問題、正面から魔王を倒せる気はしない」



 「となると、慎重活用派。俺たちは“前線の防衛戦力”になる。

 でも、それだといつまでたっても状況が動かない。

 魔王は、こっちの出方を見てる。何か“選択”を迫ってくる」





 俺は息をつく。そして、ゆっくりと、皆を見渡す。



 「——で、みんなどうしたい?」



 部屋は静かになる。


 アリスが、少しだけ目を伏せたあと、静かに口を開いた。



 「戦うことは、問題ありません。

 ですが、王国そのものの意志が“信頼に足るものか”は、見極めたい」



 エナは小さく手を挙げた。



 「わたし、リクさんの行くところが良いです!」


 「オッケー。エナは、エナだもんな」



 俺はわざと笑って見せた。



 《提案:本日以降、王国各派閥の“非公式な接触”が増加すると予測。

 当面は引き抜きに乗らず、各勢力の出方と交渉条件を確認するのが妥当》


 

 俺は頷いた。



 「重要なのはもう一つ。"できること”と“やるべきこと”も分けないとダメだ。

 ぶっちゃけ、今の俺たちならどの勢力にも乗れるし、潜ってから揺さぶることもできる」


 「でも、それを全部やるわけにはいかない。時間も、人も、信頼できる味方も——限られてる」


 「だから、今やるべき事は情報集め。

 しばらくはエルド将軍の下にいて、立場は中立。

 だけど、情報収集は徹底する。セレスの背後も、軍部の派閥も全部見極める」



 「それから……魔王がなぜ止まってるのか。エルド将軍が言ってた、あいつが"この王国で探してる何か"についても出来る限り探る」



 最初は、オレかセブンが狙いだと思った。

 召喚とほぼ同時に襲撃ってのは、偶然というにはタイミングが良すぎる。



 でも……違う。



 魔王と遭遇したとき、あいつは俺のことを知らなかった。反応も、探るような言葉ばかりだった。


 それに、あの時捕える気なら出来た。

 俺たちが目的なら、あの状況で……見逃す理由がない。


 

 だから、たぶん……あの場にあったんだ。“魔王が探してる何か”、もしくはそのヒント……。


 それが、俺やセブンの召喚と同時か、少なくとも同じ時期に現れた。

 そっちの方が、ずっと筋が通る。



————



 ……話し合いは一旦、終わった。


 アリスとエナは隣で少し気を抜いた様子で、湯を沸かし始める。



 そのとき——



 《通信モード:超指向性チャンネルへ切替》


 「……ん?」


 《補足:本会話はアリス、エナには非開示。当ユニットとユーザー間の密話モードを構成》



 俺は自然な顔でティーカップを持ち上げながら、小さく応じる。



 「……なんだよ、改まって」


 《報告:王国軍および魔導機関の基幹技術、現時点でのスキャン完了》


 《評価:ユーザーの帰還に資する要素、当該勢力内に存在せず》



 「……つまり……」



 《結論:この国に留まる合理的根拠は存在しない》


 《提案:帰還の可能性を有する対象は、以下の通り——

 一、高度技術文明を保持するオルディア帝国

 二、能力未解析ながら、異常魔導反応を持つ魔王個体》



 「……」



 《補足:現時点では王国を“情報収集拠点”と割り切る運用が最適》


 《推奨:条件整い次第、魔王または帝国との接触に戦略転換》



 ——言葉に詰まった俺の手が、わずかに震える。


 

 「……それって、つまり“寝返れ”ってことかよ」


 《警告:感情的反応は判断を誤らせる可能性あり》


 《補足:回答は不要。当ユニットは、相棒の“帰還”を最優先目標に設定している》



 《評価:王国勢力に対する相棒の傾斜、非合理的傾向を含むと推察》



 セブンの言葉は、そこまでで途切れた。


 隣では、アリスが無表情で湯を注ぎ、エナがにこにことティーカップを並べている。


 穏やかな朝の風景だった。



 ——でも、胸の奥には、別の波紋がじわりと広がっていた。



 俺はこの世界で、何を選ぶべきなんだろうな。


 

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