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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第4幕『新たなるボケ要因』


 セブンの刀身が、わずかに低く唸った。



 《警告:接近中の人型動体、1名。足取り軽快、動揺・敵意の兆候なし》


 「……誰か来るらしい。敵じゃないみたいだが」


 

 しばらくして……。



 コン、コン、とノックの音。


 「……入るわよ!!」



 女の声と同時に、扉が勢いよく開かれた。


 

 「いやちょっ、開けるの早っ!? こっちは返事すらしてないんだけど!?」



 入ってきたのは、眼鏡をかけた軍服姿の女性。

 軽装の戦闘服に、低く結ったポニーテール。そして腕には何らかの魔導器具らしきものが装着されている。



 「ええっ!!な、なによ……女の子の部屋に、男がひとりで……真っ昼間から……!!」


 

 その場で固まったかと思うと、次の瞬間。



 「……ま、まさかこの部屋で、三角関係の修羅場とか、ベッドで複数人とか、すでにそういう関係が……!?」


 「誰がだよ!? オマエの妄想の始点がすでにアウトだろ!!」



 いきなりのフルスロットルなハレンチ誤解に、全力でツッコミを入れる。



 「まさか……見えないところで“争奪戦”とか、“同居の中で芽生える感情”とか……いけない……!官能小説的構図じゃない!!」


 「お前、何の世界から来たんだ!? 昼ドラじゃねぇぞここ!!」


 セブンがひとこと、《感情暴走。演算限界に到達したと推定》と淡々と呟いた。



 ようやく妄想から帰還したらしい彼女は、咳払いして胸を張ると、自分の肩章を軽く叩いた。



 「……失礼。取り乱したわ。改めて自己紹介するわね」


 

 眼鏡をクイッと上げながら、ビシッと敬礼の姿勢を取る。


 

 「私はセレス・ヴェルスタン。王国軍監察局直属、特命監察官。

 本日より、あなたたち一行の“随行・観察任務”を命じられているわ」


 「……監察官、ってことは……つまり俺たちを見張るってことか?」


 

 「……ええ。あくまで、あなたたちの案内と記録業務が目的だとは言われたけど——」


 

 セレスはそこでわずかに目を細め、視線を俺、アリス、エナの三人に向けた。


 

 「……まあ、建前ってやつね。

 要は、“あなたたちが暴走したらどう止めるか”って、それを測るための監視よ」


 「……まぁ、想定はしてたけどな」



 完全に野放しにはされないだろうとは思ってた。

 というか、むしろ助かる。

 なにせ俺は、この世界の一般常識にすら疎い。


 だがこの女、さっきのテンパり具合から察するに、観察以前にだいぶ色眼鏡で見てきそうだ。


 

 「ちなみに……さっきの三角関係云々とかは……?」


 「……あれは、監察官としての……高度な……観察眼……」


 「ただのラブコメ脳だろうが!!」



 たぶん、監察官として女性が派遣されたのは、アリスとエナへの……というか他の兵たちへの配慮だろう。

 すでにアイドル扱いのふたりに、男の監察官が四六時中べったり、ってのは変な波紋を招きかねん。


 ……そして、多少は責任ある仕事を任されたってことは、おそらく軍部の信頼もあって優秀。言葉使いや仕草に教養は見える。

 外見も知性派美人って感じだ。



 だが……それら全部を台無しにするくらい、テンパり癖と脳内妄想の暴走がすごい。


 このタイプはたぶん、ことある度に一人で妄想爆発→自己完結→謎の結論に突っ走るのを繰り返す。

 つまり、地雷ではないが、あきらかに危険物。



 ……この、面倒くさそうな残念美人が、俺たちの監察官かよ……



 そう考え込んでいるところに、セレスがツカツカと一歩近寄ってきた。



 「いま、何か失礼なのでことを考えてませんか?

