第4幕『新たなるボケ要因』
セブンの刀身が、わずかに低く唸った。
《警告:接近中の人型動体、1名。足取り軽快、動揺・敵意の兆候なし》
「……誰か来るらしい。敵じゃないみたいだが」
しばらくして……。
コン、コン、とノックの音。
「……入るわよ!!」
女の声と同時に、扉が勢いよく開かれた。
「いやちょっ、開けるの早っ!? こっちは返事すらしてないんだけど!?」
入ってきたのは、眼鏡をかけた軍服姿の女性。
軽装の戦闘服に、低く結ったポニーテール。そして腕には何らかの魔導器具らしきものが装着されている。
「ええっ!!な、なによ……女の子の部屋に、男がひとりで……真っ昼間から……!!」
その場で固まったかと思うと、次の瞬間。
「……ま、まさかこの部屋で、三角関係の修羅場とか、ベッドで複数人とか、すでにそういう関係が……!?」
「誰がだよ!? オマエの妄想の始点がすでにアウトだろ!!」
いきなりのフルスロットルなハレンチ誤解に、全力でツッコミを入れる。
「まさか……見えないところで“争奪戦”とか、“同居の中で芽生える感情”とか……いけない……!官能小説的構図じゃない!!」
「お前、何の世界から来たんだ!? 昼ドラじゃねぇぞここ!!」
セブンがひとこと、《感情暴走。演算限界に到達したと推定》と淡々と呟いた。
ようやく妄想から帰還したらしい彼女は、咳払いして胸を張ると、自分の肩章を軽く叩いた。
「……失礼。取り乱したわ。改めて自己紹介するわね」
眼鏡をクイッと上げながら、ビシッと敬礼の姿勢を取る。
「私はセレス・ヴェルスタン。王国軍監察局直属、特命監察官。
本日より、あなたたち一行の“随行・観察任務”を命じられているわ」
「……監察官、ってことは……つまり俺たちを見張るってことか?」
「……ええ。あくまで、あなたたちの案内と記録業務が目的だとは言われたけど——」
セレスはそこでわずかに目を細め、視線を俺、アリス、エナの三人に向けた。
「……まあ、建前ってやつね。
要は、“あなたたちが暴走したらどう止めるか”って、それを測るための監視よ」
「……まぁ、想定はしてたけどな」
完全に野放しにはされないだろうとは思ってた。
というか、むしろ助かる。
なにせ俺は、この世界の一般常識にすら疎い。
だがこの女、さっきのテンパり具合から察するに、観察以前にだいぶ色眼鏡で見てきそうだ。
「ちなみに……さっきの三角関係云々とかは……?」
「……あれは、監察官としての……高度な……観察眼……」
「ただのラブコメ脳だろうが!!」
たぶん、監察官として女性が派遣されたのは、アリスとエナへの……というか他の兵たちへの配慮だろう。
すでにアイドル扱いのふたりに、男の監察官が四六時中べったり、ってのは変な波紋を招きかねん。
……そして、多少は責任ある仕事を任されたってことは、おそらく軍部の信頼もあって優秀。言葉使いや仕草に教養は見える。
外見も知性派美人って感じだ。
だが……それら全部を台無しにするくらい、テンパり癖と脳内妄想の暴走がすごい。
このタイプはたぶん、ことある度に一人で妄想爆発→自己完結→謎の結論に突っ走るのを繰り返す。
つまり、地雷ではないが、あきらかに危険物。
……この、面倒くさそうな残念美人が、俺たちの監察官かよ……
そう考え込んでいるところに、セレスがツカツカと一歩近寄ってきた。
「いま、何か失礼なのでことを考えてませんか?
初対面の第一印象を、勝手に決められてる気がします!!」
「図星だよ! あきらかにボケ要員の残念美人だよ! ていうかさっきのハレンチ妄想、垂れ流しだったからな!? ツッコミなしで逃げ切れると思うなよ! そういうとこ、ビシビシいくからな!!」
「なっ、失礼ですよ!! そもそも私はあなたより年上なんですからね!? 敬語を使いなさい、リクくん!!」
「おいおい、いきなり気安いな!!
名前で呼ぶスピード感だけは抜群じゃねぇか!」
「そ、そりゃまあ、監視対象ですし! 把握して当然というか、初日から名前覚えられなかったら監察官失格ですしっ……!」
……顔、赤いな。ちょっといきなりツッコみすぎたか?
「ほら! 今ちょっとだけ“うわ、この人顔赤い”って思ったでしょ!?」
「ああ、思ったよ!! というか、それを読み取って指摘する時点で自爆だからな!?」
「ぐぬぬぬ……っ!」
セレスは唇を噛んで睨みつけてきたが、その隣で——
「……面白い人ですねぇ」
エナが純粋な笑顔で感想をこぼす。
「極端な感情反応の割に、攻撃性や敵意はありません。“被害者ポジション適性”が高いです」
アリスがさらっとえげつない評価を下す。
「なっ……なによこの二人!? 無自覚に圧が強いんだけど!? あとあなたたち、なんでそんなに可愛いのに毒舌なの!?」
「えへへ〜、アリスおねーちゃんが色々教えてくれるんですよ〜!」
「教育しているつもりはありませんが……エナは、情報統合能力が“子供向けの絵本並み”なので、比喩的にしか伝わりません」
「それを教育って呼ぶんだよ!」
俺のツッコミに誰も動じない。
さっきまでの演習とは別の意味で、頭が疲れる。
この空間、圧がすごい。三方向からボケが飛んでくる。
セレスはようやく一息ついて、わずかに視線を逸らした。
「……と、とにかく! わ、私はちゃんと“任務”を果たしますから!
