第7幕『残念美人は、夜にささやく』
「じゃあ、そろそろオレは部屋に戻るわ。明日も早いし」
セレスがテーブルに突っ伏したまま、ふにゃりと手を上げる。
「ん〜〜……おやすみぃ〜〜……」
俺は静かに立ち上がり、部屋の扉へと——
「……って、あれ? 手首?」
ふと見ると、左手首をセレスに掴まれていた。
「あ、あの……そ、そこまでされるほどの酒盛りじゃなかったよね? ね?」
セレスが顔を上げた。
顔は真っ赤、目はとろんとしている。だけど——
「ねぇ、リクくん……聞いてもらえる?」
口調だけは、妙に真剣だった。
「……何を、ですか?」
「私ね……今年、二十八なのよ」
「えっ、急に!? 歳を!? なんの告白!?」
「……二十八なのに、独身なの。彼氏いないの。いままで真面目に軍部で頑張ってきたのに」
「ええと、それは……はい、あの……尊敬します?」
「でも気づいたら、周りの男はオッサンばっかりよ!」
突然の叫びに、アリスとエナがピクッと顔を上げた。
でも、すぐに察したのか、そっと目を逸らす。セレス、完全に酔いカミングアウトモードである。
「入隊したときはね、理想の相手とかいたのよ!? 同じ志を持って、支え合って、みたいなぁ〜〜!」
「で、現実は?」
「“仕事は命令ですから!”みたいな堅物か、“君は優秀だねぇ”って気安く触ってくるハゲか、どっちか!!」
「……すごい、バランスの悪い二択……」
「最初はね、“出世したら変わる”って思ってたの!
でも気づいたら“出世したからこそ、余計に出会いがなくなった”のよ!」
「それ、言っちゃう!? 自分でそれ言っちゃう!?」
「うるさいわねぇ……リクくんってば……」
セレスは、どことなく焦点の合わない目で、じぃっと俺を見つめる。
「……よく見たら……可愛い顔してるわよね、キミ」
「へっ?」
「ほら、なんていうか……中性的っていうの? 素直で、真面目で、でもちょっと小生意気で……。
それでいて実は強くて……あら? これ、もしかして、ワンチャン?」
「え、なにが!? どこにワンチャン!? いや待って、その目ヤバい、ピント合ってない!!」
「ちょっと触ってみていい?」
「どこを!?」
「ちょーっとだけ……ね?」
俺はグイグイ近づいてくる、この酒臭い軍服の女を押しのけようと突っ張る。
部屋の隅のソファに腰かけていたアリスとエナが、ちらりと視線を向けてきた。
アリスは小さく首を傾げ、無表情のまま、
「……リク。セレスからのセクハラ前兆行動が発生しています」
《確認:フェロモン濃度上昇。視線の滞留時間延長。これは“触れる5秒前の動き”》
「いや、予報じゃなくて警報鳴らしてくれよ!?」
そしてとうとう、セレスの手が——
ぐにゅっ
「!?!?!?!?!?!?」
「え〜〜、なにこれぇ……意外と筋肉あるぅ……うふふ♡」
「はぁ!? 尻ぃ!? 何触ってんのアンタ!! やめろやめろぉ!!
フツーにセクハラだからなそれ!!」
「セクハラ?……ちがうわよぉ……これはぁ……戦闘時の筋肉チェックぅ……♡」
「んな言い訳通るか!!
酔いながらにやけ顔で尻チェックとか無理あるわ!!」
エナが、なんかパンかじりながら言った。
「リクさん、ふぁいと〜! 情報収集、頑張ってください!」
「情報収集ちゃうわ!! お前らが何もせずにニコニコしてるのが一番怖いんだよ!!」
《確認:ユーザー・リク、現在局所的に尊厳喪失中。対応の優先度は低と判断》
「セブン、お前までスルーすんな!! 助けろ!!!」
——結論。
この監察官、間違いなく仕事はできるが、
プライベートはどうしようもない。
“恋と酒に弱い、婚期焦り系エリート美女”だった。
俺は壁に手をつきながら、静かに夜風を吸い込んだ。
「……やっぱ、エルド将軍、すげぇよ……この人を選んだ意味、なんか分かってきたわ……」




