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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2話 『ようこそ、“冒険者未満”の世界へ』
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第1幕『金はある。でも使えない』


 街に着いたのは、翌日の昼過ぎだった。


 昨日までいた神殿都市——あの厳かで広大な空間と比べると、この街はだいぶこぢんまりしている。


 それでも、門の外からでも人の声が聞こえてくるし、煙突からはあちこちで煙が上がっていた。

 街は生きてる。そんな空気が、風に混じって流れてくる。


 石壁は低めで、門も木造で簡素な造り。

 脇には見張りの兵士が一人。あくびを噛み殺しているのが見えた。


 

 「……なるほど、こういうとこなんだ」


 思わず、ぽつりと呟いた。



 昨日、ルルが見せたあの目。

 寂しさと覚悟がにじんだ声で、「途中で逃げてもいいからね」なんて言ってくれたのが、まだ耳に残ってる。


 でも、オレは来た。

 この道を選んだ。重たい剣を背負って。


 

 少し怖い。けど、それ以上に——

 この景色は、どこかワクワクする。


 

 木造の建物が並び、あちこちから焼き菓子や果実の香りが漂ってくる。

 市場では誰かが大声で呼び込みをしていて、子どもたちが路地を駆け抜ける。

 空は広く、風が通り抜けるたびに、どこか懐かしい音がする。


 

 「これが、“世界を旅する”ってやつか……」


 今まで、何かを“目指して”動いたことなんてなかった。

 だけど今は、この足で世界を踏みしめてる。たった一歩でも、それがちゃんと、自分の意思なんだって感じられる。


 

 ちょっとだけ、背筋を伸ばす。


 門をくぐって、少し歩いたところに、いくつか屋台が出ていた。

 昼下がりの街に、焼きたての香りが漂う。


 広場の片隅、小さな屋台。

 棚に並ぶパンの間から、果物やチーズがのぞいている。どう見ても、うまそうだった。


 

 「よし。とりあえず、腹ごしらえしよう」


 ルルから渡された袋を開くと、中には金貨が5枚。


 「……これ、金貨か? ってことは、まあ……5枚って、少なくはないけど、そんな贅沢できる額でもない、よな? たぶん…」



 正直、この世界の物価なんて知らない。

 でも、日本で言うなら万札5枚とか、そんくらいか。


 「慎ましく使えば、数週間はもつ……。いや、宿とか考えたら、そんなには無理か」


 小さな袋を手のひらで転がしながら、ひと息ついた。



 「魔王をどうやって倒すかもそうだけど……まずは、身の振り方も考えないとな」



 背中で声がする。


 《人型実体には、定期的な物質補給および、恒常的な環境下での休養が推奨される。精神機能の安定維持においても、これは重要だ》


「……わかってるってば。言われなくても。……一応、考えがないでもない」



 セブンは続けて何も言わないけれど、たぶん今の言い方には納得してない。


 とは言え、飲まず食わずってワケにもいかない。



 「すみません、これと同じのを一つ」


 そう言って、金貨を一枚差し出すと——

 パン屋のオッサンが、その瞬間、明らかに動きを止めた。


 

 「……は?」


 眉間にしわを寄せて、オレの顔と手元を交互に見つめてくる。


 「おい、にいちゃん。何だコレ」


 「え、いや……金貨、ですけど」


 「そりゃ見りゃ分かる。問題は、これでパンひとつ買おうってその神経だよ」


 

 ぐい、とカウンター越しに身を乗り出してくる。


 「どこのもんだ? ……常識、ねえのか?」


 「……すみません、ちょっと、最近こっち来たばかりで……」


 内心めちゃくちゃ焦りながら答える。


 

 オッサンは呆れたように舌を鳴らし、金貨をそっと突き返してきた。


 「ったく……こんなん、釣り出せるわけないだろ。

 うちの1ヶ月分の売上より重ぇんだぞ、それ」

 


 まじか。そんなに?


 「セブン……通貨単位の感覚って、お前は知ってたりする?」


 《該当領域に関する情報は蓄積中。現時点では不完全》


 「だよな。お前、超古代の遺物だもんな……」



 おずおずとオッサンに尋ねる。


 「あの、金貨一枚って、だいたいどのくらい……」


 「ひと家族が4ヶ月くらい飯食って暮らせる。節約すりゃもう少し保つな。……わかったら、早くしまっとけ」



 てことは……金貨1枚で100万くらいか?

 マジかよ…。


 ルル、渡すときに「少ないけど」とか言ってたけど、

 あいつの金銭感覚どうなってんだ……。



 「……おいセブン。ルルって、もしかして世間知らずなんじゃないか?」


 《統計情報が不足している。断定にはさらなる観測が必要》


 「いや、これ完全に世間知らずでしょ。どこに初対面の相手に、何百万も路銀渡す人いるんだよ……」



 ——ぐぅぅぅ……



 思わず腹の虫が鳴いた。


 ……うん、恥ずかしい。今じゃなくていいだろ。


 オッサンが、ちらっと視線を落とす。



 「……おい」


 「は、はい」


 

 ごそごそと棚を探る手。

 少しして、小ぶりのサンドイッチを一つ、紙に包んで差し出してきた。


 「金は要らねぇ。いいから、食っとけ」



 オレは、一瞬だけためらって——深く頭を下げた。


 「……ありがとうございます。助かります」


 


 受け取ったサンドイッチは、まだほんのり温かくて、パンの匂いがちゃんと“焼いた手の味”がしていた。


 


 ベンチに座って、ひとくち。

 ああ、ちゃんと“こっちの世界”の食べ物なんだ。そう思ったら、少しだけ現実味が増した。


 とりあえず、空腹は少し落ち着いた。


 「金持ちなのに、メシが買えないってどういう状況だよ……」



 たぶん、宿なんかも無理だよな……。銀行…みたいな場所ってこの世界にあるのか?

 


 ——金はある。でも使えない。


 ルルのところに戻って、両替を頼むって手もあるけど……。

 それより先に、今はまず、やるべきことがある。


 

 この世界が、どんな場所なのか。

 オレが、どこまでやれるのか。


 そのためには、まず情報。

 ——これからが、本番だ。




——to be the next act.

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