表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部1話『王国編開始!ー俺たちの存在証明ー』
71/80

第4幕『羨望と嫉妬の、前線食堂』


 その日の昼食は、軍部から提供された。


 王都軍本部の広い兵士食堂。

 石造りの柱が並ぶ高天井の空間には、兵士たちの話し声がざわざわと響いていた。


 俺たちは、壁際の四人掛けのテーブルに腰を下ろしている。



 演習直後の余韻がまだ残る中、熱気のこもった視線が、あちこちから飛んできていた。



 「……なあ、視線、ヤバくない?」


 

 俺はスープにスプーンを入れたまま、周囲をちらりと見渡す。


 注目されてる。そりゃそうだ。

 演習直後。しかも俺たちは勝者だった。

 だが、この注目のされ方は異常だ。




 ……そして、その視線の矛先は……。


 明らかに俺じゃなく、アリスとエナに集中していた。


 

 《演習データの参照反応を確認。推定:我々の戦術行動に対する観察。なお“性的関心”の混入率、およそ67パーセント》


 「混入って言い方、なんか……いや、かなり嫌だな……」


 

 ……なるほど、そういうことか。



 軍部は男所帯。見回せば、この広い食堂に女性は——調理場のおばちゃんが一人だけ。


 そんな環境に、アリスとエナが現れた。


 ……そりゃ、こうもなるよな。



 というか、演習のときから少なくない……いや、かなりの数の視線が、あの二人の“戦闘能力とは違う何か”を見定めようとしてた。


 目の動き、反応の遅れ、そして謎のメモ取り。

 あれは“戦力分析”じゃなく、どう見ても“性癖の棚卸し”だった。


 いや、気づいてたよ。

 でも今こうして食堂に来て、確信した。



 

 「注目されることは、想定の範囲内です。

 ただし、視線の傾向は……やや特異です」

 

 アリスが淡々と告げる。

 そして彼女はスープ皿の位置を少し直した。

 その仕草に合わせて、漆黒の長髪が、ゆっくりと肩から滑り落ちる。


 あの異様なほど大きな金色の瞳が、光を反射する。

 瞬きのたびに、その大きさと長いまつ毛が際立ってドキリとする。

 巡礼服のスリットから覗く太もも。その先にある機械関節が、カチ、と音を立てた。


 

 その隣で、エナがにこにこ笑いながらパンをかじっている。

 身につけているのは、黒とライムグリーンの分厚い鎧——ではあるのだが、


 その下のシャツが、どう見てもパツパツだった。

 胸と尻の圧力で、シャツとズボンが常に限界を迎えている。

 しかも足が長すぎて、くるぶしから先がちょっとはみ出てる。


 


 ……いや、よく見ればジロジロ見られてるのは、アリスとエナだけじゃない。

 俺に向けられた視線も、確かにあった。



 ただし、それは当然、熱視線ではない。

 ……明確に、嫉妬の眼差し。

 

 中には歯軋りしてるやつまでいる。

 聞こえるぞ、ギリッて。


 

 スプーンで一口すくって、スープを飲んだ。


 

 「……味がしねぇ」



————



 ──食堂内は、いくつかの小さなグループに分かれているようだ。



 入口近くの長机では、新兵らしき若手がガヤガヤ盛り上がっている。


 

 「姫騎士?……いや鎧女子か。可愛い女の子が重装備で戦場に立つ“非日常性”のギャップがやばい」

 「ガチで前衛張ってるのに、あの装備って……戦場の夢だろ」

 「ズボンパッツパツだぞ。あれズボンじゃなくてプレゼント包装だろ」

 「あんな重そうな装甲の中に、“柔らかくて熱い”のが詰まってるってだけでご飯三杯いける」

 

 目がキラキラしてるわりに、声がデカい。

 全然“秘めてる”感じじゃない。

 

