第3幕『俺たちの戦いと、その価値』
開始の合図と同時に、俺たちは散開する。
俺たちが悪いチームとは言わないが、連携に関しては訓練された兵士に、多分まだ及ばない。
だから……囲まれるわけにはいかない!!
すぐに、兵たちの動きが変わった。
——二人一組で側面を押さえ、盾役と槍役が前に出る。
散開した俺たちに対して、自然に「包囲の網」を作ろうとしていた。
実戦を潜り抜けた連中は、合図なんてなくてもこうやって動けるのか……!
「……これは、楽勝ってわけにはいかなそうだ」
俺は舌を巻く。
守りと攻めを同時に成立させる配置。
ただ数が多いだけじゃない。前に出た奴らは、確実に一人で複数を捌ける手練れだ。
だけど、ただ押されてるわけにはいかない。
俺たちは、俺たちの戦い方をするだけだ!
まずは動きやすさのアピール。
俺はパルクールで障害物を駆け上がり、セブンの重さを瞬時に変えながら高度差を使って翻弄。
軽くすれば壁を蹴って跳ね、重くすれば着地で相手の間合いを崩す。
兵士の一人が驚いた声を上げた。
「……跳んだ!? まともな足場なしで、あんな高さを……!」
——次は、情報連携とチームワーク!!
「アリス、左サイド! 一人、裏に回ってる!」
「了解。ワイヤー、射出」
しなる線が風を切り、裏に回り込んだ兵の槍を絡め取った。
「なっ……速い!」
兵が短く叫ぶ。
俺もその場を離脱して別の兵を引きつけ、三人の動きを自然に繋げていく。
「エナ、頼む!」
「はーいっ! がんばります! リクさん!」
ブレード形態のエナが宙を翔け、俺をそのまま抱え込む。
飛び出した兵士の演習用魔導弩をエナが斜めに受け止め、その反動を利用して斜め上。敵の頭上に跳ぶ!!
「なんだあれ……衝撃を利用して……跳ねた!?」
観客の兵士が目を剥く。
着地の寸前。
俺はセブンを一気に重くして、地面へ叩きつけた。
——ドンッ!
砂埃が舞い、地面がわずかにへこむ。
腕にズシンと衝撃が響いて、耳鳴りがする。
そして、爆ぜる衝撃で、盾を構えていた兵士数人がまとめて吹き飛んでいた。
「ッ、ちょ、演習でクレーター作んな!! やりすぎだろ!!
鼓膜吹っ飛ぶかと思ったわ!!」
地面からセブンを引き抜きながら、叫んだ。
《状況報告:敵兵の包囲網形成を阻止。自己評価:ちょうどよかった》
「ちょうどよくねぇよ! こっちの立場がえぐれてんだよ!」
それでも、相手はすぐに持ち直した。
盾を失った兵が後退し、別の槍兵が即座に前へ躍り出る。
動きに迷いがない。訓練された連携だ。
「……本当に、強い。
これが、王国のエース部隊……!!」
俺は思わずそう呟く。
けど、俺たちはその上をいかなきゃ意味がない。
セブンが作ったこの隙に、いっきにたたみ掛ける!!
アリスのワイヤーが障害物に支点を作り、俺の動きを再加速させる。
エナのクナイが一斉に展開し、槍の網を無力化する。
兵士たちが驚愕の声を上げた。
「ぐっ……連動が早すぎる! 反応が追いつかねぇ!」
「三人が別々じゃない……一つの兵器みたいだ……!」
地鳴りの反響が収まる頃には、演習部隊の半数が行動不能になっていた。
……が。
まだ砂煙の舞う中、後方で指揮していた小隊長がマントを翻し、まっすぐ俺の方へ突っ込んでくる。
「おいおい、普通ならここまで崩されたら撤退だろ……!?」
砂を蹴り上げながら、小隊長が笑う。
「もちろん、実戦ならそうするさ。だがな!!」
目は燃えるように生き生きとしていて、全然折れてなんかいない。
「せっかくの演習だからな。昔の血が騒いで仕方ない!」
振り下ろされるのは長柄の軍刀。
実戦で刃こぼれしたままの鉄の光が、容赦なく迫る。
セブンを咄嗟に構える。
ガキィン、と金属がぶつかり合った瞬間、衝撃が腕に響いた。
剣をクロスさせたまま、斜め後ろに飛ぶ。
その瞬間にセブンが質量を増し、重力を味方につけて相手の剣を弾き返した。
「ほぅ……重さを変えてるな? 面白ぇ!」
小隊長は、まるで楽しんでいるかのように笑った。
その口調は、さっきまでの指揮官じゃない。まさに歴戦の猛者だ!
