表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
73/80

第2幕『本音の問い』


 部屋の扉を閉めると、エルド将軍は壁際の椅子に腰を下ろした。

 狭い部屋の中に、さっきまでの食堂とはまったく違う静けさが満ちる。


 

 「……すまないな。私が直々に部屋を訪ねたら、多少は噂になるだろう」


 「いえ、わざわざ来ていただけるなんて。本来ならオレの方から伺うべきところです」



 そう返すと、将軍はほんの少しだけ眉を上げた。


 

 「……いや。将軍の執務室に呼び出してしまっては、私は“将軍”としてしか喋れないからね」


 静かな口調だった。

 けれど、その言葉に込められた意図はすぐに察せられた。


 これは——軍人としての立場を、いったん“脱いだ”上での会話だ。


 


 「……それで、お話というのは?」


 

 将軍は一度だけうなずき、テーブルの上に肘をついた。

 そして、どこか重たい目で、こちらをまっすぐに見つめてくる。


 

 「まずは、礼を言わせてほしい。君たちの実力は、疑いようがなかった」


 「……ありがとうございます」



 「そして案の定だ。演習の後、すぐに軍部内では“君たちをどう使うか”の話し合いが始まった」



 そこまでは、予想していた。

 この流れなら、次は——



 「……で、俺たちはどこかの部隊に配属、とかですか?」


 

 将軍は、苦笑したように首を横に振った。


 

 「そんな単純ではないさ。君たちの“兵器としての価値”を目の当たりにした連中は、

 “対魔王抵抗戦力”の主力に加えようとしている。しかも、次の進軍作戦の総指揮官まで動き出した」


 

 ——やっぱ来たか、掌返し。

 ここまでは予想できてた。

 問題は、この次……。


 

 「君たちが、演習で勝利してから流れが変わった。

 “利用できる”と判断した連中は、自分の陣営に君たちを取り込むべく、根回しを始めている」


 

 言葉を濁してるけど、たぶん“実戦投入”も視野に入ってる。

 覚悟の上ではあったが、俺たちは“魔王討伐を成し遂げる兵器”として、軍部の戦略に組み込まれようとしている。

 



 「……だが」



 と、将軍はわずかに身を乗り出してきた。


 

 「私は、あれが気に入らない。

 肝心の君たちの意思を、誰も聞こうとしないのだから」


 

 その声音には、確かな怒気すらにじんでいた。


 

 「私は、軍人だ。指揮官として、戦果を求めることも否定はしない。

 だがそれ以前に、君たちは“意志を持つ存在”だ。

 勝手に戦略図のコマにされるいわれはない」



 ……この人、ほんとに、軍の人間か?



 そんな疑問が一瞬、頭に浮かぶ。


 でも、それがまったく嫌味に聞こえないのは、

 さっきの演習で、将軍自身が“俺たちの力”を認めてくれたからだ。


 現場を見て、言葉をかけて、こうして歩み寄ってきた人間の言葉だからこそ——届く。


 

 「あとで私は、将軍としての立場でキミに“正式な通達”を届けることになるだろう」


 そう言って、将軍はひとつ、深く息を吐いた。


 

 「だが先に言っておこう。君たちは、私が預かることになると思う」


 「……え?」


 

 「演習後、君たちの扱いを巡って、激しい綱引きをしたよ。魔王領侵攻作戦の総指揮官とは特にな。

 だが、先に目をつけて、いち早く根回ししていた私の勝ちだ。……情報戦というやつだな」


 

 いや、軽く言ってるけど、それ絶対かなり泥臭い政治闘争だったろ。


 

 「私が預かるということは、“君たちを現場で扱う責任”を持つ、ということでもある。

 ただし、これはあくまで一時的な措置にすぎん。

 他の将軍たちも、まだキミたちを諦めてはいまい。

 だが、無理に戦場に投げて使い捨てるようなことは、絶対にさせないつもりだ」



 静かだが、強い声だった。


 

 「だからこそ聞かせてくれ。君たちは、どうしたい?」


 

 将軍の問いは、真っ直ぐだった。

 誤魔化しも、装いも、通用しない目だった。


 


 俺は、一拍だけ間を置いて——息を吸った。


 

