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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第5幕『祝勝と、滑った口』


 アリスとエナの部屋を出て、渡り廊下を曲がったところで、見慣れたシルエットが立っていた。



 「やあ、リクくん。ちょうど良かった」



 エルド将軍だった。


 石造りの柱に片肘をついて、いつもの渋い笑みを浮かべている。

 


 「キミの部屋に行こうとしていたところだったんだが……手間が省けたな」


 「何かご用ですか?」



 将軍は懐からひとつの瓶を取り出した。

 琥珀色の液体が、廊下のランプに照らされて鈍く光る。



 「うっかり渡し忘れていたものでね。初の演習祝勝祝いだよ。……大人の贈り物さ」



 手渡されたのは、明らかに高級そうな酒瓶だった。

 王国の紋章が施された、分厚いガラスの封印付き。


 

 「……あっ、オレ、酒は……」


 「ああ、そうだったな。“向こうの世界の法律”では、キミの歳では酒が飲めないんだった」



 「え?」

 


 言葉が止まった。



 「“向こうの世界の法律”……?」



 将軍は、にやりと笑ってウィンクした。


 「おっと、いけない。……歳になると、つい口が滑ってしまってな」


 

 ……そういうことか。


 つまり、この国の軍部——少なくともエルド将軍は、俺の出自や俺の世界の事情を、ある程度把握している。


 

 「……というわけで、これはお返しします」


 

 俺は瓶を両手で押し返す。



 「酒のことはよく分からないけど、安いもんじゃないんでしょう? もったいないです」


 「もちろん。私のコレクションの中でも逸品中の逸品だ。

 貴族の当主ですら、滅多に口にできん代物だぞ」


 

 「じゃあ、なおさら……」



 「ところで——その様子だと、監察官にはもう会ったんだろ?」


 

 俺が「は?」と顔を上げると、将軍は確信めいた口調で続けた。



 「そして、その監察官は“セレス・ヴェルスタン”くん。……違うかね?」


 「……あ、そうですけど」


 

 「うむ。狙い通りだ」



 将軍は満足げに頷いた。



 「……正直、将軍の部下とかなら助かったんですけど」


 「いや、監察官まで私の身内にしたら、かえって軍部内で警戒される。

 “私がキミたちを独占している”という構図を避けたくてね。

 逆に、少し距離がある者に“手綱を握らせてるフリ”をする方が、全体として動きやすくなる」


 

 「……つまり、手綱を“引っ張らせる”気はない、と?」


 「もちろんだとも」



 将軍は朗らかに笑って、酒瓶を指で軽く持ち上げた。



 「セレスくんの配属には、我ながら策を弄したよ。

 私は彼女の上司に、自分の部下を“猛プッシュ”してみせて、渋々引き下がった。

 ちゃんと苦々しい顔もしたさ。周囲に“あいつは納得してないな”と印象づけるためにな」」


 

 口元が、わずかに引きつる。

 この人、ほんとに“老獪”だ。



 「その上で、“監察官は優秀な女性士官にすべき”という提案を、さりげなく通しておいた。

 あの子は貴族の次女で、前線経験こそないが、座学と実技は常に上位。文句なしのエリートだ。

 報告書の数字しか見ず、兵たちの人柄に興味のない連中にとっては、信頼できる優秀な監察官だよ」


 「でも……実際の人柄って意味では?」


 

 「ふふ。キミなら、もう分かっただろう?」



 既に俺の中では、残念美人・ハレンチ妄想マシン、というラベルで固定されている。



 「今日は彼女の歓迎会でもしてやりたまえ」


 「はあ、まあ……」


 

 「彼女、実は酒好きでね。任務中に飲むほど不真面目ではないが……

 “ほんの一杯だけ”なら、きっと口が軽くなる」


 

 将軍は、にやりと笑って、酒瓶を片手で持ち上げる。



 「彼女も、色々とストレスが溜まっているだろう。

 “愚痴”を聞いてあげるといい」


 

 ——この将軍、俺たちのことだけでなく、

 監察官の扱い方まで全部お見通しかよ。


 

 俺は、手渡された酒瓶を見つめて、苦笑した。



 「……やっぱ、俺が一番警戒しなきゃいけないの、この人じゃねぇかな」


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