表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部12話『ぬるま湯でラブコメする者たちよ。見よ、これが"戦略的ラブコメ"だ』
67/80

第8幕『キミがくれた水で、まだ歩ける』


 朝の空気は、妙に澄んでいた。


 迎賓館の中庭に面した石畳を踏みしめながら、俺たちは王都軍の詰め所へ向かった。




 前夜の出来事は……まあ、忘れられるわけがない。

 けど、誰も触れようとはしなかった。


 というか、俺としてはありがたい。

 なにせ、あれは本当に――怖かった。



 ルルの、あの目。

 あの服。

 あのセリフ。

 そしてあの“沈黙”のあと、気まずさMAXの空気。



 あのままだったら、俺の理性の方が死んでたかもしれない。


 ……まあ、ギリギリ生きてるからヨシとする。





 そして今。


 軍本部の正門前で、なぜかアリスとエナが敬礼している。



 「……おい、なんの儀式だよこれ」



 俺の声に反応したのか、そうじゃないのか。

 アリスが口を開いた。



 「戦果は出せずとも、あなたは優秀な指揮官でした。

 わたしのメモリには、“最も勇敢な戦士”として永遠に記録します」


 「やめろや!!なにその死別感ある別れ!!生きてんだよルルは!!」



 そう言った俺の背後で、エナも小さく一礼する。



 「……後は任せてください。わたしとおねーちゃんで、リクさんを……必ず倒します!」


 俺は声を張った。


 「聞こえてるからな!?そういう話は俺のいないところで話せ!

 ていうか、そもそも変な策略立てんな!!」



 しかしルルは涼しい顔で、ひらひらと手を振った。


 「アンタたち。リクのこと、任せたわよ」


 「いや、そこで引き渡すようなノリやめて!?オレはまだ“誰のもの”でもないからな!?」




 アリスとエナは、それぞれ「了解」「はいっ」とだけ返事をして、俺の両隣に立つ。


 自然な動き。慣れた連携。



 ——なんか……負けた気がするのは気のせいだろうか。



 そんな俺の様子を見て、ルルは少しだけ微笑んで、ふっと目を細めた。



 「アンタ、その2人のこと……もっと大切にしてあげなさいよ」


 「……え?」


 唐突に言われて、俺は思わず聞き返す。


 「よく言うじゃない。愛情ってね。まあ、それが親子愛であれ、なんであれ……。

 水みたいなもんって」


 「水?」



 思わず口にした俺に、ルルは少しだけ目線を逸らして、静かに言葉を継いだ。



 「満たされてる時は、当たり前と思ってても……

 それがないと、人は生きていけないのよ」



 ……わかる気がする。


 この世界に来て、セブンがずっと一瞬にいて。

 アリスに出会って。

 エナがいて。


 ……もし誰もいなかったら。

 一人きりだったら。

 きっと俺は、前に進めなかった。



 「……まあ、たまに多すぎて、溺れちゃうこともあるけどね?」


 「……それも、わかる」



 小さく、こぼれるように呟いた。



 「それにね。囲まれてたら気づきにくいけど——

 澄んだ水で満たされた場所ってね、離れて見るとキラキラ光ってて……とってもキレイなのよ」


 そう言って、ルルはどこか誇らしげに、俺たちを見つめていた。


 「……ふふ。

 じゃ、そろそろ行きなさい。軍の会議、遅刻したら印象悪いわよ」


 「わかってる。ありがとな、ルル。……色々」



 俺がそう言うと、ルルは少しだけ目を伏せてから、いつもの声に戻った。



 「当然でしょ?王国の巫女として、あなたの支援も私の仕事のうち。

 ……ま、もうちょっと"個人的な支援"もしたかったけどね」


 その“支援”の意味を考えて顔を赤くした俺を見て、ルルはにやりと笑う。


 「……じゃ、健闘を祈ってるわ、勇者様?」





 そうして俺たちは、王都軍本部の扉をくぐる。

 これから始まるのは、戦争のための作戦会議。



 でも——なぜか心は少しだけ、軽かった。



 いや、気のせいかもしれないけど。


 ……この“突撃三人娘”に付き合わされることと比べると。

 この先に待ってるであろう苦難が、少し和らぐように思えてくる……。




——第1部—完ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