第5幕『誘惑作戦・第弐波《エナの無邪気(?)な突撃型》』
今日は、アイツら……おかしかった。
いや、おかしいのはいつものことだ。
だが今日は、輪をかけておかしかった。
昼、アリスがいきなり「日光浴のデータ収集です」とか言いながら、
長い髪の毛をあざといツインテールにまとめ、背中の大部分が開いた服で俺の前をうろつき始めた。
その後、エナが「この荷物、重たーい……」と木箱を腹に抱え、その上にガッツリおっぱいを乗っけて持ち上げながら、俺の前を行ったり来たりしていた。
何の意味があったかは不明だ。
極めつけはルル。
「巫女の服なんて目立つでしょ」とか言って、なぜか露出多めの普段着で来た。
季節はもう秋も半ばだ。風が吹くたび、露出した脚にぴくって力入ってたし、肌には細かく鳥肌が浮いて寒そうだった。
「迷子になると困るから」なんて言って、
街を歩いてるあいだ、ずっと俺の手を握って離さなかった。しかも手汗がすごい。
さらに、「今日は暑いわね〜」とか言いながら、
襟元を広げながら、こっちをチラチラ見てた。
そしてやっぱり、寒そうだった。
おかげで……
せっかくの丸一日休暇だってのに、全然休まらなかった。
俺はベッドに仰向けになりながら、天井を睨む。
「セブン……どう思う?」
《分析:本日の三名の行動パターンは、明確な目的意識を伴うものと推察。
動機の一致とタイミングの共通性から、事前に作戦的な合意があった可能性が高い》
「やっぱそうだよな……。完全に狙ってたよな、アレ……」
《加えて、対象リク・ミナトに対して心理的揺さぶりを与える意図も見受けられる。警戒を推奨》
「くっそ……油断も隙もねぇ」
——そして夜。
迎賓館の廊下は、シンと静まり返っていた。
俺の部屋のドアを、こんこん、と控えめに叩く音がする。
「リクさーん、入っていいですかー?」
……来やがったな。
この声とタイミングは、完全に”作戦行動”だ。
「……用があるなら、そこで言ってくれ。勝手に入ってくるなよ」
「じゃあ、入りますねー♪」
開いた。
「おい、話聞いてたか!?」
そして、エナがバスタオル一枚で入ってきた。
「またそれかよ!! なんでその格好で来る!?」
「だって〜、本には“奥さんならこのくらい当然”って言ってましたし♪」
「お前、あの本の内容、真に受けるなって前にも言ったよな!?」
「でもほら」
エナはつかつかと歩み寄り、
俺の隣のベッドにぽすんと腰を下ろす。
「今夜は、夫婦で語らう夜にしましょ?」
——近い。
——タオル、短い。
——なんかいい匂いする。
「てか、おまえ、ほんとに奥さんって設定をどこまで押し通す気なんだよ……」
「設定じゃなくて、事実です!」
「事実じゃねえから。勝手に押し付けてきただけだろ」
「えー、じゃあ聞きますけど、リクさん、
わたしと一緒に過ごして、なんかイヤなことありました?」
「……それは、まぁ……ないけど」
「じゃあ、いいじゃないですか」
エナはそう言って、俺の肩にもたれかかってくる。
タオルが、わずかにずれ——脇から続く胸のラインがあらわになる。
「やめろバカ!落ちる落ちる!!タオル落ちる!!」
「え?落ちたらどうなるんですか?見ます?見ちゃいます?いいんですよ?奥さんだし」
「いや見ねえよ!?というか見せるなよ!?あぶねえってば!」
「ふふ、照れてますね?」
「誰が照れてんだ!?」
「じゃあ、赤くなってる顔はどう説明しますか?」
「……それは……暑いからだ……」
「むー」
エナは拗ねたように口をとがらせたあと、
すっと、俺の目を見た。
「ねえ、リクさん」
「……なんだよ」
「わたし、“ホントの夫婦”になれたらいいなって、思ってますから」
「……」
一瞬、言葉に詰まった。
そのタイミングで——
《警告:当ユニットが定めた心理安全距離を逸脱》
「ぅわっ」
セブンが、ベッド横で警告音を鳴らした。
まるで“嫁にバレた浮気現場”のようなタイミングで。
「うわー、邪魔入ったー!」
「ナイスセブン……!」
「むー!セブンさん、空気読めない!」
《申告:適切に読んだ上での割り込み行動》
「うるさいっ!」
俺は、顔を真っ赤にしながらエナを押し戻し、
バスタオルを正して廊下へ追い出した。
「リクさんのドけちー!」ドアの向こうからそう叫ぶ声が聞こえた。
——ああ、もう……
このままじゃ、精神力がいくらあっても足りねぇ……!




