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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部1話『王国編開始!ー俺たちの存在証明ー』
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第1幕『新たな"戦い"の始まり』


 王都軍本部は、石造りの高い壁と分厚い扉に囲まれていた。

 要塞さながらのその中には、執務室と兵舎、兵器庫が整然と配置され、

 中央には、各地から集められた将軍や司令官たちが議論を交わす作戦室がある。


 


 通されたのは、半円形の巨大な円卓。

 中央には、王国全土の地形と部隊配置が魔力投影されていた。


 

 「……そちらが、例の“召喚者”か」


 

 誰とも知れぬ声がそう言い、数人の将官が俺たちを順に見てくる。

 その視線は——総じて、重い。



 「入れ。案内はここまででいい」



 ルルに付き添ってきた神殿職員が退室し、扉が閉まる。

 その瞬間、空気の密度が一段階変わった気がした。


 

 「……キミたち、だな」


 中央の一席からかけられたその声に、見覚えがあった。

 魔王軍と王国軍の前線で俺たちと接触した——あの指揮官。



 「久しいな。……あの後、勝手に転移で姿を消されて、報告書を書くのに苦労したぞ」


 「そ、それは……あの……すみません」


 苦笑いしながら頭を下げると、彼——その指揮官はわずかに口元を緩めた。



 「……だが、あの場を救ったのは間違いなくキミたちだ」


 「あ、えっと……」


 思わず、俺が口を開くと、



 「エルドだ。一応“将軍”という肩書きだが、ここでは数いる将軍のひとりにすぎんよ」


 そう言って、彼は肩をすくめた。


 「……あ、オレは——」


 「知ってるよ。“グラビティヒーロー・リク”だろ?」


 「ち、ちがっ……! あれは、その……ノリっていうか!」


 「冗談だよ」


 ふっと笑って、エルド将軍は俺の肩を軽く叩いた。


 「今日は頼むぞ、ミナセ・リク君」


 ……その一言だけで、少しだけ、肩の力が抜けた気がした。



 エルド将軍は再び正面を向き、後方に並ぶ上官たちへと視線を向けた。


 

 「本日ここに集まった目的は、ルーンヴァイス家より提出された報告書の確認にある。

 “魔王の姿”および、“召喚者一行の戦力”——その実態を、ここで精査する」


 

 ざわ……と、会議室に小さく波紋が広がる。



 「……では、直接尋ねよう。

 君が対峙した“魔王”とは、いかなる存在だったのか」


 「……わかりました」



 一歩前に出て、俺は一息ついた。

 ……ここからが、勝負だ。



 「まず……最初に断っておきます。

 俺が見た姿が“本当の姿”かどうか、確信はありません」



 会議室の空気が静まる。


 

 「見た目は、俺たちとそう変わらない少年でした。

 でも……自分を“魔王”だと名乗った。そして……」



 言い淀む。けれど、俺は続けた。



 「俺たちは正面から挑みました。……でも、まるで相手にならなかった。

 こっちの攻撃は全部見透かされてたようで……逆に、向こうから訊かれました」



 あのときの、あの“声”が脳裏に蘇る。


 ——もし仮に、自分が“間違った側”だったとしても、それに気づけると思う?



 「……彼……魔王は、敵としてじゃなく、“どこに転ぶか見定めようとしている”という言い方をしていました。そんなふうに俺たちを見ていた……」


 

 リクの言葉に、作戦室の空気が一段と重くなる。


 

 「つまり、“君たちが敵か味方か”すら、決めていなかった……と?」


 「……たぶん、そうだと思います。

 でも、“あいつの基準”が何かは、今もわかりません」


 重い沈黙。

 誰かが椅子をきしませ、誰かが息を呑んだ。


 

 《補足:当該個体は、最初から敵対行動を取らず、こちらの出方を観察するような態度だった。

 力を隠していた可能性が高く、真意の大半は不明》


 

 セブンの補足に、何人かの将官が顔をしかめた。


 

 「君たちの情報は、どこから魔王側に漏れた?」


 

 鋭く問いかけられる。

 だが、俺はその目を正面から受け止めた。


 

 「……正確には、俺たちの素性を初めから把握していたわけではないと思います。

 単独で行動していた俺たちが“何者なのか”までは知らなかった。

 ただ、どこかの時点で、それを察知していた可能性は高いです」


 

