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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第6幕『情報は酒と共に流れる』


 ——まあ、さすがに。


 王国の士官、それも監察官なんて役職についてるんだ。

 あそこまでポンコツ感を漂わせていたって、さすがに“油断はできない”って思ってた。


 

 ……が。

 


 「ひっく……へへぇ〜〜……この、お酒、ちょっと……お高いヤツじゃないですかぁ〜〜……♡」



 数時間後、アリスとエナの部屋。

 俺の前で、セレス・ヴェルスタン監察官はベロッベロになっていた。



 「……いや、マジでチョロすぎない?」



 さすがに想定外だった。

 警戒どころか、軽く肩を叩いたらバランス崩してそのままイスごと転がりそうなレベル。


 


 ことの始まりは、歓迎会の提案。


 最初、セレスはめちゃくちゃツンツンしていた。


 「馴れ合うつもりはありません。あくまで任務ですから!」


 なんて言っていたのに——


 

 「……って、なにこのラベル!? 王城御用達クラスじゃない!?」


 「これって、わ、私でも名前しか聞いたことないやつ……!」



 エルド将軍から預かった例の“超高級酒”を見た瞬間、目の色が変わった。



 「ま、まあ、せっかくですからね……一杯くらいは……!」



 そこからの流れは早かった。



 「はい、お姉さん、つぎますね!」


 「グラス内の酒量が不足しています。即時追加します」


 

 アリスとエナが交互に酌をしていき、セレスのグラスは常に満タン。


 ……どういうわけか、あの二人も楽しんでた。

 二人で挟んで左右から交互にお酌。



 「飲みますか?」「まだまだいけますか?」


 「いけますとも〜っ♡ ああ〜もう、あなたたち〜ほんっとかわいらしい……んふふっ♡」



 ……ちょろい。



 俺はというと、ホスト役に徹していた。


 

 「いや〜さすがっすねセレスさん! ぜんっぜん顔に出ないっすよ!」


 「ほらほら、乾杯っす! 王都と国王様に、カンパーイ!」


 「大丈夫っすか? 酔ってないっすよね? だってまだ五杯っすよ?」


 

 「よ、酔ってなんかいません〜〜! 私は、こう見えて、し、しっかりしてるんですから〜〜!!」


 「いや〜さすが! しかもそのグラスの持ち方! 育ち出てますねぇ!」


 「ふふふ……よくぞ気づきましたねぇ〜! あらやだ、リクくんってば、目が良い〜♡」



 セレスは上機嫌でグラスを揺らし、笑い声を上げていた。

 軍服の胸元がわずかに崩れてきているが、本人はまったく気づいていない。


 

 ……うん、オレ、ホストの才能あるかもしれない。


 っていうか、ここまでチョロいとは思わなかった。

 理性がグラス五杯で瓦解するとか……監察官の資格、大丈夫か?



 「ええ〜〜〜? リクくんってば、気がきくぅ〜♡」



 セレスはすっかり顔を火照らせ、椅子にふにゃりともたれかかっていた。

 杯はすでに六つ目。すっかり上機嫌である。



 「それじゃあ、ほらぁ……リクくん、もっと聞いてよぉ……」



 「ははっ、どうぞどうぞ〜! じゃ、今日の“上司ムカつくランキング”第1位は誰っすか?」


 「いや〜〜もうぉ……聞いてよ……!



 すげえ、チョロいどころか、“飲ませたら語る”モードに入ってる……。


 

 そして——セレスの口から、次々と明かされていった。



 まずは、王国内の情勢……。



 「〜〜んでぇ……今の王国はねぇ……軍部と貴族派と、魔導機関で、ぜぇ〜〜んぶ意見がバラッバラでぇ〜〜」


 

 「軍部はぁ〜〜、あたしたちでなんとかすべきって言ってるの。

 でもぉ〜〜貴族のおじさまたちは、“オルディア帝国に助けてもらおう”って言っててぇ〜〜」


 

 「でね? どっちにも味方しないで黙ってるのが、“未来予測装置”を管理してるルーンヴァイス家。

 この国の予言と魔法と戦略の心臓部〜〜! だけど政治にはノータッチ〜〜!」


 「でもねぇ〜〜、軍部の上の方には、私の上司みたいに、“召喚者を徹底監視しろ”って人もいるのよぉ〜〜。

 キミたちが、あたしたちの“制御できない兵器”になるのを恐れてるの〜〜!」


 