 「……俺たちは、ここに“何かを成し遂げに来た”わけじゃありません」



 その言葉に、将軍がわずかに眉を動かした。


 

 「“オレたちがどうすべきか”を決めるために、ここに来たんです」



 俺はセブンの柄に手を添えながら、ゆっくりと言葉を続けた。


 

 「オレには、まだ分からないことだらけです。

 魔王は何者なのか。何が目的なのか。

 そして王国は、どうやって魔王と戦っていくつもりなのか」



 将軍は黙って頷く。先を促すように。


 


 「……それだけじゃない」


 

 声が、自然と低くなる。



 「そもそも、なんで魔王は王国を攻めてるのか。

 本当に、あいつが“悪だから”なのか。

 それとも……“王国の側に原因がある”のか」


 将軍の目が、わずかに細くなった。



 「だから、オレたちは戦場に出る前に、ちゃんと“知る”べきなんです。

 自分たちが誰のために戦うのか、何を信じて剣を振るうのかを」


 

 俺の声に、わずかに熱が混じっていた。

 俺だけじゃない。セブンにも、アリスにも、エナにも関係のあることだ。


 

 将軍はしばし沈黙した。


 

 そして、椅子の背にもたれながら、ぽつりと呟いた。


 

 「……私としては、キミに内情を詳しく喋ることは出来ない」


 

 表情は変わらない。だがその瞳の奥には、確かに“何か”を抱えていた。



 「……そうですか」


 

 そう返すと、将軍はふっと息を吐く。


 そして。




 「……だからこれは“独り言”だ」


 

 口元に、わずかな皮肉を浮かべて、ゆっくりと語り出した。


 

 「王国は、いま表向きは“魔王軍との全面戦争”に向けて動いている。

 だが、実のところ“なぜ魔王軍が王国を標的にしているのか”、正確な理由を把握していない」



 ……やっぱ、そうか…。



 「諜報機関は、魔王軍の侵攻を“拡大政策”だと報告している。

 領土欲、資源確保、あるいは人類種への敵意。……だが、どれも“決め手に欠ける”」


 

 将軍は、指で机の端をトントンと叩いた。



 「それどころか、魔王軍は一度、“進軍を止めている”。

 辺境の要塞線を越えたあたりで、数週間にわたり活動を控えているんだ」



 セブンの予測とも一致していた。

 前線でみた戦力を考えたら、やろうと思えば、もっと激しく侵攻もできるはずだ。



 「さらに言えば、王国には……魔王軍が何かを“探している”と睨んでいる者もいる。

 戦略目標ではなく、ピンポイントな“対象”を」



 何かを探してる……?

 なら、それが“俺たち”である可能性もあるってことか?

 俺が召喚されたあの日、ルルのいる街を襲ってきたのは偶然とは思えない。


 ……でも、そうすると……あの時の魔王の態度は?

 俺たちの事を詳しくは知らない様子だった……。


 どうも、しっくりこない……。


 

 「だがな、リクくん」


 

 将軍の目が、鋭くなる。


 

 「……王国の中には、“むしろ戦いたがっている者たち”がいる」


 「……戦いたがってる?」


 

 「軍部の一部は“魔王軍の脅威”を口実に、予算の拡大と兵力の増強を進めている。

 貴族派の中には、“魔王軍への勝利”を手土産に、政治的な地位を固めようとする者もいる。

 つまり、"魔王討伐"を自分たちの地位向上に利用したいのさ」



 やっぱりそうか。


 そもそも俺が召喚されたのも、魔導機関が魔王討伐の手柄を上げたいって目的だって、そんなふうにルルは言ってた。



 この世界も俺たちの世界と同じ。

 正義を掲げる裏には、少なからず利益が絡んでる。


 

 「だから私は、キミたちを“戦力”として預かる以上、君たちの目で“何を見たのか”を報告してほしいと思っている」


 

 将軍は立ち上がり、俺と視線を合わせる。



 「戦うなとは言わない。

 だが戦う意味は、見失うなよ」



 その一言が、俺の中にしっかりと響いた。



 "戦う"ってのは、たぶん魔王とって意味じゃない。

 俺たちを取り巻く思惑、環境、利害……。

 それに立ち向かうってことだ。



 「……わかりました。将軍」


 俺は、まっすぐに答えた。




 そして、少し間をおいて……。



 「……俺は、自分が賢い人間だとは思ってない」



 意識して、ゆっくりと口を開く。


 

