第2幕『軍事演習、開始!』
王都での作戦会議を終えたその日、
俺たちは王国軍の中でも選抜された兵士たちとの“演習戦”に臨むことになった。
演習場に向かう前、渡り廊下の石畳で足を止められる。
「しかし、君たちは……本当にただものじゃないな」
振り返ると、肩幅の広い壮年の男——エルド将軍だった。
白髪交じりの頭を後ろに撫でつけ、片眉を上げて俺を見てくる。
「たった三人で魔王領に足を踏み入れて、しかも魔王に会って帰ってくるとは。
正直、報告書を読んだときは“軍部の誰かの脚色だろう”と思っていたが……」
俺は苦笑するしかなかった。
「まあ……偶然と幸運が積み重なっただけです」
「偶然と幸運で魔王と鉢合わせして、生きて戻れるものか。
——いや、戻ってきたからこそ、今こうして“君たちの力”を皆に認めさせる機会ができたのだろうな」
その声音には飾り気がなかった。
軍歴三十年の実感でそう言っているのがわかる。
「いいか、リクくん」
将軍は歩きながら、低く続ける。
「兵たちにとって、勇者は希望でもあり、同時に“己の立場を揺るがす存在”でもある。
今日はただの演習ではない。
兵どもに、“君たちと肩を並べて戦えるかどうか”を納得させる場になる」
それは、ある程度わかってたつもりだった。
……でも、改めて。それも、王国の将軍から言われると、自然と背筋が伸びた。
「……わかってます。勝つだけじゃなく、“オレたちを仲間にしたい”とみんなに思わせてみせます」
「うむ。それでいい。期待しているぞ」
軽く頷いた将軍が背を向ける。
俺たちも冷たい風を浴びながら、演習場へと歩を進めた。
城壁外に広がる広大な演習場。
突き固められた地面に木柵や土塁、放置された攻城槌の残骸なんかも転がっている。
“模擬戦用”って名目だけど、石壁の影や掘り込みの塹壕は、どう見ても実戦の痕を真似て作ったものだ。
冷やかし半分で、ガヤガヤと兵士たちが集まってきていた。
——兵舎暮らしの連中にとっちゃ、娯楽なんてチェスか酒ぐらい。
こういう「腕自慢の見せ物」は、よっぽど血が騒ぐんだろう。
「おい見ろ、あの娘たち……」
「あんな重装の鎧を着て、あんなに軽々動けるのか……」
「あっちの小柄な子。あんな細い手足で戦えるのか?
たとえ模擬用の木剣って言っても、当たったら骨くらい折れるぞ?」
兵士たちがざわつく。
戦場には到底似合わない、アリスとエナは、槍を振るう連中の目にも異質で、つい見入ってしまうらしい。
「おい嬢ちゃん、その服で動けるのか? それ修道服かなんかだろ?
あと、武器とか何にも持ってないようにみえるが?」
「その鎧……全部で何キロあるんだ?
見たことない金属だ……黒鋼って感じでもないし、緑に光ってるのは魔術かなにかか?」
半分冷やかしで声をかける兵まで出てくる。
アリスは淡々と答えた。
「戦闘時には、袖とスカートをパージ。主兵装は体の各部計6箇所から射出するワイヤーです」
「あ! あたしは鎧の方が本体なんです!
