第5幕『星を穿つ剣』
この剣——マジで使いにくい。
まず、軽すぎてスカスカ。振り回しやすいのは良いが、当てても全然ダメージ無い。
「質量調整できます」って言われたから、重くしろって言ったら、持ち上げた瞬間、手首がバキバキいった。
ふつう、剣って重心が中心か先にあるはずなのに、
こいつは“全部”が重いか、軽いかの二択。
バランスもクソもない。慣性がバグってる。
「セブン、マジでこれ戦う用の設計してんのか……?」
《仕様に対する抗議を記録》
「じゃあせめて、手に馴染む形状にしてくれよ。細長くて平べったい石片じゃねえかこれ」
《外装の変形は不可能》
「おい」
構えようとしたら、手首がギリギリ言った。
おまけにバランスが悪い。剣ってより、細長い岩って感じだ。
「重すぎて無理だって……っ!」
振り上げようとした瞬間、空振りして後ろにひっくり返った。
敵はすぐそこ。
斧を振りかぶった下級兵が、こっちに迫ってくる。
「——軽く!」
《質量減衰フェーズ、実行》
手元が急に軽くなった。
その反動で、剣が勢いよく上に跳ねる。
「うおっ……!」
軽すぎる。逆にコントロールが効かない。
斧が振り下ろされる直前、しゃがんで回避。
足払いでなんとか転ばせる。
やばい。これ、使えねえ。
剣としての重さが、状況ごとに極端すぎる。
「……どうすんだよこれ。チートどころか、呪いの装備じゃねぇか……」
でも——
「……振り終わりで、一瞬だけ重くできるか?」
《可能。ただし動作タイミング誤差±300ミリ秒以内を推奨》
「十分だ……。よし!やるぞ!」
目の前に、さっきの兵士が再び立ち上がってくる。
今度は、タイミングを合わせる。
軽く振って、敵の胸に——当たる瞬間に
「重く!!」
《質量収束…》
ゴギャッ!!
乾いた破裂音とともに、敵の鎧が砕けて吹き飛んだ。
地面に叩きつけられて、動かない。
「……よし!」
周囲の敵が、ざわついた。
剣を構え直す。あとは、慣れだ。
動き回る。
パルクールで跳ねて、足場を選びながら間合いを詰める。
軽く振る → 当てる瞬間だけ超重量。
動きの中に、タイミングのパズルがある。
とはいえ、敵は待ってくれない。
あちこちの民家から、まだ避難できてない人たちの声が聞こえる。
……まずは住民の避難を優先させないと。
オレが敵を引きつけてる間に、誘導できれば——
そのとき、視界の奥に、でかい影が見えた。
兵士の列の奥、門の外。
ずらりと並んだ部下に囲まれて、明らかに別格のやつが立っている。
「……あれ、指揮官か?」
——でかい……。でかすぎる。
あれを倒せば——たぶん、兵士たちの動きも乱れる。
統率が崩れて、避難の時間が稼げる。
でも、あそこまで行くには、前線を突破しなきゃならない。
魔王軍の兵士たちは、すでに目一杯。
こっちの兵士は、剣を振るいながら、住人を守ることで精一杯だった。
あの巨躯に向かって行ける奴なんて居ない。
いや、そもそも、重い鎧に、重い剣の兵士たちじゃ、辿り着けるわけがない。
でも、オレは——
学生服のまま。
装備なんて何もない。あるのは、重さを変えられる“棒切れ”と、自分の体だけ。
だけど、その分——軽い。
羽根みたいに、風のように。
「オレなら、行ける…」
パルクールは道を作る技術だ。
壁でも屋根でも、足場にできる。
あの位置、屋根を伝って、
上から回り込めば——距離とスピードで突っ込める!
剣を軽量化して、
跳ねるように駆け出した。
途中、屋根の上から何体かの敵を見下ろす。
「行ける。重さを切り替えながら動けば、こっちのルートは使える」
飛び降りて蹴り、
手すりをつかんで振り返りざまに打つ。
軽いままだと威力は出ないが、動きは取りやすい。
一瞬の隙に、跳躍。
空中で敵の槍が横から迫る。
「ちょっと重く!」
《質量収束》
手の中でズシリと重くなる。
その反動で体がくるりと回り、槍をギリギリで回避。
地面に着地しながら、思わず口元を歪める。
「……剣ってより、“パッと手の中にカウンターウェイト”って感じか。
飛び跳ねるのにも、結構便利だな」
そして、見えた。
奴が——こっちに気づいた。
ドオォン!!!!
地面が陥没した。
あの巨体が、突進してきた。
「うおっ……ッッ!」
ギリギリでかわす。
巻き上がった風圧で、後ろの家屋の壁が吹っ飛んだ。
民家の柱が、無残に崩れ落ちていく。
「やっば……!! あれ、もう一発来たら……!」
奴が振り返る。
もう一度、地を蹴る構えだ。
「おい、聞こえてるか」
《応答可能。》
「今から、ちょっとした無茶をやる。
あいつの突進速度と質量……計算できるか?」
《推定質量:4.2トン
加速度:初動680ミリ秒後に最大値到達
回避不能条件:対象距離30m以内の直線突進》
「いけるか?」
《戦術提案:可》
「よし」
剣をそのまま、真下の地面に突き立てる。
剣先が、ぎゅっ、と地面を抉るように刺さる。
アイツが、こちらに向き直る。
再び突進——でも今度は避けない!
「今だ!!——杭になれ。最大重量で固定!」
《了解。最大質量モード、実行準備》
《出力確定。質量フィラメント、制限解除中。
動作位置、地面拘束。質量制御シークエンス……》
………あれ? そういやさっき、最大質量"エクサグラム"がどうとか言ってたよな。
それって、どんくらいの重さなんだ?
「ちょ、待った。“最大”って、どんくらい?」
《現在設定されている最大質量:1958.8エクサグラム。
地球型惑星の地殻を貫通し、構造崩壊を引き起こすと予想される》
「バカか!? 何その終末兵器みたいな杭!!
ちょうど良い重さで頼むっ!!」
《了解。突進体の速度・角度・推定重量より算出——
適正質量:26.4トン。地面への固定保持制限より、インパクトの瞬間200ミリ秒の適正化を推奨》
「それでいい、それでいい!!」
石畳がメリメリと音を立て、刀身が地面に深く沈む。
敵が突っ込んでくる。
剣が、動かない杭になった。
そして——
ドガアァァァン!!!!
凄まじい衝突音。
衝撃波で、あたりの空気が押し飛ばされる。
砂煙が舞い上がり、地面に亀裂が走った。
——でっかい敵は、剣に自分から突っ込んで、自滅した。
胸部の鎧がめり込み、頭からひっくり返って転がる。
地面ごと抉れて、奴はピクリとも動かなくなった。
しばらくして、あたりの魔王軍たちが、ざわざわと後退を始める。
指揮を失ったら、烏合の衆。
「ふう……決まった」
セブンの声が、冷静に響く。
《敵部隊、戦闘行動停止。戦闘行動パターン、評価A-》
オレは柄を掴んだまま、息を吐いた。
「よし。じゃあ、次からS取れるように一緒に頑張ろうぜ、相棒」
セブンが、静かに応じた。
《ユーザーからの当ユニット呼称:“相棒” を登録》
「……おう」
口元だけ、にやっと笑った。
「重いってのは、使い方しだいだな。……なかなか使えるぜ、オマエ……じゃなくて、セブン」
——to be the next act.