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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第8幕『残念美人、保護者ムーヴを開始する』


 ——翌朝。


 

 司令部の来賓用一室。


 石造りの天井と木の床に囲まれたその部屋で、俺は……ため息を吐いていた。


 

 「まさかこの国で、一番信用できる情報源が“この人”だとはな……」

 


 床の上に、ぺたりと倒れているセレス。

 頭に濡れ布をのせ、顔面は死人のように蒼白。



 「ん……あぁぁぁぁ……記憶が……ぼんやり……」

 

 「そりゃそうだよな。酒瓶の半分、一人で空けてたし……」


 

 アリスとエナは、隣で何食わぬ顔で座っている。



 「体温、正常範囲内。死にはしません」


 「お水、いっぱい飲ませましたよ〜!」



 完ッ全に他人事である。



 俺はため息をもう一つ吐いて、セレスの額の布を取り替える。



 「……本当は、今日の午前中に兵舎の訓練見学させてもらう予定だったんだけどな……」


 《本日、ユーザー・リクの“表向きの予定”は訓練視察。参加拒否時の影響は軽微》


 「だよな。さすがにこのセレスを兵舎に引きずるのは無理がある」



 俺は立ち上がり、アリスに小声で頼んだ。



 「アリス。兵士長に“オレが疲労と緊張で寝込んだ”って伝えてくれ。今日はこの部屋で過ごす」


 「了解」

 


 アリスは静かに立ち上がり、部屋を出ていった。


 エナはというと、セレスの顔をじぃっと見つめて——



 「……舌が白いですね。脱水症状ですね〜」


 《確認:アセトアルデヒドの血中濃度上昇による身体症状。いわゆる“二日酔い”》


 「知ってる!!」



 しばらくして、アリスが戻ってくる。

 


 「兵士長には伝達済み。なお、尾行は途中で撒きました」


 「尾行?」



 「はい。朝から、我々の寝室を特定しようとした若兵が3名」


 「マジか……マジだな。で?」



 「塀の上で足を滑らせ、今ごろは軍医のところかと」


 「さすがだ、アリス」



 俺はそっと親指を立てた。


 だが、この軍部の理性、大丈夫か?

 


 「……ごくっ……ありがと……ございます……」



 セレスが、水をちびちび啜りながら、かすれた声で言った。


 枕元で俺は氷嚢を替えていた。

 わりと本格的な“お世話モード”である。


 部屋の中では、まだセレスが布団に突っ伏している。

 脇には水差しと、おかゆと、冷やしたおしぼり。



 「ほんと……優しいのね、リクくん……」



 セレスが弱々しくつぶやいた。

 


 「……リクくん」


 「はいはい、おでこ冷やしますよ」


 「そうじゃなくて……あのさ……」


 布団の中でセレスが、かすかにまぶたを持ち上げた。

 焦点の合わない目で、俺の顔を見つめる。



 「キミって……自分の故郷から、無理やりこっちに連れてこられたんでしょう?」


 「……まあ、そんな感じですね」


 「ご両親、心配してるだろうし……恋しくない?」


 

 しばらくの沈黙のあと、俺は答えた。



 「母さんは、俺を産んだ時に死んだんです」

 

 「えっ……」


 「だから、母親の記憶はない。でも、父さんがちゃんと育ててくれた。

 だから寂しいって思ったことは、あんまりなかったよ」



 「でも、今は心配してると思う」



 素直な気持ちだった。



 「帰れるもんなら……帰りたい」


 

 静かに、だけど真っ直ぐな言葉だった。


 セレスの目の奥が、ふるりと震えた。


 

 「……リクくん……」



 セレスはそっと口元を押さえた。

 その表情には、確かな同情の色があった。



 「ごめんなさい……そんな重い話になると思ってなくて……」


 「あっ……いや、そんなつもりじゃ——」



 だが——



 その表情が、徐々に明らかに“別の意味”で色づいた。


 

 「………………」



 セレスが、固まっている。


 じぃ……っと、俺の顔を見て……

 そのまま、ハッと目を見開いた。




 ( ※ここから、セレス妄想モード突入 )


 ——ちょっと待って……この子、母親がいない? 


 つまり、ずっと“母の愛に飢えてきた”……!?


 それって、精神的に“年上女性”に弱いパターンじゃない!?