 「え? 将軍たち? ああ〜〜、一番大人しいのがエルド将軍よぉ〜〜。

 あの人は“あんたたちを協力して活かす派”〜〜! 超がつくほど現場主義! それ以外は興味なし!」


 「だから、私はエルド将軍の方が好きぃ〜〜……なんかこう、こう……背中がでかい……!」



 エナとアリスも自然にノってくる。


 「たしかに!あの人、渋くてかっこいいですよね〜」

 「会議での采配、部下からの人徳。いずれも高水準と評価してます」



 飲んではいないのにテンションだけシンクロしている。




 で、国外の情勢はと言うと。



  「で・も・ね!!」



 グラスを両手で持ち上げ、テーブルにバン!と置くセレス。



 「ウチの国って隣国との関係もヤバくて〜〜」


 「本来、この国って軍事力も魔導技術も、周辺諸国より弱いのよ〜〜。

 普通だったら、とうの昔に侵略されてるの〜〜!」



 「だけど、それを止めてるのが、“アストライアグラス”っていう未来予測の装置なの〜〜!」


 「この国が攻められると、未来がどうなるか分かるから、他国が下手に動けないってわけ〜〜」



 ……アストライアグラス。つまり、ルルがこの国の要って事だ。



 「でもねぇ……予言装置って、万能じゃないの〜〜。

 最近は魔王軍の行動が読めないし〜〜、未来もブレるし〜〜」


 「おまけにね? オルディア帝国の方も、“魔王討伐に協力するから、予言の一部を共有しろ”って圧かけてきてるの〜〜。

 でも、王国の偉い人たちは“予言技術だけは譲れない”って言ってて〜〜、外交がぜんぜん進まないの〜〜!」



 「でも、帝国なんかに頼ったら“戦後処理”に口出しされるってわかってるからぁ〜〜、

 軍部は絶対に頼りたくないわけぇ〜〜!」


 「もう、だめ〜〜!! 国際関係はむずかしいの〜〜〜♡」





 《解析完了。会話内容より、以下の要点を抽出》


 《王国内部:軍部 vs 貴族派 vs 魔導機関の三派に意見分裂》

 《軍部:外敵は自力排除。貴族:帝国に救援要請を画策。魔導機関:召喚者を恒久的に軍事戦略の手札とすることを目論む》

 《更にルーンヴァイス家は政治には不介入姿勢》


 この辺が、この国……。

 アストリア聖王国の内政の状況。


 つまり、政治勢力はもちろん、軍部でさえ一枚岩ってわけじゃない。



 《続いて国外情勢:アストリア聖王国は他国に比べて軍事的に脆弱。魔王軍出現を機に、オルディア帝国からの干渉圧力が増加中》



 《補足:本情報は、セレス個人の見解および酩酊時の推論を含むため、信頼度に変動あり。

 だが、交差検証の価値は高い》


 

 「……」


 「…………」


 

 俺たちは、一同、無言だった。

 アリスが小さく息を吐いてから、言った。



 「……これはもう、尋問の域では?」


 「いや、“おもてなし”の結果だから。完全に合法だよ」



 「リクさん、あの……すごいです。……さすが、ホスト役……!」



 俺は、ちびちび酒を飲むふりをしながら、タイミングを見て質問を差し込む。



 「セレスさん。“オルディア帝国”って、さっきからちょいちょい名前出てるけど……どういう国なんすか?」



 セレスは「んへ?」と間の抜けた返事をして、ちょっと考えるように指先で頬をつついた。


 「オルディア帝国はねぇ〜〜……この地域でいっちばん大きくて、いっちばんメンドくさい国なのぉ〜〜!」


 「えらく雑な評価だな!?」



 「雑じゃないもんっ、ほんとのことだもんっ!」


 頬を膨らませながら、セレスは熱く語りはじめた。


 

 「オルディアはねぇ〜〜、もともと“征服によって拡大した”武力国家なのぉ〜〜!

 皇帝が絶対でぇ〜〜、貴族たちがその下でズラーッて並んでてぇ〜〜……軍事力が強くて、征服された周辺民族をいっぱい抱えてるの〜〜!」


 「……あー、そういう多民族帝国的な?」


 

 「そうそう! 国内は宗教も種族もバラッバラ!

 でも、逆にそれを“支配技術”でまとめてるのがオルディアのすごいとこなの〜〜!」


 「支配技術?」



 「うん。教育、言語統一、情報統制、法律の標準化……ぜ〜〜んぶやっててね。

 支配された国の人たちが“帝国の一部でいる方がマシ”って思うように作り込まれてるのぉ〜〜〜!」


 「……マジか。すげえリアルな手口だな……」


 

 「あとね〜〜、外交がめっちゃ巧妙なの。

 王国に対しては“魔王討伐を支援しますよ〜”って言いながら、“その見返りに予言装置を一部でもシェアしろ”って揺さぶりかけてきてるのぉ〜〜〜!」


 「予言装置って、あの“アストライアグラス”?」



 「そう〜〜! でも王国は絶対に手放さないのぉ〜〜!

 だってアレがないと、マジで他国に飲まれるから〜〜〜!」


 「んで、帝国はどう動いてんだ? 魔王と戦う気はあるのか?」


 

 「あるわよぉ〜〜! でも、“どうせ王国がやられるなら、滅んでから助けた方が得”って考えてる人たちもいるの〜〜!」


 「それ救援する気ねーじゃん!!」


 

 「帝国はねぇ……めっちゃ現実的で計算高いのよぉ〜〜〜……」


 

 そして、なぜかちょっと寂しそうに呟いた。



 「でもね……本当に困ってるときは、意外と助けてくれたりもするのよぉ……。

 そういう、情けの混ざった老獪さが……ムカつくけど、嫌いになれないっていうか……うぅぅ……皇帝のヤツぅぅぅ……!」


 「え、なんかあったの!? 個人的な恨み!?」


 

 「ないっ!! ないけどぉぉ〜〜!! なんかある気がするだけ〜〜!! 前世でなんかあったのかも〜〜!!」


 

 ——うん、酔ってる。



 でも、情報の濃度はガチだった。


 《補足:オルディア帝国に関する要点を整理》


 《征服によって拡大した多民族帝国。支配手法は“徹底した合理主義”と“標準化政策”による情報統制・教育洗脳》


 《現在、アストリア王国に対して“魔王討伐支援”を名目とした政治圧力をかけている》


 《評価:外交・軍事・諜報において圧倒的に格上。王国にとっては、“助け”と“脅威”が表裏一体の存在》



 ここまで聞いたところで、セレスは完全に潰れた。


 俺は正座しながら、酒瓶と酔い潰れたセレスを交互に見つめた。


 

 「……想像の3倍くらいヤバい情報引き出せてしまったんだが」


 《補足:将軍の計画が完璧に機能している可能性》


 

 「エルド将軍、マジですげぇ……」



 ——俺たちは、予想以上にデカい渦の中にいた。

 しかも今、その“渦の地図”を、やたら高級な酒と一緒に受け取ってしまったらしい。



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