そ、そこのあなたたちがいかに可憐で、制服が似合って、スカートがとても短くても……!
そ、その……目のやり場に困っても! ……私は職務に忠実に!」
「だから! そういう余計なことを声に出すなって言ってんだよ!!」
俺のツッコミがまたも炸裂する。
《補足:現在の感情構成、観察対象ではなく“語彙の暴走”。本体の思考制御を切り離すか検討中》
「やめろセブン、それは割と怖い!」
——ただ。
問題はこの“残念美人”に、誰の息が一番かかってるかだ。
エルド将軍ならありがたい。ある程度は信頼できる人だってことは、さっきのやり取りで分かった。
でも——下手に魔導機関とか、あのガヤってた将軍たちの誰かだったら……めんどくさいことになりそうだ。
「なあ、ちょっとだけ聞いていいか?」
俺は自然なトーンで切り出す。
「……あんた、だれに言われてオレたちの監視を?」
「えっ? あっ、えっと……わ、私は軍本部直属の監察官ですから! 公平・中立・不偏不党の立場で任務にあたらせていただきます! ええ、はい!」
やたらと必死な早口だった。
なるほど、“どの派閥かは言えません”ってことだな。つまり言ったらまずいんだろ。
「そういえば……今日の演習で、オレたちの戦い方をすげー応援してくれてた人がいたんだよなぁ……」
俺はわざと、とぼけたような口調で続けた。
「えっと、名前なんだっけな。あの、渋い声の将軍。ちょっと髪に白入ってて、顔が怖くて、優しい人……えーっと……」
「エルド将軍ですね?」
食い気味に答えたのは、他でもないセレスだった。
「……あー、うん。そうそう、その人その人。できれば、あの人の下につけたらいいなーって思ってるんだけどさぁ〜」
やんわり笑いながら、もう一歩、探る。
「ああ、なんか……君たちは、彼のもとに配属される流れみたいですけど……」
「おっ、マジか!?」
「ま、まぁ……でも彼、私の上官とは……あまり馬が合わないというか……」
「……ほう?」
「いえ、その……上層部の一部はですね、君たちをやや危険視してまして。
“管理体制を強化すべきだ”と、強めの指示が……その、出てるとか出てないとかで……」
「……え? それ言っちゃって良いの?」
俺が逆に困惑すると、セレスは目を見開き、口元を手で押さえた。
「……っっっ!?」
——ようやく気づいたらしい。
おっそ。
「い、今の、な、なんでもありませんからね! い、一切合切、記録にも残さず、記憶からも消去してください! お願いです!」
顔がみるみる青ざめ、アリスの白より白くなっていく。
……この人、ほんとに“助かる”かもしれない。
敵か味方か、じゃなくて——たぶん、情報ダダ漏れの“穴”だ。
何もしなくても、口が滑って色々出てきそう。
《警告:本個体、秘密保持能力に明確な脆弱性アリ。対応方針:情報を絞りつつ、利用可能な範囲で活用推奨》
「おう、セブンの方がシビアだな……」
「な、なななななによ……そんな目で見ないでください……!」
セレスが震えながら一歩引く。
「で、あんたはオレたちに四六時中くっついてる流れ?」
「え、ええ……基本的には。昼間はリクくん、あなたの行動に同行します。
兵舎での就寝時には、別の監察官が交代で……ええっと、主に男性担当の方が……」
「なるほど。で、夜は?」
「夜は……この部屋で寝泊まりさせてもらう予定で……」
そこで、セレスが何かに気づいたようにピタリと動きを止めた。
沈黙。
目が、見開かれる。
「……ま、待って……」
ボソッと、セレスがつぶやいた。
「今日……監察官である私に知らされずに、リクくんがこの部屋に来てたってことは……
つまり、リクくんは自由にこの部屋に出入りできるってことよね……?」
口元がわなわなと震え出す。
「で、この部屋って……アリスさんと、エナさんの部屋……で……」
「お、おい、落ち着け……?」
もう嫌な予感しかしない。そしてその予感は、たぶん当たりだ。
「ということは、あなたたち3人……若い男女が、長旅を共にして……
戦場という極限状態を潜り抜けて……しかも同室で寝起きしていた痕跡があり……!」
「ああ、案の定。イヤな方向に妄想が……」
「そう、これはつまり——」
「爛れた関係ッ!!」
バァン!! と机を叩いてセレスが叫んだ。
「つまり、私の貞操も危ないッ!?!?」
「なるかァァァァァ!!!」
俺のツッコミが部屋に木霊した。
「なに勝手にギャルゲーのルート入りしようとしてんだよ!!」
「い、いや、だって、統計的にそういうフラグってあるじゃないですか!! 旅の仲間とか、共同生活とか、守ってくれる男の人とか、そういうのって……ほらだいたい!」
「誰の統計だよ!! ナーロッパの法則か!?」
「だって! アリスさんとか! 見た目ロリで中身有能とか反則でしょ!?
エナさんとかも、あんなパッツパツで押してきたら、そりゃあリクくんも理性とか溶けて……!」
「なんで俺が犯人前提で語られてんだよ!!
ねぇよ!! いっさい……」
と言いかけて、迎賓館でのドタバタを思い返して言い淀む。
「ほら!!やっぱり!!
私は身持ちが硬いですからね!!
易々とハーレム要因にはなりませんから!!」
アリスとエナは、静かに見守っていた。
「……この人、言語暴走率が高いです」
「ねー! 大人のお姉さんみたいだけど、なんか思ってたより、すごくアレ!」
間違いなく、諜報戦とは別の意味で苦労がひとつ増えた。
俺は小さく、心の中でため息をついた。




