表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
74/80

第3幕『ふたりの意思』


 扉が閉まり、将軍の足音が廊下の奥へと遠ざかっていく。


 

 「……ふぅ」



 俺は息を吐いて、椅子にもたれかかった。


 ——腹は、決まった。



 この国がどういう場所なのか。

 誰が、何を考えて、どんな形で俺たちを動かそうとしているのか。


 全部を見極めるなんて無理だとしても。

 少なくとも——俺はもう、迷わない。



 「……アリスと、エナにも伝えておかないとな」


 

 あの二人は、何も言わなくてもついてきてくれるだろう。


 でも、それじゃダメだ。

 “俺が選ぶから、お前たちは従え”じゃ、結局、俺一人で背負ってるのと同じだ。


 だから、ちゃんと共有する。

 “俺たち”のこととして。



 腰のセブンを軽く叩いてから、立ち上がる。


 

 「行くか、セブン」


 《了解:目的地、司令部来賓区画。対象:ユニット・アリス、ユニット・エナ》


 

 廊下に出ると、夕方の光が長く差し込んでいた。

 火照った頭には、ちょうどいい風だ。




 司令部の方へしばらく進む……と、背後から小さく足音がした。


 《報告:後方より、軽装兵三名が追尾中。距離、およそ15メートル。

 足音の密度と呼吸数より、緊張状態。構成は若年男性と推定》


 「……尾行ってことか?」


 

 問いかけると、セブンは即答した。


 《肯定:ただし観察動機は戦術的ではなく、情動的と推測》


 

 ……まぁ、わかってたよ。


 「オレたちを探る内偵ってわけじゃねぇな。

 十中八九、アリスとエナの部屋がどこか知りたいんだろうな」


 

 歩調を変えず、軽く肩をすくめる。


 

 「ほっとけ。どうせ入り口で捕まる」


 《確率評価:68%以上で門前にて摘発》


 

 案の定、廊下の角を曲がった先で、ぴたりと足音が止まった。


 「……あ、やべ……」「バレた……」「詰んだ……」



 そして次の瞬間——


 「貴様らぁ!! 勤務時間中に何をやっているかあああ!!」



 凄まじい怒鳴り声が廊下を震わせた。


 そのまま、三人の新兵が慌てて土下座し、ズルズルと兵舎方面に引きずられていく。


 「ひぃぃ! ちがっ、これは情報収集でして……!」

 「動機はやましくないっす!! 敬意です敬意ッ!!」

 「純粋に……“尊み”が過ぎただけで……ッ!!」


 ギィ……と扉が閉まる音がして、静寂が戻る。


 

 俺は、ため息をひとつ。


 「……セブン。あの三人、ちゃんと生きて帰れるかな……」


 《状況評価:人格矯正および教育的指導の対象。社会復帰には一定の見込みあり》


 

 「じゃあいいか」



 そう呟きながら、俺は司令部の中庭を抜け、来賓用区画へと足を踏み入れる。


 

 アリスとエナが待つ部屋へ。


 


 今度は、俺の番だ。

 俺の想いを、俺の言葉で伝える。


 


 次の戦いの前に。

 俺たちの“立ち位置”を、ちゃんと確認しておくために——。




 


 司令部の来賓区画。簡素な石造りの部屋の扉をノックする。


 「アリス、エナ。ちょっといいか?」


 「リクさんですか!? どうぞ!!」


 

 間髪入れず返ってきたエナの明るい声。



 「おう、入るぞ」


 

 軋む音と共に扉を開けると、簡素な室内に二人の姿があった。

 エナはベッドの上に正座したまま、にこにこと笑っていた。


 アリスは机に書類を広げたまま振り返り——無表情のまま、コクリと一度だけ頷いた。


 「リク。戦略ブリーフィングでしょうか?」



 「まあな。そんなとこ」


 

 足音を立てないように部屋に入って、扉を閉める。



 周囲に人気はない。

 さっきの“ストーカー三人衆”の件もあるし……

 今は一番、慎重でいたい時間だ。


  