 初対面の第一印象を、勝手に決められてる気がします!!」


 「図星だよ! あきらかにボケ要員の残念美人だよ! ていうかさっきのハレンチ妄想、垂れ流しだったからな!? ツッコミなしで逃げ切れると思うなよ! そういうとこ、ビシビシいくからな!!」



 「なっ、失礼ですよ!! そもそも私はあなたより年上なんですからね!? 敬語を使いなさい、リクくん!!」


 「おいおい、いきなり気安いな!!

 名前で呼ぶスピード感だけは抜群じゃねぇか!」



 「そ、そりゃまあ、監視対象ですし! 把握して当然というか、初日から名前覚えられなかったら監察官失格ですしっ……!」



 ……顔、赤いな。ちょっといきなりツッコみすぎたか?



 「ほら! 今ちょっとだけ“うわ、この人顔赤い”って思ったでしょ!?」


 「ああ、思ったよ!! というか、それを読み取って指摘する時点で自爆だからな!?」


 「ぐぬぬぬ……っ!」



 セレスは唇を噛んで睨みつけてきたが、その隣で——


 

 「……面白い人ですねぇ」


 エナが純粋な笑顔で感想をこぼす。


 「極端な感情反応の割に、攻撃性や敵意はありません。“被害者ポジション適性”が高いです」


 アリスがさらっとえげつない評価を下す。


 

 「なっ……なによこの二人!? 無自覚に圧が強いんだけど!? あとあなたたち、なんでそんなに可愛いのに毒舌なの!?」


 「えへへ〜、アリスおねーちゃんが色々教えてくれるんですよ〜!」


 「教育しているつもりはありませんが……エナは、情報統合能力が“子供向けの絵本並み”なので、比喩的にしか伝わりません」


 「それを教育って呼ぶんだよ!」


 

 俺のツッコミに誰も動じない。


 さっきまでの演習とは別の意味で、頭が疲れる。

 この空間、圧がすごい。三方向からボケが飛んでくる。


 

 セレスはようやく一息ついて、わずかに視線を逸らした。


 「……と、とにかく! わ、私はちゃんと“任務”を果たしますから!

 そ、そこのあなたたちがいかに可憐で、制服が似合って、スカートがとても短くても……!

 そ、その……目のやり場に困っても! ……私は職務に忠実に!」


 「だから! そういう余計なことを声に出すなって言ってんだよ!!」



 俺のツッコミがまたも炸裂する。



 《補足:現在の感情構成、観察対象ではなく“語彙の暴走”。本体の思考制御を切り離すか検討中》


 「やめろセブン、それは割と怖い!」



 ——ただ。


 

 問題はこの“残念美人”に、誰の息が一番かかってるかだ。


 エルド将軍ならありがたい。ある程度は信頼できる人だってことは、さっきのやり取りで分かった。

 でも——下手に魔導機関とか、あのガヤってた将軍たちの誰かだったら……めんどくさいことになりそうだ。



 「なあ、ちょっとだけ聞いていいか?」


 俺は自然なトーンで切り出す。



 「……あんた、だれに言われてオレたちの監視を?」


 「えっ? あっ、えっと……わ、私は軍本部直属の監察官ですから! 公平・中立・不偏不党の立場で任務にあたらせていただきます! ええ、はい!」


 

 やたらと必死な早口だった。

 なるほど、“どの派閥かは言えません”ってことだな。つまり言ったらまずいんだろ。


 

 「そういえば……今日の演習で、オレたちの戦い方をすげー応援してくれてた人がいたんだよなぁ……」


 俺はわざと、とぼけたような口調で続けた。


 「えっと、名前なんだっけな。あの、渋い声の将軍。ちょっと髪に白入ってて、顔が怖くて、優しい人……えーっと……」


 「エルド将軍ですね?」



 食い気味に答えたのは、他でもないセレスだった。


 