 あえて、曖昧に答えた。


 あの後、セブンがハッキングされたのは俺のミスだった……。

 正直、迂闊だったと思ってる。


 でも、この場で言うことじゃない。余計な不信感を招くだけだ。


 それに、あの時点で俺もセブンも、そこまで大した情報を持ってたわけじゃない。

 たぶん盗まれたのは、俺が“異世界から来た”ってこと。わけもわからず、気づいたらこの世界にいたってこと。

 ……あとは、セブンのスペック。


 

 あと——魔王と仲良く朝メシ食った、なんて話も……当然、言えるわけがない。

 ルルもその辺は、軍部には“濁して伝えておく”って言ってくれたしな。



 ——だから、今は黙っておく。

 必要なことだけを、必要な形で伝える。


 

 「なるほど……」


 

 誰かが小さく唸ったあと、別の声が上がった。


 

 「では次に、君たちの“戦力”について確認したい。

 報告によれば、君たちは“魔王軍の幹部級個体”を撃破した。

 ……以前、王都で撃破された個体と合わせれば、これで二体目になるな」


 

 一体目……旅立った日に、ルルから聞いた話だ。

 “魔王軍の幹部”が、王都で撃破された。

 しかもそれを倒したのが——

 

 『……ただの、子煩悩なパパだったらしいのよ』


 ——訳がわからなかった。


 魔王の幹部を、“パパ”が討伐。

 その組み合わせの破壊力はすさまじかった。


 

 何だそれ。カイドウか? ラディッツ編以降の悟空か?

 それとも、突然蒸発して10年後に戻ってきて全部丸投げする錬金術師(※ホーエンハイム)か?

 

 どっちにしろ、まともじゃない。


 けど、「パパ」って言葉に、妙に引っかかるものがあった。

 何か……思い当たるような。

 でも、それを深く考えるのは、やめた方がいい。


 そんな気がした。



 「そういえば——その一体目を撃破したという白衣の男、あれは取り込めないのか?

 冒険者ギルド経由の話じゃ、各国で規格外の成果を出しているそうじゃないか」


 唐突に、将官のひとりが言い出した。


 「……でも、あれって正式な身分すら不明だよな?」


 「冒険者登録はしてるらしいが、出してくる資料の署名が全部"パパより♡”」


 ——いや、それ書類の署名じゃなくて、冷蔵庫に貼ってある家族メモだろ。

 知りたいのは、オマエの家族構成じゃない。誰が責任を取るか、だ。


 「そもそも、公的書類に"パパ"で受理されるわけねぇだろ!!」



 誰かが叫んだ。


 ——ド正論だ。

 

 「ギルド職員の間では“報・連・相ができない男”として恐れられてるらしい」


 「ていうか、“娘”って誰だよ。見た奴いないだろ。本当にいるのか? もしかして……“娘”って……概念?」


 「適当な爵位を与えて取り込もうとしたが、『パパ以外の肩書はいらない』と断ったらしい」


 「いや、あれは普通に胡散臭い」「むしろ変態の類じゃないか?」「いっそ敵では?」



 将官たちが、ガヤガヤと勝手に盛り上がる。


 白衣、胡散臭い、変態。

 ——数々のキーワードが、俺の“開けてはいけない記憶の扉”をノックする。


 だが、無視だ。

 ムシ、ムシ、ムシ。



 「話を戻そう」


 ひとりの将官が咳払いして声を上げた。


 「改めて、幹部を撃破したのは事実か?」


 

