第5幕『女湯戦線異常なし』
「さて……」
応接室で一息ついて、一通りお茶を済ませたあと、
私は部屋の扉を開け、ふたりを振り返った。
「アリスにエナ、夕食の前にまずは入浴よ。ついてきなさい。
ほら!リクも一緒に!」
「はぁ!?」
真っ先に声を上げたのはリクだった。
「一緒って、混浴か!? いや、フツーに無理なんだけど……」
「なっ……! 違うわよ! なに変な想像してんのよ! おあいにく様、ちゃんと男女別です!」
「……あ、そっか。だよな。焦った……」
正直チラッと………。
"こっちの世界では、これが普通ですけど何か?"って顔しながら、
なし崩しでシレッと“一緒にお風呂”も作戦の一案として検討したけど……。
さすがにそれはドラゴンに丸腰で挑むようなもの。
まずは、威力偵察。これが基本。
《補足:ユーザーと長時間の物理的距離は、戦略上非推奨。当ユニットの携帯を申請》
セブンが、リクの腰に下がってる鞘から、無機質にそう言った。
——あの子はあの子で、ヒロイン枠に片足突っ込んでる気がするけども……。
「……ルル。私は遠慮します。私の体はゴーレムです。構造上、視覚的に嫌悪感を与える可能性があります」
アリスがそう言って一歩引く。
でも知らないわよ、そんなの!
こっちには、もっと差し迫った事情があんのよ!!
「そんなのは些細な問題よ。もっと重要な課題があるから………つべこべ言わず来なさい」
「……了解、同行します」
こうして、風呂という名の局地戦が始まった。
浴室は白い御影石の湯船が中央にあり、天井は高く、熱がこもらない設計。
それが、逆に空気の張り詰めを際立たせている。
私はさりげなく視線を走らせる。まず、アリス。
ていうか……細っ!
背は低め。体型も小柄で、手足もほっそり。
にもかかわらず、全体に滑らかな流線型。
おまけに顔が……ずるい。でかい目、長いまつげ、陶器みたいな肌。
くっそ、あれは“無感情ロリ美少女”っていうカテゴリで、一定のファン層があるやつだわ……!
つぎにエナ。
……ッ、こいつは……
無邪気な笑顔。ピンと張った透明感のある肌。
それに、あれ何頭身あんのよ!顔ちっちゃ!!
そして、どう考えても未成年枠におさまらない兵器級のバスト。
あれだけの質量が乗ってるのに、まったく崩れない体幹。
まるで「理性への直撃弾」。
くっ……でも、負けるわけにはいかない!
私はそっと、湯船の縁に腰をかけた。
……顔は悪くない……ハズ。自分で言うのもなんだけど、メイクは薄くても映える顔立ちって言われるし、たぶん中の上……。いや、上の下くらいはある!!
胸は……エナと比べちゃダメ。あれは規格外。
でも、同年代ではかなりある方!
足は長いし、けっこう細い。
お上品な巫女でいるために、体幹はかなり鍛えてるから立ち姿には自信ある!
でも……。
——きっと、この子たちには生まれ持った“特別”があるのよ。
あのバカを本気で支えて、守って、好きになる理由が。
でも、私は違う。
私は……普通だから。
だからこそ、ここで負けたら、ずっと“その他大勢”で終わっちゃう。
負けられない。
絶対に——!
ちらっと視線を流すと、エナもこちらを見ていた。
にこにこしながら、でも視線はギラギラだ。
アリスは目を伏せて、しかし、エナとわたしに、交互にバチバチ視線を向けてる気配がある。
よし。探り合いはいい感じに拮抗。
「そういえばリクは、最近よく寝落ちしてます。
やはり、疲労が溜まっているのかと推察します」
アリスが、ぽつりと口を開いた。
「昨日などは、わたしの膝の上で……」
コイツ、可愛い顔していきなり刺してきたわね。
……素早い先制攻撃型……やるじゃない。
「へーえ、アリスおねーちゃんの膝ってそんなに寝心地いいんだぁ?
でもでも、リクさんは、一昨日の朝はわたしの腕のなかで起きたんだよ?」
「……それは、アナタが懲りずにリクの毛布に潜り込んだだけです。
リクの睡眠を妨げる行動は非推奨です」
……なっ!
エナ……コイツはやっぱり、見た目通り重装突撃型。
……防御を無視した特攻だわ
「……ルルさんは?」
「……まあ、私はあんたたちみたく、四六時中一緒にいるわけじゃないしねー」
あえて、すました顔で答える。
でも、これだけは負けられない。
「……でもね。私は、リクの“最初の仲間”よ。
アイツがこの世界で最初に信じてくれたのは、私なの」
「「………………」」
風が止まった。
お湯の音だけが、静かに響く。
——あれは偶然だった。
呼ばれたのも、迎えたのも、準備なんてなかった。
でも、あのとき——誰より先に、アイツと目を合わせたのは、私。
アイツが、まだ何も知らなくて、不安そうにしてて。
それでも一歩、歩き出そうとしたとき——
背中を押したのは、私だった。
……だったら、それって、特別でしょ?
たった一度しかない“始まり”を、私はアイツと分け合ったのよ。
だから、たとえ天才ロリゴーレムだろうと、理不尽爆乳お嫁さんだろうと、負けられない!!
——そのとき。
「情報:リクの、男湯への入室を確認しました」
アリスがスッと立ち上がった。
「……一時休戦で、よろしいですか?」
エナが元気よく手を上げた。
「はーい。おねーちゃん」
私も、頷いた。
そして、しばしの沈黙が流れたあと——
「……では、わたしは隣の男湯に行きます。奥さんなので」
その一言で、空気が凍った。
今しがた休戦条約を結んだはずのエナが、
さも、当たり前のように、キラキラした笑顔で立ち上がったのだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
私は慌てて彼女の腕を掴んだ。
「お風呂は男女別って言ったでしょ!」
「はい? でも、わたし奥さんですし。問題ないかと」
「いや、あるわ!社会的にも道徳的にも山ほどあるわ!」
——けれど……。
今日の……昼間。
リクのネクタイを直してやったとき、うっかりと目に入った——
シャツの隙間から覗いた、引き締まった胸板。
アイツ、服の上から見るとヒョロっちいのに、手足とか、妙に鍛えてあるのよね……。
まあ、あんだけ飛んだり跳ねたり出来るんだから、それはそうか。
いや………べ、別に私はそういう目で見てるわけじゃ……ない……けども。
——でもよ?
そもそもリクが、この世界に来たとき、助けたのは私。
最初に会って、最初に会話して、最初に抱きしめたのも、私。
——いや、抱きしめてはなかったわ……。
でも、リクが突然ひとりで放り込まれて、野垂れ死なずに居られるのは、わたしの手助けが1番大きいんじゃないかしら?
ということは……よ?
アイツの裸くらい……ちょっとぐらい……見ても……バチは当たらないんじゃ……ないの?
そして何より、この迎賓館のセキュリティとプライバシーは完璧。
ここで何をしようが、誰にもバレない……。
………じーちゃんにも絶対伝わらない。
——わたしは星の巫女。この後、次はいつ会えるかわからない……。
もう、威力偵察なんて言ってる時間は無いんじゃないかしら?
そうよ!戦いに勝つには、機先を制するのが基本よ!
「……アリス、エナ」
「はい?」
「連携するわよ」
お互いに目配せして頷く。
——目を見れば、伝わった。
「作戦名、お風呂・ドミナンス。フォーメーションL.E.A!!」




