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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部11話『俺たちの異世界デート』
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第5幕『女湯戦線異常なし』


 「さて……」


 応接室で一息ついて、一通りお茶を済ませたあと、

 私は部屋の扉を開け、ふたりを振り返った。



 「アリスにエナ、夕食の前にまずは入浴よ。ついてきなさい。

 ほら!リクも一緒に!」


 「はぁ!?」


 

 真っ先に声を上げたのはリクだった。



 「一緒って、混浴か!? いや、フツーに無理なんだけど……」


 「なっ……! 違うわよ! なに変な想像してんのよ! おあいにく様、ちゃんと男女別です!」


 「……あ、そっか。だよな。焦った……」



 正直チラッと………。

 "こっちの世界では、これが普通ですけど何か?"って顔しながら、

 なし崩しでシレッと“一緒にお風呂”も作戦の一案として検討したけど……。



 さすがにそれはドラゴンに丸腰で挑むようなもの。


 まずは、威力偵察。これが基本。



 《補足:ユーザーと長時間の物理的距離は、戦略上非推奨。当ユニットの携帯を申請》


 セブンが、リクの腰に下がってる鞘から、無機質にそう言った。


 

 ——あの子はあの子で、ヒロイン枠に片足突っ込んでる気がするけども……。



 「……ルル。私は遠慮します。私の体はゴーレムです。構造上、視覚的に嫌悪感を与える可能性があります」



 アリスがそう言って一歩引く。


 でも知らないわよ、そんなの!

 こっちには、もっと差し迫った事情があんのよ!!



 「そんなのは些細な問題よ。もっと重要な課題があるから………つべこべ言わず来なさい」


 「……了解、同行します」



 こうして、風呂という名の局地戦が始まった。


 

 浴室は白い御影石の湯船が中央にあり、天井は高く、熱がこもらない設計。

 それが、逆に空気の張り詰めを際立たせている。


 

 私はさりげなく視線を走らせる。まず、アリス。



 ていうか……細っ!


 背は低め。体型も小柄で、手足もほっそり。

 にもかかわらず、全体に滑らかな流線型。

 おまけに顔が……ずるい。でかい目、長いまつげ、陶器みたいな肌。



 くっそ、あれは“無感情ロリ美少女”っていうカテゴリで、一定のファン層があるやつだわ……!




 つぎにエナ。


 ……ッ、こいつは……


 無邪気な笑顔。ピンと張った透明感のある肌。

 それに、あれ何頭身あんのよ!顔ちっちゃ!!

 

 そして、どう考えても未成年枠におさまらない兵器級のバスト。


 あれだけの質量が乗ってるのに、まったく崩れない体幹。

 まるで「理性への直撃弾」。


 


 くっ……でも、負けるわけにはいかない!


 

 私はそっと、湯船の縁に腰をかけた。


 ……顔は悪くない……ハズ。自分で言うのもなんだけど、メイクは薄くても映える顔立ちって言われるし、たぶん中の上……。いや、上の下くらいはある!!



 胸は……エナと比べちゃダメ。あれは規格外。

 でも、同年代ではかなりある方!



 足は長いし、けっこう細い。

 お上品な巫女でいるために、体幹はかなり鍛えてるから立ち姿には自信ある!



 でも……。


 ——きっと、この子たちには生まれ持った“特別”があるのよ。

 あのバカを本気で支えて、守って、好きになる理由が。


 

 でも、私は違う。


 私は……普通だから。

 だからこそ、ここで負けたら、ずっと“その他大勢”で終わっちゃう。



 負けられない。

 絶対に——!


 ちらっと視線を流すと、エナもこちらを見ていた。

 にこにこしながら、でも視線はギラギラだ。


 アリスは目を伏せて、しかし、エナとわたしに、交互にバチバチ視線を向けてる気配がある。


 よし。探り合いはいい感じに拮抗。



 「そういえばリクは、最近よく寝落ちしてます。

 やはり、疲労が溜まっているのかと推察します」


 アリスが、ぽつりと口を開いた。


 「昨日などは、わたしの膝の上で……」



 コイツ、可愛い顔していきなり刺してきたわね。

 ……素早い先制攻撃型……やるじゃない。

 


 「へーえ、アリスおねーちゃんの膝ってそんなに寝心地いいんだぁ?

