第4幕『羨望と嫉妬の、前線食堂』
その日の昼食は、軍部から提供された。
王都軍本部の広い兵士食堂。
石造りの柱が並ぶ高天井の空間には、兵士たちの話し声がざわざわと響いていた。
俺たちは、壁際の四人掛けのテーブルに腰を下ろしている。
演習直後の余韻がまだ残る中、熱気のこもった視線が、あちこちから飛んできていた。
「……なあ、視線、ヤバくない?」
俺はスープにスプーンを入れたまま、周囲をちらりと見渡す。
注目されてる。そりゃそうだ。
演習直後。しかも俺たちは勝者だった。
だが、この注目のされ方は異常だ。
……そして、その視線の矛先は……。
明らかに俺じゃなく、アリスとエナに集中していた。
《演習データの参照反応を確認。推定:我々の戦術行動に対する観察。なお“性的関心”の混入率、およそ67パーセント》
「混入って言い方、なんか……いや、かなり嫌だな……」
……なるほど、そういうことか。
軍部は男所帯。見回せば、この広い食堂に女性は——調理場のおばちゃんが一人だけ。
そんな環境に、アリスとエナが現れた。
……そりゃ、こうもなるよな。
というか、演習のときから少なくない……いや、かなりの数の視線が、あの二人の“戦闘能力とは違う何か”を見定めようとしてた。
目の動き、反応の遅れ、そして謎のメモ取り。
あれは“戦力分析”じゃなく、どう見ても“性癖の棚卸し”だった。
いや、気づいてたよ。
でも今こうして食堂に来て、確信した。
「注目されることは、想定の範囲内です。
ただし、視線の傾向は……やや特異です」
アリスが淡々と告げる。
そして彼女はスープ皿の位置を少し直した。
その仕草に合わせて、漆黒の長髪が、ゆっくりと肩から滑り落ちる。
あの異様なほど大きな金色の瞳が、光を反射する。
瞬きのたびに、その大きさと長いまつ毛が際立ってドキリとする。
巡礼服のスリットから覗く太もも。その先にある機械関節が、カチ、と音を立てた。
その隣で、エナがにこにこ笑いながらパンをかじっている。
身につけているのは、黒とライムグリーンの分厚い鎧——ではあるのだが、
その下のシャツが、どう見てもパツパツだった。
胸と尻の圧力で、シャツとズボンが常に限界を迎えている。
しかも足が長すぎて、くるぶしから先がちょっとはみ出てる。
……いや、よく見ればジロジロ見られてるのは、アリスとエナだけじゃない。
俺に向けられた視線も、確かにあった。
ただし、それは当然、熱視線ではない。
……明確に、嫉妬の眼差し。
中には歯軋りしてるやつまでいる。
聞こえるぞ、ギリッて。
スプーンで一口すくって、スープを飲んだ。
「……味がしねぇ」
————
──食堂内は、いくつかの小さなグループに分かれているようだ。
入口近くの長机では、新兵らしき若手がガヤガヤ盛り上がっている。
「姫騎士?……いや鎧女子か。可愛い女の子が重装備で戦場に立つ“非日常性”のギャップがやばい」
「ガチで前衛張ってるのに、あの装備って……戦場の夢だろ」
「ズボンパッツパツだぞ。あれズボンじゃなくてプレゼント包装だろ」
「あんな重そうな装甲の中に、“柔らかくて熱い”のが詰まってるってだけでご飯三杯いける」
目がキラキラしてるわりに、声がデカい。
全然“秘めてる”感じじゃない。
《補足:エナの“鎧装姿フェチ対象認定”、周囲17箇所から感情データ取得。
うち12名、現在意識散漫につき作業能率の著しい低下を確認》
「……セブン、そっとしとけ……」
そして、彼らの視線はアリスに移る。
「いや、エナさんもすごいけどさ……アリスちゃんもよ」
「なんか、こう……抱き締めたら壊れそうじゃね?」
「わかる。枝みたいに細い手足で……軽やかに戦場かけるの。もう、オレが盾になる!いや盾にしてください!」
「いや、目。あの金色のデカい目。あれ、見つめ返されたら黙るしかない……」
「ていうか、顔……あれ、めちゃくちゃ可愛くない……? ふと瞬きしたときの破壊力ヤバい……」
《補足:アリスの“精巧球体関節型フェチ対象認定”、周囲9名より反応取得。
うち6名、急速に“守護対象化”されている傾向を確認》
「……セブン、ほんとにそっとしとけって……」
————
一方、少し離れた円卓では中堅兵たちが低い声で語り合っていた。
「……戦場であの揺れ方は集中できん」
「でも重装であのライン出せるの、設計天才だろ」
「尻のカーブ、覚えた。絵に描ける」
おまえは戦術地図描いてろ。
————
壁際の小卓には、魔導研究班と思われる黒いローブの連中が。
スープを啜りながらも、全員がメモを取っていた。
「義体個体、自然言語応答に違和感なし。人格演算精度、高水準。……あの冷たさが逆に、ゾクっとくる」
「巡礼服のスカートは脱着式。ヒンジ構造あり。構造フェチ的に、ご褒美案件」
「脱いだあと、即座に装着→固定。実に機能的。尊い。早着替えモーション、正直エロすぎる……」
だから食え。
————
奥の隅、目立たない小卓では、古参兵たちが沈黙を守っていた。
一人がボソリと呟く。
「……あれ、たぶんもう隊の中にファンクラブできてるな」
誰も返さなかった。ただ、全員が頷いた。
————
エナが辺りを見渡してから、素直に口を開く。
「わたし、目立ってますね! やった〜!」
やった、じゃねえ。
……そういう天然無防備は、一番キツい。
演習中、鎧をパージして跳ね回ってたときは、胸が揺れるたびに兵士たちが息を呑んでいた。
いまの重装姿で「その中があれか……」と想像が膨らんでるのが、もう分かる。視線に、フェチの熱が混ざってる。
その横では、アリスがスプーンを手に持ち、無表情のままスープをすくっては口元まで運び、そのまま皿に下ろしていた。
……飲まないのかよ。その動作、意味あるのか……?
その所作は、実に丁寧で美しい。
ただし、巡礼服のスリットから、チラチラ覗く脚が問題だった。
演習中は、ノースリーブ+超ミニスカートの戦闘服にパージしていた。
今の清楚な巡礼服との差に、兵士たちの脳がバグってるのが分かる。
俺はそっとスプーンを置いた。
落ち着いて飯が食えたもんじゃねぇ。
もはや“俺たちが何者なのか”より、
“あの子たちが何を着ていて、どんな動作をしたのか”ばっかりが注目されている。
戦術とか連携とか、そういう評価軸で会議を頑張ってきたのに、
この場において、俺は完全に、“添え物”だった。
《補足:ユーザー・リクの現在の注目評価は、“無害系ナチュラルハーレム要因” “本人だけ恋愛フラグ不在”などが混在中。
“毒にも薬にもならない無害な男”としての信頼感を順調に得ている》
「……セブン、それ以上は言わなくていい」
俺はアリスのスープ皿をスライドさせ、自分のスプーンでそのままかっ込んだ。
「……リク、それは間接……」
「いちいち気にすんじゃねぇ!今日はもう、そういう日だ」
エナにも「急いで食え」と目配せを送り、
三人分の食器をまとめて、そそくさと席を立った。
背中に、熱く、突き刺さるような無数の視線。
……演習より、こっちの方が消耗してる気がするんだが。
俺は食堂を出る扉に向かいながら、小さくため息を吐いた。
「……結局、俺はなんだったんだ、今日……」