なんの素材でできてるかは……あたしにもわかりません!!」
……とエナ。
……余計ざわついた。
どこかで誰かが小声で「まるでサーカスの見世物だ」と呟いたのが耳に入る。
俺は苦笑しながら、内心「まあ、俺も初見ならそう思う」と同意した。
そんな中、俺の装いもついでに観察されていたらしい。
「鎖帷子も無しかよ……」
「あの服……異世界の軍服か?」
「せめて、胸当てくらいはしとけよな……」
やっぱり。こっちじゃ鎧着てないだけで舐められるんだよな。
とはいえ、俺の武器はパルクール仕込みの"機動力"。重い鎧で動きにくくなったら本末転倒だ。
やがて、角笛が鳴った。
軍楽隊らしき数人が太鼓を打ち鳴らし、旗手が合図を掲げる。
本当に舞台演出かよ、とツッコミたくなる派手さだ。
正面には精鋭部隊の十数名が整列していた。
その前に一歩進み出た小隊長が声を張る。
「我々は、王国軍・第三師団第一遊撃小隊。
魔王領最前線にて、先月まで実戦任務にあたっていた者たちだ」
最重要任務の最前線……。
間違いなくエース級のエリート部隊。
長身で、頬に古傷。
肩から下げた狼の毛皮がやけに目を引く。
こんなに目線が集まる中、堂々と自信を持って立てているのは、確かな経験と実力がある証拠だ。
「……あんな若いのか? しかも、うち二人は女の子……」
小隊の若い兵が小声で漏らした。すぐさま上官に睨まれ、口をつぐむ。
しかし、若い兵の反応の方が、むしろ自然だろう。
"少年冒険者が正規兵を押しのけてメキメキ活躍!!"なんて、フィクションの中だけの話だ。
しかし、背筋を伸ばして堂々としている小隊長からは、侮りなんて一切ない。
むしろ、正面から「評価してやる」って意思を感じた。
「今日は演習とはいえ、全力で挑ませてもらう。
お互い、手加減なしでいこう」
——なら、こっちも応えるしかない。
「よし、相棒! 今回のグラビティヒーローは、正々堂々の真っ向勝負だ!」
《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.
Reboot complete──出力調整フェーズ》
俺の周りをフワリと数瞬の無重力が囲む。
野次馬や部隊兵がざわつくが、小隊長は眉一つ動かさない。
《戦略の提案を求む。相棒》
「おう! 今回は珍しく、しっかり考えてきたぜ」
俺はセブンを握り直す。
横でアリスが静かに袖とスカートを外して、戦闘用の装いに変わり、手の甲からワイヤーを一発試射。
エナが鎧をパージして宙に浮かべながら、準備運動みたいにグルグルと肩を回している。
戦闘体勢の二人の姿を見て、野次馬たちに更に動揺が広がる。
この世界。"魔法"って奴がどの程度の扱いなのかは、まだ良くわかんねーが、
少なくとも二人の姿や能力は、かなり異質の部類だってことだ。
こういうのも、貴重な情報だ。
「兵士たちの視線、統計的に12.7%がわたしの脚部に集中。8.2%がわたしの胸部。23.2%がエナの胸部、9.2%が臀部です」
アリスが平然と言う。
「えへへ、注目されてるのって、なんかワクワクしますね!」
「……いや、それ違う意味の注目だからな?
てか、半分以上真面目に見てねーのかよ!!」
「……わたしへ向けられた観察挙動の合計値が、エナの胸部にすら届かないのは不本意です」
「変なところ張り合うんじゃねぇ!!戦いで魅せろ!!」
二人は相変わらずマイペース。でも変に緊張するより、それでいい。
今回は、俺が二人とセブンを十全に活かせるか。それにかかってる。
自然と、セブンを握る手に力が入る。
そのとき、場を和らげるように響いた声。
「ははっ! 凄いのが出てきたな。向こうもこりゃ本気だ」
——エルド将軍だった。
「まあ、死なせない程度に相手してやってくれ、リクくん。ね?」
俺は軽くうなずいて返した。
肩と拳に掛かっていた力が、少し抜けて楽になる。
「では諸君!!」
エルド将軍が場を仕切るように声を張った。
冷やかし半分で集まった兵士たちも、いざ本番が近づくと息を殺して見守っている。
「これより、勇者と王国精鋭との試合を始める!」
「おおー!」と歓声が沸き、兵士たちの胸甲が一斉に鳴った。
その音に、俺も少し背中を押される。
——でも、ここで勝つだけじゃ終わりじゃない。
“俺たちと組んで戦ってみたい”って、あっちに思わせなきゃ意味がない。
「行くぞ、セブン!」
《了解:質量・軽減モード。対象との距離調整に最適化》