 「学校の成績だって、良いところ真ん中。

 取り柄があるとしたら、運動神経と……"ちゃんと自分で考えろ"て父さんに言われてきた事くらい」


 

 エルド将軍は、表情を崩さず黙って聞いていた。



 「でも、ここに来るって決めたとき、覚悟だけはしたつもりでした。

 ただ戦うんじゃない。良いように使われないように。

 ……メリットをどう示せばいいか、どうすれば“使い捨ての駒”にされずに済むか。逆に、警戒されすぎて動けなくなる可能性も考えて」


 言いながら、自分の指が少し汗ばんでることに気づいた。


 「……でも、ずっと悩んでたことがひとつあって」


 

 顔を上げる。将軍の目は、変わらず静かだった。



 「……“どうやって、信頼できそうな人を見つけるか”ってことです」



 ここに来る前からずっと頭の中にあった。

 俺たちが軍部の中で動くためには、信頼できる協力者が絶対に必要だ。

 それが、一番の懸念だった。


 

 でも……それだけじゃない。

 この世界に来てから、旅の途中でも、魔王と会ったときでも。

 俺は何をすべきか、自分で決めてきたつもりだ。


 それでも、自分の判断は正しかったのか、何を信じていいのか……。

 それが不安で、いつもずっと迷ってた。


 "頼れる誰か"……

 判断を委ねても良い相手を、たぶん俺はずっと欲してた。

 



 エルド将軍は、少しだけ息をついてから、わずかに首を振った。



 「……私のことを“信頼してくれ”と言うのは簡単だよ。だが、それはやめておこう」



 そして、目の奥に何かを滲ませて言った。


 

 「……大人としての助言だ。

 “大人”を簡単に信じてはいけない。

 特に政治に関わっている者は、たとえ本人が誠実であっても、個人の裁量でできることが限られている」


 

 それは、自分を卑下しているわけじゃなかった。

 むしろ、リアルな現実をちゃんと伝えようとする誠意だった。



 「……だから私は、努力するよ」


 

 まっすぐに、正面から。


 

 「キミたちに私が……いや、“我々が”信頼に値する存在であるように。

 それが分かるように、最善を尽くすつもりだ」



 その一言に、ぐらりと、心が揺れた。


 いや、もっと前から、かなり揺らいでた。


 この人は……信頼しても、いいんじゃないか。

 そんな思いが、心を支配しそうになってた。



 ……正直、オレ一人だったら、たぶんここで「お願いします」って全部預けてしまってたと思う。


 そっちの方が楽だし、安心できるし、答えを探す必要もない。


 

 ……でも、俺は一人じゃない。

 アリスがいて、エナがいて、セブンがいる。


 俺が間違った判断をすれば、みんなを危険に巻き込むことになる。


 

 だから。



 「……俺は、見定めます」


 

 思わず、口に出ていた。



 「この国を。この世界を。

 そして……あなたのことも」


 エルド将軍は、それを聞いて、ようやく口元を緩めた。



 「……うん。それでいい。いや、それがいい」


 小さく、満足げに頷いてから、将軍は立ち上がった。


 「ならば、私は“見られる側”として、胸を張るだけだ」


 

 そのまま扉へ向かい、取っ手に手をかけて、ふと振り返る。


 

 「……この世界には、“見極める価値のあるもの”も、“見たくなくなる様な闇”も、どちらもある。

 だが、見定めると決めたなら……目を逸らさないようにな」


 

 「……はい、ちゃんと見るつもりです」


 

 将軍の背中が、扉の向こうへと消えていった。


 ……静まり返った部屋の中で、俺はようやく肩の力を抜いた。


 


 《確認:ユーザーの“政治的中立意思”および“信頼形成に対する慎重姿勢”は安定傾向。

 同時に、精神負荷による判断疲労も蓄積中》


 


 「……ありがと、セブン。ちょっとだけ、ひと息つく」


 


 窓から差し込む風が、少しだけ柔らかくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