 でもでも、リクさんは、一昨日の朝はわたしの腕のなかで起きたんだよ?」


 「……それは、アナタが懲りずにリクの毛布に潜り込んだだけです。

 リクの睡眠を妨げる行動は非推奨です」



 ……なっ!

 エナ……コイツはやっぱり、見た目通り重装突撃型。

 ……防御を無視した特攻だわ



 「……ルルさんは?」


 「……まあ、私はあんたたちみたく、四六時中一緒にいるわけじゃないしねー」


 あえて、すました顔で答える。



 でも、これだけは負けられない。


 

 「……でもね。私は、リクの“最初の仲間”よ。

 アイツがこの世界で最初に信じてくれたのは、私なの」


 

 「「………………」」

 


 風が止まった。

 お湯の音だけが、静かに響く。



 ——あれは偶然だった。

 呼ばれたのも、迎えたのも、準備なんてなかった。

 でも、あのとき——誰より先に、アイツと目を合わせたのは、私。

 

 アイツが、まだ何も知らなくて、不安そうにしてて。

 それでも一歩、歩き出そうとしたとき——

 背中を押したのは、私だった。



 ……だったら、それって、特別でしょ?


 たった一度しかない“始まり”を、私はアイツと分け合ったのよ。


 だから、たとえ天才ロリゴーレムだろうと、理不尽爆乳お嫁さんだろうと、負けられない!!



 ——そのとき。



 「情報:リクの、男湯への入室を確認しました」


 アリスがスッと立ち上がった。


 「……一時休戦で、よろしいですか?」



 エナが元気よく手を上げた。


 「はーい。おねーちゃん」



 私も、頷いた。


 そして、しばしの沈黙が流れたあと——



 「……では、わたしは隣の男湯に行きます。奥さんなので」



 その一言で、空気が凍った。


 今しがた休戦条約を結んだはずのエナが、

 さも、当たり前のように、キラキラした笑顔で立ち上がったのだ。


 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい!」



 私は慌てて彼女の腕を掴んだ。



 「お風呂は男女別って言ったでしょ!」


 「はい? でも、わたし奥さんですし。問題ないかと」


 「いや、あるわ!社会的にも道徳的にも山ほどあるわ!」


 

 ——けれど……。

 


 今日の……昼間。


 リクのネクタイを直してやったとき、うっかりと目に入った——

 シャツの隙間から覗いた、引き締まった胸板。


 アイツ、服の上から見るとヒョロっちいのに、手足とか、妙に鍛えてあるのよね……。


 まあ、あんだけ飛んだり跳ねたり出来るんだから、それはそうか。



 いや………べ、別に私はそういう目で見てるわけじゃ……ない……けども。


 

 ——でもよ?


 

 そもそもリクが、この世界に来たとき、助けたのは私。

 最初に会って、最初に会話して、最初に抱きしめたのも、私。


 ——いや、抱きしめてはなかったわ……。



 でも、リクが突然ひとりで放り込まれて、野垂れ死なずに居られるのは、わたしの手助けが1番大きいんじゃないかしら?


 ということは……よ?


 アイツの裸くらい……ちょっとぐらい……見ても……バチは当たらないんじゃ……ないの?



 そして何より、この迎賓館のセキュリティとプライバシーは完璧。

 ここで何をしようが、誰にもバレない……。



 ………じーちゃんにも絶対伝わらない。



 ——わたしは星の巫女。この後、次はいつ会えるかわからない……。

 もう、威力偵察なんて言ってる時間は無いんじゃないかしら?


 そうよ!戦いに勝つには、機先を制するのが基本よ!


 

 「……アリス、エナ」


 「はい?」


 「連携するわよ」



 お互いに目配せして頷く。



 ——目を見れば、伝わった。


 「作戦名、お風呂・ドミナンス。フォーメーションL.E.A!!」


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