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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部2話『諜報戦と残念美人』
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第1幕『突然の来訪者』


 食堂から廊下に出た瞬間、思わずもう一度ため息が漏れた。



 模擬戦を一回やっただけ。

 俺たちがここに来て、まだ半日も経ってない。


 それなのに——アリスとエナは、もう“有名人”になっていた。


 


 離れた兵舎の方からも、ジワジワと視線が集まりつつある。

 演習場の熱気が、まだ尾を引いているのもあるが。

 ほとんどの兵士の目当てはやはり二人。まるでアイドル扱い。


 会議でどう信頼されるか、演習でどう納得させるか。

 ここ数日、考えに考えてきた。



 だが……。



 「……これは……想定してなかった」


 石畳の床を踏みしめながら、自然と口から漏れた。



————



 まっすぐ進めば、俺とセブンに与えられた簡素な兵舎の個室がある。


 ちなみに、女子寮なんてものは存在しない。

 アリスとエナは、司令部のすぐ隣にある来賓用の小部屋に、一時的に通されている。


 

 ……正直、ありがたかった。


 あの二人を普通の兵舎に入れていたら、間違いなく“何か”が起きる。

 起きない方が不自然なくらいだ。


 

 俺の精神も、兵士たちの理性も、たぶん持たなかったと思う。



 「……ほんと、マジで助かったよ。あの部屋分けは……」


 

 食堂を抜け、兵舎へと向かう渡り廊下を進む。

 吹き抜ける風が少し冷たくて、火照った頭を冷やすにはちょうどいい。



 ……はずだった。



 「……髪、ほどけかけてます。整えます」


 アリスがふと、歩く隣でそう言った。


 「あ、ありがと〜おねーちゃん!」


 

 エナが立ち止まり、嬉しそうに背中を向ける。

 アリスは無言で三つ編みに手を伸ばし、淡々と整えていく。


 「えへへ〜……こうやって、おねーちゃんに結ってもらったの、初めてかも!」



 その瞬間、食堂からついてきた数人の兵士たちが——


 全員、足を止めた。



 「……なにあれエモ……」「姉妹のてぇてぇ……?」「尊すぎて思考が焼かれる……」



 《周囲における感情高揚率、急上昇中。内容:“姉妹の親密性”“擬似的百合”への嗜好共鳴と推定》


 「……セブン、どこまで拾ってんのマジで……」


 


 さらにアリスは、何かを思い出したようにスカートのスリットを指で整えた。

 ほんの、仕草ひとつ。だがそれだけで——


 「……今の、反則すぎん……」「もう一挙手一投足が尊い……」


 《不可抗力フェチ被弾、局所的に過半数突破。対象本人に挑発意図は皆無。破壊力は極大》


 もうセブンにツッコむ気力もない。


 


 ——と、そこでエナが目を細めた。


 「ん〜……アリスおねーちゃん、スカートのフック、ずれてるよ?」


 「確認……あ、ずれてました。手動調整、実行します」


 

 アリスが手を伸ばしかけた、そのとき。


 「……あたしが、つけてあげる!」



 エナが勢いよく手を出す。


 「えっと……これ、こうやって……あれ? あれれ?」


 指がうまく引っかからないのか、スカートの端をつまんで、ぐいっと持ち上げる。



 「いったん、全部外しちゃった方が早いかもっ」


 「待てエナァ!!今それはマズいって! 兵舎の廊下だからなここ!!」


 

 止める間もなく、バチンッと音を立ててフックが外された。


 巡礼服のスカートが一気に落ちる。

 その下から現れたのは、例の超ミニスカ戦闘スーツ。


 「……えっ」「ちょっ」「ちょ、ちょっっ……」



 静寂が、石造りの廊下にまで染み込んだ。


 そのまま、エナが真剣な顔でひとつひとつフックを留めていく。

 そして——最後の留め具が、カチリと音を立てた。



 「今の……脱いだ状態でフック確認して、丁寧に付け直すとか……」

 「過程が……過程が強すぎる……!!」

 「下半身は超ミニなのに、上は重たい巡礼服。あれ何!? 殺す気!?」



 アリスは静かに、振り返らずに言った。


 「……ありがとうございます。助かりました」


 「えへへっ、どういたしまして!」


 

 完璧すぎる。自然すぎる。無防備すぎる。


 《周囲、完全沈黙。対象行動に対するフェチ反応、一時的に全方位沈黙領域へ突入》


 

 ……もうダメだ。コイツら(※兵士たち)も、この空間も。

 誰が責任取るんだよこれ。


 

 俺は石壁に手をつき、ゆっくりと天を仰いだ。


 アリスとエナは、ただ“歩いているだけ”で空気を破壊していく。

 しかも、本人たちにまったく悪気がないのが本当にタチが悪い。


 ……分かるよ? 俺だって男だ。可愛いと思うさ。

 でも、これじゃあ俺の立場がねぇんだよ。



 演習で一番動いたの、俺だよな?

 信頼を勝ち取るため、どう動くかとか全部一人で考えたし、小隊長と一騎打ちしたよな?


 前線では空中戦もしたし、幹部も倒したし、セブン振ってたのも俺だよな??


 

 《確認:リクの評価項目“戦闘効率”と“戦術応用力”は上昇傾向。

 だがこの場での注目軸は“ほぼ空気”“取り巻き枠”“無害な添え物”に偏重》


 「……セブン、それ以上はもういいから……」



————



 「では、わたしたちは司令部へ。一時宿舎の方で荷物整理をしますので」


 「リクさん、またあとでね〜!」


 アリスとエナがそう言い残し、廊下の向こうへと並んで歩いていく。


 その背中を、何人もの若い兵士たちが、夢見るように見送っていた。



 「……っしゃ、今なら話しかけ——」


 「コラ貴様、何やっとる!」


 

 振り返りざまに上官のゲンコツが炸裂し、二人ほど床を転がる。


 ——平和だな、王国軍。


 


  ため息混じりに歩いていると、前方の影が立ち止まる。


 「やあ、リクくん」


 姿を現したのは——エルド将軍だった。



 廊下のさらに奥からは、コソコソとしたざわめきが聞こえている。


 「おい……あれエルド将軍じゃないか?」「なんで一般兵舎に……?」「誰か、やらかしたのか……?」


 わざと足音を消した兵士たちの“静かな騒ぎ”が、じわじわと広がっていく。



 「ずいぶん人気だったじゃないか。いや、君たち“全員”が……かな?」


 どこか茶化すように笑いながら、俺の隣に並ぶ。


 「……あれ、見られてましたか……」


 「まぁな。あれだけ兵たちが騒いでいたら、見に行かざるを得ないだろう?」



 エルド将軍は、冗談めかして肩をすくめた。


 その言葉の奥に、軍人としての観察眼が隠れていたのが、わずかに伝わる。


 

 そして少しだけ声を落とし——



 「少し話したいのだが」


 俺の部屋の前で、将軍が立ち止まる。


 「構わないかね?」



 俺は一瞬だけ迷ってから、扉の取っ手を回した。



 「……はい。どうぞ、将軍」

 


 扉を静かに開ける。

 将軍が中へ入り、俺も後に続く。



 ——演習の次は、“本音の話”だ。



 俺たちはたぶん、もう遊びじゃない場所に踏み込んでしまっている。

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