「私の名はグラフト・ヴォルニエ。第三師団第一遊撃小隊長だ!」
名乗りながら、矢継ぎ早に斬撃を畳みかけてくる。
崩れた隊列を尻目に、全力で戦えることを喜んでいるような顔だった。
「つきあってくれよ、勇者殿!」
刃と刃が何度も打ち合わされる。
ガキンッ、ガガンッ、と鉄の火花が散るたびに、俺の腕に痺れる衝撃が走った。
「ちょ、待て待て待て!! それ鉄剣だろ!?
いや、そっちは木刀って聞いてたんだけど!?」
「ははっ、木の剣では切り結べないからな!
トドメの手加減はするさ! 骨の一本くらいで済むようにな!!」
「なんで俺だけ真剣勝負なんだよ!!」
グラフトは一歩も引かず、むしろ楽しげに笑う。
インパクトの瞬間に質量を慣性に乗せて叩き込む、俺とセブンの重力斬撃は強い。
だけど、撃ち合いのタイミングをズラされると途端に威力が激減する。
……ガラッドのときと同じだ。
「魔王領帰りってのは、やっぱ伊達じゃねぇ……!」
俺は壁を蹴って跳び、上から斬りかかろうとする。
だがグラフトは、その動きをすでに読んでいたかのように刀を振り上げた。
「速いな! だが空中は無防備だ!」
しまった、読まれてる!!
次は、俺のパルクールの弱点。
飛び跳ねた直後、掴めるモノも、蹴れる足場もない瞬間は動きが読まれやすい。
宙に浮いてる間、俺の体は物理法則に従って動くだけだ。
「けどっ……!」
セブンがタイミングよく質量を増やす。
いままで、俺の体にあった重心がセブンの刀身にズレ、それを利用して空中で身を捻る。
普通ならありえない動き。対人戦闘に慣れている奴ほど、虚を突かれる。
グラフトの斬撃が空を切る。次の瞬間に、体の回転に乗せて、そのまま鈍刃のセブンを上から叩き込む。
「……ッ!?」
小隊長の目がわずかに見開かれる。
「もらった!」
セブンの一撃が軍刀を弾き飛ばし、砂埃の中で決着がついた。
グラフトは一瞬沈黙し、それから腹の底から笑った。
「はははっ! やられたな……! なるほど、重さを変えるってのは、こういう芸当か!」
刀を失ってもなお、彼の顔は清々しい。
悔しさよりも、若者の工夫に出し抜かれたことを喜んでいるように見えた。
「見事だ、勇者殿。一騎打ちは俺の完敗だ」
そして、合図の声が響いた。
「終了とする!!」
その瞬間、演習場全体に静寂が広がる。
風が、砂塵をさらっていった。
「……」
「なんだ、今の……」
「帝国の魔導騎士部隊なみ? いや、それ以上じゃ……?」
見学していた兵士たちのあいだに、ざわめきが走る。
畏怖と興奮が入り混じった視線が、次々と俺たちに向けられた。
誰も軽口を叩こうとはしない。
でもその代わり、確かな熱がそこにあった。
「連携も、圧倒的じゃな……」
最前列に立っていた将校の一人が、低く唸る。
「個の力でねじ伏せるだけではない……
空中展開と、連動……まるで、三人で一つの兵器のようだ」
その声に応じるように、別の将校が短く言った。
「——使いようによっては、戦局を変えうる」
そして、小隊長……グラフトがこちらへ歩み寄ってくる。
擦り切れたマントが風に揺れ、顔には屈託のない笑みが浮かんでいた。
「見事だった」
まっすぐな目で、俺たち三人を見据える。
「実戦を想定した演習で、ここまでの戦術連携ができるとは思っていなかった。
俺たちの負けだ。潔く認める」
その言葉には、悔しさよりもむしろ、清々しさがあった。
“力の差”を理解してなお、それを称える意志。
——まさに“戦場帰り”の戦士の矜持だった。
そして、ひときわ低く、重い声が響いた。
「こりゃ凄い」
ポツリと、エルド将軍が言った。
「いや……本当に凄いぞ、リクくん」
その言葉に、数人の将校が同意し頷く。
さっきまで張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んでいく。
「やりましたね、リクさんっ!」
エナが満面の笑みで振り向き、アリスに手を差し出す。
「アリスおねーちゃん、グータッチ!」
「……この反応は、演習の場では適切とは言えません——」
アリスは一瞬だけ小さく首を傾げ、それから無言で拳を上げた。
エナの長い腕が伸び、アリスの小さな拳とそっとぶつかる。
《確認:演習目標、99%以上達成。
副次効果として、周囲兵士の士気指数、平均で22.4%上昇。
グータッチの視覚的演出も、好意的反応多数》
セブンが腰で静かに告げる。
——ああ。これで、伝わったかもしれない。
俺たちはただ強いだけじゃない。
“共に戦える”ってことも。