 しかも、この優しさ。

 出会って一日経ってないのに、こんなに気遣ってくれるなんて……


 あっ……あのとき私を見て、“美人(※残念美人)”って言った!


 たったそれだけのヒントを、この天才観察官セレスが見逃すとでも……!?


 この子……つまり!!



 ( ※ここまで、セレス脳内妄想 )



 「リクくん……私の体、狙ってる!?」


 「おい待てや」


 

 俺は咄嗟にツッコミを入れた。


 

 「こ、この若さで……! こんな純粋そうな顔して……やっぱりオトコノコってそういう……!」


 「いやいやいやいや、今おかしいだろ! なんでオレの家庭事情からその話に飛んだ!?」


 

 「しかも、優しいけど本心が読めない……って、それ逆に一番危ないやつ……」


 「その分析、婚活で失敗したタイプの自己投影が混ざってるからな!? 現実と妄想の判別くらいしてくれよ!」



 「それにしても……リクくん。まだ若いし、体の線も細いのに……なんでこんなに色気を……?」


 「ねぇよ!? “カフェでストロー咥えてるだけでドキッとする”っていう中高生ラブコメ的視点で見ないで!?

 オレそんなハニートラップ型じゃねぇから!!」



 ——俺がツッコミを連打しても、セレスの妄想は加速する一方だった。


 

 もはや、こいつの脳内では。

 俺は“外見ショタの内面プレイボーイ”になっている。



 「オレいつの間に“バブみホイホイ系男子”になったんだよ!!そんなジョブ選んだ覚えねぇよ!!

 そんな“人たらし能力"にスキル値振ってねーぞ!?」



 「リクくん。真面目に聞いて?」


 「いや、その前に答えろ! 今オレのこと“若い野獣”みたいな目で見てたろ!?」


 

 「確かに私は美人だし、スタイルも良いわ。……こないだも、十八くらいに見えるって言われたの」


 「どこで!? 誰に!? 嘘でしょそれ!?」


 

 「でも、あなたとは十二歳も離れてるのよ……。

 だから、あなたの恋心に応えることはできないの……」


 「いや、待て。恋心? 誰の!?

 今初めて聞いたんだけど!?」



 「でも……でも、女性の方が平均寿命長いし……いま結婚できれば……子供も三人……いや、頑張れば五人くらい?」


 「妄想が飛躍しすぎだろ!! なんで“恋愛感情”スキップして“出産計画”にワープしてんだよ!!」


 

 「なら……アリ?」


 「ナシだわ!!! 100%ナシだわ!!」


 

 「でも、あなたが“どうしても”って言うなら……任務が終わった後で、“健全なお付き合い”からなら……」


 「どうしても言わねーよ!! てか今もう健全じゃねーし!! きのう尻揉まれたわ!!

 どういう脳内フィルター通したらこの会話が成立すんだよ!!!」


 

 ——だが、次の瞬間。



 セレスは、ふっと表情を変えた。

 目の奥に、確かな決意を宿して——



 「……リクくん。安心して」


 

 「えっ?」


 

 「もう分かったわ。……あなた、年上女性に弱いタイプね」


 「いや、だから違うって……」



 「だから私が、あなたを守ってあげる!」


 「え?」


 

 「上司がなんと言おうが、軍部の指示がどうあろうが!

 私はあなたの味方! この命にかけて、絶対に守るから!!」


 「いや、そこまで重く受け止めなくていいから!!

 なにこの変な誓い!? 誤解から生まれた“行き場のない母性を抱えた義勇軍”みたいになってる!!」



 《補足:ユーザー・リク、現在“天然人たらし”評価が周囲で上昇中》


 「してねぇよ!! むしろ“被害者ポジション”だよ!!」



 「リクさん、大変ですね〜」


 ……と、背後から聞こえたのは、呑気すぎるエナの声だった。



 「なんだよ! その距離感!?

 おまえの“新妻ポジション”設定どこ行った!? 

 いや、それも追々なんとかするけど!!」



 続いて、アリスが淡々と呟く。



 「……競合となる可能性は低い。つまり、“わたしたちの敵ですらない”と判断しました」


 「はあ!? さすがにセレスが気の毒じゃないか!?」



 俺はもう、ぐったりと崩れ落ちるしかなかった。


 セレスの“庇護欲”と“恋愛妄想”と“婚期焦り”が合体すると、


 ——これほどまでに、破壊力があるとは……。


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