第3幕『ふたりの意思』
扉が閉まり、将軍の足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。
「……ふぅ」
俺は息を吐いて、椅子にもたれかかった。
——腹は、決まった。
この国がどういう場所なのか。
誰が、何を考えて、どんな形で俺たちを動かそうとしているのか。
全部を見極めるなんて無理だとしても。
少なくとも——俺はもう、迷わない。
「……アリスと、エナにも伝えておかないとな」
あの二人は、何も言わなくてもついてきてくれるだろう。
でも、それじゃダメだ。
“俺が選ぶから、お前たちは従え”じゃ、結局、俺一人で背負ってるのと同じだ。
だから、ちゃんと共有する。
“俺たち”のこととして。
腰のセブンを軽く叩いてから、立ち上がる。
「行くか、セブン」
《了解:目的地、司令部来賓区画。対象:ユニット・アリス、ユニット・エナ》
廊下に出ると、夕方の光が長く差し込んでいた。
火照った頭には、ちょうどいい風だ。
司令部の方へしばらく進む……と、背後から小さく足音がした。
《報告:後方より、軽装兵三名が追尾中。距離、およそ15メートル。
足音の密度と呼吸数より、緊張状態。構成は若年男性と推定》
「……尾行ってことか?」
問いかけると、セブンは即答した。
《肯定:ただし観察動機は戦術的ではなく、情動的と推測》
……まぁ、わかってたよ。
「オレたちを探る内偵ってわけじゃねぇな。
十中八九、アリスとエナの部屋がどこか知りたいんだろうな」
歩調を変えず、軽く肩をすくめる。
「ほっとけ。どうせ入り口で捕まる」
《確率評価:68%以上で門前にて摘発》
案の定、廊下の角を曲がった先で、ぴたりと足音が止まった。
「……あ、やべ……」「バレた……」「詰んだ……」
そして次の瞬間——
「貴様らぁ!! 勤務時間中に何をやっているかあああ!!」
凄まじい怒鳴り声が廊下を震わせた。
そのまま、三人の新兵が慌てて土下座し、ズルズルと兵舎方面に引きずられていく。
「ひぃぃ! ちがっ、これは情報収集でして……!」
「動機はやましくないっす!! 敬意です敬意ッ!!」
「純粋に……“尊み”が過ぎただけで……ッ!!」
ギィ……と扉が閉まる音がして、静寂が戻る。
俺は、ため息をひとつ。
「……セブン。あの三人、ちゃんと生きて帰れるかな……」
《状況評価:人格矯正および教育的指導の対象。社会復帰には一定の見込みあり》
「じゃあいいか」
そう呟きながら、俺は司令部の中庭を抜け、来賓用区画へと足を踏み入れる。
アリスとエナが待つ部屋へ。
今度は、俺の番だ。
俺の想いを、俺の言葉で伝える。
次の戦いの前に。
俺たちの“立ち位置”を、ちゃんと確認しておくために——。
司令部の来賓区画。簡素な石造りの部屋の扉をノックする。
「アリス、エナ。ちょっといいか?」
「リクさんですか!? どうぞ!!」
間髪入れず返ってきたエナの明るい声。
「おう、入るぞ」
軋む音と共に扉を開けると、簡素な室内に二人の姿があった。
エナはベッドの上に正座したまま、にこにこと笑っていた。
アリスは机に書類を広げたまま振り返り——無表情のまま、コクリと一度だけ頷いた。
「リク。戦略ブリーフィングでしょうか?」
「まあな。そんなとこ」
足音を立てないように部屋に入って、扉を閉める。
周囲に人気はない。
さっきの“ストーカー三人衆”の件もあるし……
今は一番、慎重でいたい時間だ。
「さっき、エルド将軍と話してきた。俺たちの今後について……いったん、腹は決まった」
二人の視線が、静かに集まる。
「演習の結果を見て、軍部は……いや、王国中の各派閥が、俺たちをどう使うかって話を始めてるらしい。
……将軍は、それが気に入らないって言ってたよ。俺たちの意向が、議題にすら上がってないってな」
エナが、小さく目を丸くした。
アリスは、すぐには反応せず、ただ静かに聞いている。
「いずれ正式に通達があるらしいが……先に動いたのはエルド将軍だった。
魔王領への侵攻作戦の指揮官と綱引きをやって、“俺たちはエルド将軍預かり”ってことに決まりそうだってさ」
その言葉に、エナがぱっと笑顔になる。
「エルド将軍……ちゃんとわたしたちの味方なんですねっ」
「完全に、ってわけじゃないだろうけどな。でも、今のところ一番“話が通じる大人”なのは確かだ」
椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
そして、机の上に手を置いて——
「……で、これが今一番大事な話だ」
セブンの柄を、軽く叩いた。
「立ち回る上で、俺たちの最大の武器は“セブンの広域スキャンと諜報能力”だ。
今朝の作戦会議でも、わざと伏せてた。
アリスとエナの戦闘力とか、質量爆撃とか、派手なとこだけで充分だしな」
「向こうに知られず、こっちが情報を集められる。
頼りにしてるぜ、相棒」
《当然の判断。軍上層部の中に、我々の能力を脅威と見なす一派が存在する可能性は高い。情報制御は現状の最適戦略と判断》
セブンの声が、少しだけ得意げに響く。
刀身に、緑色の文字が淡く灯る。
《認識補足:ユーザーから当ユニットへの信用度、内部スコアで94.7%。上昇中》
「……だから、かってにオレからの信頼ポイントカウントすんなって」
エナが微笑みながら、そのやり取りを見守っていた。
「リクさんとセブンさん、ほんとに“相棒”って感じですね。
信じ合ってるの、ちゃんと伝わってきます」
「……まぁな。けっこう、いろいろあったしな」
照れ隠しのように首をかくと、ふと不安がよぎった。
「やばっ、しまった!
セブン、今の話、誰かに聞かれてないか?」
《否。盗聴器、音響魔術、視認型偵察魔導体、いずれも未検出。
扉前・通路・屋上部においても、野次馬・密偵の兆候なし。
今後も異常検出時は即時ユーザーに報告する》
セブンの即答に、肩の力がふっと抜けた。
「……やっぱ頼りになるぜ、相棒」
——やべ、少し気が抜けてたな。
エルド将軍と話して、気持ちが緩んだ。
でも、これから先はそんなに甘くない。
だからこそ。
この小さなチームで、きっちりと呼吸を合わせる必要がある。
「アリス、エナ。これからもっと、面倒なことに巻き込まれていくと思う」
「はいっ、がんばります! 任せてください!」
エナは迷いなく、即答だった。
アリスは……ほんの少しだけ、目を伏せて——それから、静かに口を開いた。
「わたしは“命令”には従う仕様です。……けれど。
いまのこれは、“仕様”ではない。
……これは、わたしが、自分で選んでいることです」
そう言って、そっと手を胸元に当てた。
——ああ。
やっぱり、俺は一人じゃない。
だったらもう、怖がってるヒマなんてない。
「よし。じゃあ、次の動きに備えて、情報整理しておくか」
《了解:現在取得済み情報の整理を開始。
優先順位に基づき、国内勢力の構造を再評価》
セブンの刀身が、淡く光を放つ。
そして、“次の戦い”の準備が、静かに始まった。