 「はい。それは事実です。

 俺たちが撃破したのは、空を飛ぶ指揮官クラスの個体で……セブン、補足してくれるか?」


 《ユーザー・リク及び当ユニットは、ユニット・エナとの連携による空中接近戦を実行。

 目標が大型地上態に変異したのを確認後、

 高所からの直接落下にて“質量爆撃”を行い、対象を撃破》



 数人の将官が息を呑む。



  《補足:インパクト時の質量は約8.6ギガトン。

 地表破壊半径、約60メートル》



 ——熱も爆風も出ない、純粋な超質量攻撃……。

 オレたちの切り札だ。


 会議室がざわめき、複数の椅子が音を立てる。



  「えへへ……決まりましたよね? あれ」


 エナが小声で、俺の袖を引っ張ってきた。




 「ば、馬鹿な……少年が、それほどの兵器を——?」


 「いや、それ以前に、その質量……常識外れだ……!」



 動揺の渦の中で、エルド将軍が静かに手を上げる。



 「私が見た。

 確かに、ミナセ・リク一行は、あの戦場を救った。間違いない」



 その一言で、場の空気が変わった。


 数名が深く頷き、他は警戒を滲ませたまま沈黙する。

 だが、ひとつだけ共通していたのは——彼ら全員が、俺たちを“戦力”として認識し始めたことだった。



 「他には?」



 誰かが問うと、セブンの声が静かに響いた。


 《当ユニットより、戦闘構成の概要を提示》



 その声に、会議室が再び静まる。



 《基本構成:ユーザーによる地上機動戦闘。

軽装・高機動を活かした跳躍行動により、障害物や敵群を突破。

斬撃時は当ユニットを携行し、刃の調整により対応力を維持》


 《対大型個体、および装甲貫通不能目標に対しては、

意図的に“切れ味”を下げた鈍刃モードに切替。

質量衝撃により骨格・関節構造を破壊する》


 

 ——ガンッ



 セブンの刀身に、一瞬だけ黒く重い輝きが走る。

 机上に置かれた、その柄が鈍く鳴った。


 その音だけで、破壊力が伝わる。


 

 《対高速・高機動目標には、アリスと連携。

アリスのワイヤーによる空間展開を“足場”として使用。

通常の地上戦では困難な軌道操作を実現する》


 

 「じゃあ……アリス。頼む」


 俺が名を呼ぶと、隣のアリスが静かに立ち上がる。


 

 ——カチン。



 小さな音とともに、彼女の太腿部から一本のワイヤーが射出され、

会議室の梁に、ほとんど音もなく張りついた。


 

 次の瞬間、アリスの体が、音もなく宙を跳ねる。


 その跳躍はまるで——影。


 正面にいた将官が、危うく抜刀しかけたが、

 俺がすっと手を上げると、アリスは空中で静かに着地し、礼をして座に戻った。


 

 《アリス単独時は、対象への無音跳躍と即時攻撃を得意とする。

主に対人、対指揮官暗殺任務に適応》


 《次、上空対応》


 

 セブンの発言に応じるように、今度はエナが「はいっ」と元気よく手を上げた。

 そのまま、鎧がパージするように展開し、背後で収束する。黒い刀身に、ライムグリーンの光。

 宙に浮く、巨大なブロードソード。


 

 「この背中に、リクさんが乗ってたんですよ〜」


 

 その言葉と共に、会議室の天井すれすれまで舞い上がる。

 空中でゆるりと旋回したあと、ふわりと着地。


 

 《ユニット・エナとの連携により、上空戦闘が可能。

飛行個体との交戦において、空中突撃と振り下ろし型の斬撃を実行》


 《また、エナ単独時は、鎧を変形・分離し、

小型投擲武装を多数展開。中〜広域への同時制圧攻撃を実行可能》


 

 エナが笑顔のまま、空中にクナイ状の光刃を数枚展開してみせる。

 それは一瞬だけ、会議室の天井近くをふわりと舞い、静かにエナの籠手となって体に戻った。


 

 ざわ……と、今度は“戦慄”の混じったざわめきが走る。


 

 《なお、奥の手は——》



 セブンの声が一段階、低く落ちた。


 《当ユニットの質量チャンネルを解放し、上空より落下。

目標に対して、質量そのものによる打撃を加える戦術:通称“質量爆撃”》



 ——“爆発しない”のに、都市の一角が消える。



 将官たちの何人かが、言葉を失ったように沈黙した。


 「ならば——」



 誰かが声を上げた。


 

 「実地で試させてもらおう。演習だ。

 本当に戦場で通用するか、我々の目で確かめたい」


 「異論なし」「妥当な判断だな」「安全は軍で保証しよう」



 ——やっぱり、そうなったか。



 俺は、息をひとつ吐いて答えた。



 「……わかりました。

 これが俺たちの戦い方だってことを、ちゃんと見せます」


 

 エルド将軍が、にやりと笑った。



 「いい返事だ、リクくん」




 ——こうして、“演習”という名の試練が始まる。

 今度は、俺たちがこの世界に問う番だ。


 俺たちの力は、この世界でどこまで通用するのか。

 そして——

 俺たちは、どう進むべきか。


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