 「……あー、うん。そうそう、その人その人。できれば、あの人の下につけたらいいなーって思ってるんだけどさぁ〜」


 やんわり笑いながら、もう一歩、探る。



 「ああ、なんか……君たちは、彼のもとに配属される流れみたいですけど……」


 「おっ、マジか!?」


 「ま、まぁ……でも彼、私の上官とは……あまり馬が合わないというか……」


 「……ほう?」



 「いえ、その……上層部の一部はですね、君たちをやや危険視してまして。

 “管理体制を強化すべきだ”と、強めの指示が……その、出てるとか出てないとかで……」


 

 「……え? それ言っちゃって良いの?」 


 

 俺が逆に困惑すると、セレスは目を見開き、口元を手で押さえた。


 

 「……っっっ!?」


 

 ——ようやく気づいたらしい。


 おっそ。


 

 「い、今の、な、なんでもありませんからね! い、一切合切、記録にも残さず、記憶からも消去してください! お願いです!」



 顔がみるみる青ざめ、アリスの白より白くなっていく。

 ……この人、ほんとに“助かる”かもしれない。


 敵か味方か、じゃなくて——たぶん、情報ダダ漏れの“穴”だ。

 何もしなくても、口が滑って色々出てきそう。


 

 《警告:本個体、秘密保持能力に明確な脆弱性アリ。対応方針:情報を絞りつつ、利用可能な範囲で活用推奨》


 「おう、セブンの方がシビアだな……」


 

 「な、なななななによ……そんな目で見ないでください……!」


 セレスが震えながら一歩引く。



 「で、あんたはオレたちに四六時中くっついてる流れ?」


 「え、ええ……基本的には。昼間はリクくん、あなたの行動に同行します。

 兵舎での就寝時には、別の監察官が交代で……ええっと、主に男性担当の方が……」


 「なるほど。で、夜は?」



 「夜は……この部屋で寝泊まりさせてもらう予定で……」



 そこで、セレスが何かに気づいたようにピタリと動きを止めた。


 沈黙。


 目が、見開かれる。



 「……ま、待って……」


 ボソッと、セレスがつぶやいた。



 「今日……監察官である私に知らされずに、リクくんがこの部屋に来てたってことは……

 つまり、リクくんは自由にこの部屋に出入りできるってことよね……?」


 

 口元がわなわなと震え出す。


 

 「で、この部屋って……アリスさんと、エナさんの部屋……で……」


 「お、おい、落ち着け……?」


 もう嫌な予感しかしない。そしてその予感は、たぶん当たりだ。


 

 「ということは、あなたたち3人……若い男女が、長旅を共にして……

 戦場という極限状態を潜り抜けて……しかも同室で寝起きしていた痕跡があり……!」


 「ああ、案の定。イヤな方向に妄想が……」



 「そう、これはつまり——」



 「爛れた関係ッ!!」



 バァン!! と机を叩いてセレスが叫んだ。



 「つまり、私の貞操も危ないッ!?!?」


 「なるかァァァァァ!!!」


 俺のツッコミが部屋に木霊した。


 「なに勝手にギャルゲーのルート入りしようとしてんだよ!!」


 「い、いや、だって、統計的にそういうフラグってあるじゃないですか!! 旅の仲間とか、共同生活とか、守ってくれる男の人とか、そういうのって……ほらだいたい!」


 「誰の統計だよ!! ナーロッパの法則か!?」



 「だって! アリスさんとか! 見た目ロリで中身有能とか反則でしょ!?

 エナさんとかも、あんなパッツパツで押してきたら、そりゃあリクくんも理性とか溶けて……!」


 「なんで俺が犯人前提で語られてんだよ!!

 ねぇよ!! いっさい……」


 と言いかけて、迎賓館でのドタバタを思い返して言い淀む。



 「ほら!!やっぱり!!

 私は身持ちが硬いですからね!!

 易々とハーレム要因にはなりませんから!!」


 

 アリスとエナは、静かに見守っていた。



 「……この人、言語暴走率が高いです」

 「ねー! 大人のお姉さんみたいだけど、なんか思ってたより、すごくアレ!」



 間違いなく、諜報戦とは別の意味で苦労がひとつ増えた。

 俺は小さく、心の中でため息をついた。


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