 「さっき、エルド将軍と話してきた。俺たちの今後について……いったん、腹は決まった」



 二人の視線が、静かに集まる。



 「演習の結果を見て、軍部は……いや、王国中の各派閥が、俺たちをどう使うかって話を始めてるらしい。

 ……将軍は、それが気に入らないって言ってたよ。俺たちの意向が、議題にすら上がってないってな」


 

 エナが、小さく目を丸くした。

 アリスは、すぐには反応せず、ただ静かに聞いている。


 「いずれ正式に通達があるらしいが……先に動いたのはエルド将軍だった。

 魔王領への侵攻作戦の指揮官と綱引きをやって、“俺たちはエルド将軍預かり”ってことに決まりそうだってさ」



 その言葉に、エナがぱっと笑顔になる。



 「エルド将軍……ちゃんとわたしたちの味方なんですねっ」


 「完全に、ってわけじゃないだろうけどな。でも、今のところ一番“話が通じる大人”なのは確かだ」



 椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。

 そして、机の上に手を置いて——



 「……で、これが今一番大事な話だ」


 

 セブンの柄を、軽く叩いた。



 「立ち回る上で、俺たちの最大の武器は“セブンの広域スキャンと諜報能力”だ。

 今朝の作戦会議でも、わざと伏せてた。

 アリスとエナの戦闘力とか、質量爆撃とか、派手なとこだけで充分だしな」


 「向こうに知られず、こっちが情報を集められる。

 頼りにしてるぜ、相棒」


 《当然の判断。軍上層部の中に、我々の能力を脅威と見なす一派が存在する可能性は高い。情報制御は現状の最適戦略と判断》


 

 セブンの声が、少しだけ得意げに響く。

 刀身に、緑色の文字が淡く灯る。


 

 《認識補足:ユーザーから当ユニットへの信用度、内部スコアで94.7%。上昇中》


 「……だから、かってにオレからの信頼ポイントカウントすんなって」



 エナが微笑みながら、そのやり取りを見守っていた。


 

 「リクさんとセブンさん、ほんとに“相棒”って感じですね。

 信じ合ってるの、ちゃんと伝わってきます」


 「……まぁな。けっこう、いろいろあったしな」


 

 照れ隠しのように首をかくと、ふと不安がよぎった。


 

 「やばっ、しまった!

 セブン、今の話、誰かに聞かれてないか?」


 《否。盗聴器、音響魔術、視認型偵察魔導体、いずれも未検出。

 扉前・通路・屋上部においても、野次馬・密偵の兆候なし。

 今後も異常検出時は即時ユーザーに報告する》



 セブンの即答に、肩の力がふっと抜けた。



 「……やっぱ頼りになるぜ、相棒」


 

 ——やべ、少し気が抜けてたな。

 エルド将軍と話して、気持ちが緩んだ。

 でも、これから先はそんなに甘くない。



 だからこそ。



 この小さなチームで、きっちりと呼吸を合わせる必要がある。



 「アリス、エナ。これからもっと、面倒なことに巻き込まれていくと思う」


 「はいっ、がんばります! 任せてください!」


 

 エナは迷いなく、即答だった。



 アリスは……ほんの少しだけ、目を伏せて——それから、静かに口を開いた。


 

 「わたしは“命令”には従う仕様です。……けれど。

 いまのこれは、“仕様”ではない。

 ……これは、わたしが、自分で選んでいることです」


 

 そう言って、そっと手を胸元に当てた。


 

 ——ああ。


 やっぱり、俺は一人じゃない。

 だったらもう、怖がってるヒマなんてない。


 

 「よし。じゃあ、次の動きに備えて、情報整理しておくか」


 《了解:現在取得済み情報の整理を開始。

 優先順位に基づき、国内勢力の構造を再評価》


 

 セブンの刀身が、淡く光を放つ。


 そして、“次の戦い”の準備が、静かに始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