第6幕『誘惑作戦・第参波《ルルの静謐なる奇襲作戦》』
本日の戦果は、芳しくはなかったわ……。
——アリス、惜敗。理詰めで攻めすぎたわね。
本来は“隙”を突く戦法だったのに、気づけば空気の支配を取り返されていた。
——エナ、敗退。ガード突破のセンスはある。だけど……セブンの壁が想像以上に分厚かったわね。
あれはもはや、“過保護なおかん型セキュリティ”!
……ふたりの努力に敬意を表しつつ、私のターン。
だが……!
「……もはや、手段を選ぶ余裕は無いわね」
私はため息まじりにそうつぶやいた。
部屋のソファに座るアリスとエナが、ぴくりと肩を動かす。
「え? なにそれ、どういう意味?」
エナが、湯上がりの髪をタオルで拭きながら聞いてくる。
私は静かに立ち上がると、夜会服の裾をふわりと払って、
——決意を込めて言った。
「……夜這いするわ」
「「ええぇぇぇぇ!?」」
アリスとエナが、ほぼ同時に叫んだ。
「ルルさん!それはもう女の子として……いや、人としてアウトなのでは!?」
「規範倫理および未来志向的恋愛戦略としては極めて非推奨です!」
「……わたしには今夜しかないのよ!」
私はテーブルに両手を突いて、語気を強めた。
「明日は王国軍の会議。
そのあとは——たぶん戦場よ? 次にリクと会える日が、いつになるかなんて分からない!」
ふたりが言葉を失う。
私はさらに一歩、前に出た。
「……これは“玉砕覚悟の特攻”。でも、無意味な戦いじゃない。敵の最奥に潜入し、“リクの理性”を一度完全に破壊する……!」
「ちょっと待って、それ大丈夫じゃないですよね!?」
「精神崩壊の危険すら孕んでいます!両者にとって!」
「安心して、まだ同盟は継続よ。攻め切ったらすぐに引くわ。その後……3人で再突入よ!!」
「それ!!もはや戦術として破綻してますよ!?」
「ルル!!精神錯乱の兆候が現れています!!」
アリスが、冷静に口を開いた。
「加えて、それが失敗した場合……
ルルの精神に、不可逆的な自尊心の損傷および消去不能な情緒的挫折が残るのは必至です」
「っ……!」
図星すぎて、思わずぐらついた。
「この先、リクにまともな顔が向けられなくなり、結果的に距離が開きます。
最悪の場合、今後の連携にも支障が出るでしょう」
「たしかにダメージでかいです……」
エナも顔をしかめる。
それでも——
「……それでも、私は行く!!」
私は振り返らない。
胸の前で、静かに手を握りしめる。
しばしの沈黙ののち。
「……わかりました」
アリスが、静かに立ち上がった。
「セブンは、わたしが"戦闘連携のブリーフィング"の名目で排除します」
「わたしも協力します!心の援護射撃的に!」
ふたりは、敬礼した。
「「ご武運を——ルセリア・ルーンヴァイス」」
部屋を出る瞬間、私は振り向いて言った。
「戻ってきたら、作戦名を変更するわ。“R作戦”じゃなくて、“Z作戦”。
Zero距離から、Zettaiに落とす……!」
「それ、ゼロ距離から爆死するやつでは……?」
「いいのよ。例えこの身が砕けようとも!行ってきますッ!!」
この迎賓館は、構造上すべての部屋が中庭に面している。
視線も音も遮断された、完璧なプライベート空間。
……つまるところ、多少の奇襲行動にもまったく支障がない。
——ルセリア・ルーンヴァイス、実戦、行きます!