 《補足:エナの“鎧装姿フェチ対象認定”、周囲17箇所から感情データ取得。

 うち12名、現在意識散漫につき作業能率の著しい低下を確認》


 「……セブン、そっとしとけ……」




 そして、彼らの視線はアリスに移る。


 「いや、エナさんもすごいけどさ……アリスちゃんもよ」

 「なんか、こう……抱き締めたら壊れそうじゃね?」

 「わかる。枝みたいに細い手足で……軽やかに戦場かけるの。もう、オレが盾になる!いや盾にしてください!」

 「いや、目。あの金色のデカい目。あれ、見つめ返されたら黙るしかない……」

 「ていうか、顔……あれ、めちゃくちゃ可愛くない……? ふと瞬きしたときの破壊力ヤバい……」



  《補足:アリスの“精巧球体関節型フェチ対象認定”、周囲9名より反応取得。

 うち6名、急速に“守護対象化”されている傾向を確認》



 「……セブン、ほんとにそっとしとけって……」


 

————



 一方、少し離れた円卓では中堅兵たちが低い声で語り合っていた。


 「……戦場であの揺れ方は集中できん」

 「でも重装であのライン出せるの、設計天才だろ」

 「尻のカーブ、覚えた。絵に描ける」



 おまえは戦術地図描いてろ。



————



 壁際の小卓には、魔導研究班と思われる黒いローブの連中が。

 スープを啜りながらも、全員がメモを取っていた。


 「義体個体、自然言語応答に違和感なし。人格演算精度、高水準。……あの冷たさが逆に、ゾクっとくる」

 「巡礼服のスカートは脱着式。ヒンジ構造あり。構造フェチ的に、ご褒美案件」

 「脱いだあと、即座に装着→固定。実に機能的。尊い。早着替えモーション、正直エロすぎる……」


 

 だから食え。


 

————

 


 奥の隅、目立たない小卓では、古参兵たちが沈黙を守っていた。


 一人がボソリと呟く。



 「……あれ、たぶんもう隊の中にファンクラブできてるな」


 誰も返さなかった。ただ、全員が頷いた。


 

————



 エナが辺りを見渡してから、素直に口を開く。



 「わたし、目立ってますね! やった〜!」


 やった、じゃねえ。

 ……そういう天然無防備は、一番キツい。


 演習中、鎧をパージして跳ね回ってたときは、胸が揺れるたびに兵士たちが息を呑んでいた。


 いまの重装姿で「その中があれか……」と想像が膨らんでるのが、もう分かる。視線に、フェチの熱が混ざってる。


 


 その横では、アリスがスプーンを手に持ち、無表情のままスープをすくっては口元まで運び、そのまま皿に下ろしていた。


 ……飲まないのかよ。その動作、意味あるのか……?



 その所作は、実に丁寧で美しい。

 ただし、巡礼服のスリットから、チラチラ覗く脚が問題だった。


 演習中は、ノースリーブ+超ミニスカートの戦闘服にパージしていた。

 今の清楚な巡礼服との差に、兵士たちの脳がバグってるのが分かる。




 俺はそっとスプーンを置いた。


 落ち着いて飯が食えたもんじゃねぇ。


 もはや“俺たちが何者なのか”より、

 “あの子たちが何を着ていて、どんな動作をしたのか”ばっかりが注目されている。


 

 戦術とか連携とか、そういう評価軸で会議を頑張ってきたのに、

 この場において、俺は完全に、“添え物”だった。


 

 《補足:ユーザー・リクの現在の注目評価は、“無害系ナチュラルハーレム要因” “本人だけ恋愛フラグ不在”などが混在中。

 “毒にも薬にもならない無害な男”としての信頼感を順調に得ている》


 「……セブン、それ以上は言わなくていい」



 俺はアリスのスープ皿をスライドさせ、自分のスプーンでそのままかっ込んだ。


 「……リク、それは間接……」


 「いちいち気にすんじゃねぇ!今日はもう、そういう日だ」


 エナにも「急いで食え」と目配せを送り、

 三人分の食器をまとめて、そそくさと席を立った。



 背中に、熱く、突き刺さるような無数の視線。


 ……演習より、こっちの方が消耗してる気がするんだが。


 俺は食堂を出る扉に向かいながら、小さくため息を吐いた。


 「……結局、俺はなんだったんだ、今日……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