表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部11話『俺たちの異世界デート』
56/80

第3幕『空を見上げる、その横顔』


 「ねえルルさん、ちょっとだけ別のとこ行ってもいいですか?」



 そう言い出したのは、他でもないエナだった。


 「ランジェリーショップって書いてある看板みつけたの!

 夫を誘惑するには“勝負下着”が必要って、本に書いてあったの!」



 俺が反射的に首を傾げる前に、エナがまっすぐこちらを指さした。



 「だからリクさんは、ついてきちゃダメ!!」


 「いや、誰が行くかバカ!」



 思わず全力で否定したが、もう遅い。

 エナは「じゃあ行ってくる!」と満面の笑みで跳ねるように進みかけた。


 ルルが額に手を当てて、深くため息をつく。



 「……アリス、あんまり“やばい感じ”にならないように、着いていってあげて」


 「了解。状況制御に努めます」



 アリスが一礼し、機械的に後を追っていく。

 あれよあれよという間に、エナとアリスは雑踏の中に消えた。


 


 残されたのは、俺とルルだけ。


 ──妙な沈黙が流れたあと、


 ルルがふと足を止め、俺の方を見ずにぽつりと言った。



 「……ちょっと寄りたい場所があるの。ついてきて」


 「……ああ」



 言われるがまま、王都の裏手へ続く、石畳の緩やかな坂道を登っていく。

 街の喧騒が少しずつ遠ざかり、代わりに風の音が大きくなっていった。



 「……ふたりきりね」


 「デートじゃねぇぞ」



 俺は一応、先に言っておく。



 「誰も言ってないでしょ。……っていうか、言われると思ってたの?自意識過剰じゃない?」


 「ちげぇって、そういう意味じゃなくてだな……」


 すかさず返され、俺は口ごもる。



 辿り着いたのは、古びた天文台の跡地だった。

 今はもう使われていないらしく、鉄枠の望遠鏡も壁際に寄せられ、石造りの観測台だけが空に向かって開けている。




 王都の中とは思えないほど、静かな場所だった。



 「巫女の修行が上手くいかなくて怒られて、落ち込んだとき。よくじーちゃんにここへ連れてきてもらってたの。

 “大きな空を見上げると、ちょっとだけ悩みが小さくなる”って、そう言って」


 その言葉の意味は、今なら少しだけわかる気がした。


 「じーちゃんって……あの神殿にいた白ヒゲの……?」


 「ええ。あれが、私の育ての親よ。たった一人の家族。

 本当の両親のことは、誰も教えてくれなかったわ。生きてるのかどうかすら、ね」



 ルルの髪飾りが風に揺れて、きらりと光った。

 その横顔を見てたら、ふと、自分のことも話したくなった。



 「……オレも、家族は父さんだけなんだ」



 声に出した瞬間、胸がきゅっと縮んだ。



 「母さんは、オレを産んだ代わりに……死んだ。物心ついたときから“その人の命をもらって生きてる”って、どっかで思ってた」



 「毎日のように、母さんの写真……。あ、いや……写真てのは……肖像画みたいなもんか? それに、手を合わせてた」


 「……こっちにもあるわよ?“写真”くらい。仕組みは違うかもしれないけど」


 「へぇ……意外と似てるんだな、向こうとこっちの世界って」




 「リクのお母さん……きっと美人だったんでしょ?」


 「いや、そんなの……わかんねぇよ。写真でしか見た事ねぇし」


 「美人だったに決まってるわよ。アンタ見ればわかるわ」



 そう言って、ルルが小さく笑う。

 それだけで、なんかちょっと泣きそうになった。



 「……オレが魔王を倒そうって思ったのは、あの日、神殿都市に魔王軍が押し寄せてきたとき……」



 ルルの視線を追うように、俺も空を見上げる。



 「女の人が、赤ん坊を抱えて逃げようとしてたのを見た。ギリギリで助けたけど……あのとき、もしオレが少しでも躊躇してたら、きっとふたりとも死んでた」



 あの瞬間、脳が真っ白になって、それでも身体が勝手に動いていた。



 「だから思ったんだ。あの人が、母さんと。あの赤ん坊がオレと重なって見えたのかなって。

 助けられなかったら……オレ、一生後悔したと思う」



 俺の声が震えてないことを祈りながら、言葉を続けた。



 「……正直、不安だったよ。

 いきなり知らない世界に放り込まれて、何がなんだか分からなくて……。

 でも、最初に話しかけてくれたのがルルで……。

 世界がひっくり返ったあの瞬間、唯一、掴めたものがあったとしたら、あの声だった」



 ルルは何も言わなかったけど、静かに聞いてくれていた。



 「旅立ったときも、ひとりじゃなくて、セブンと一緒だったからなんとか前に進めた。

 今は、アリスもエナもいて、にぎやかだけど……それでも、やっぱり思うんだ。

 帰りたいなって。父さんや、友達のこと、恋しいなって」



 しばらく、風の音だけが流れていた。

 ルルが、そっと空を見上げた。



 「……私だって、強くなんてないわよ」


 「……え?」


 「“星読みの巫女”って、どんな役目か知ってる?」


 「いや……ちゃんとは」


 「アストライアグラスから、災いの前兆を読み取るの。

 魔王の件だけじゃないわ。この世界には他にもいくつもの“滅びの種”がある。

 その兆しを見つけて、各国に伝えるのが、私の役目」



 言葉にすると簡単だけど、ルルの言葉には重さがあった。



 「間違えば、国が滅ぶかもしれない。大勢の人が死ぬ。下手したら、この世界そのものが消えるかもしれない。

 ねえ、そんな責任……誰かに押しつけられて、笑って背負えると思う?」



 言いながら、笑ってみせるその表情が、どこか無理してて。

 俺は何も言えなかった。



 「でもね、ここで見た星だけは……いつも、ちゃんとそこにあった。

 だから、信じることだけはやめなかったの」


 

 それはきっと、強がりでも、ただの理屈でもない。

 自分に言い聞かせるようでいて、同時に……誰かに信じてほしいという声でもあった。


 

 「……なに、見てんのよ」


 ルルが、ふいにこっちを睨む。


 「いや、なんか……その顔、ずっと見てられるなって思って」


 「……ばっ……!?」



 バッと顔をそらすルル。

 その耳まで赤く染まってるのを見て、俺はつい、口元を緩めた。



 「次、その口で余計なこと言ったら……王立図書館の迷路階に置き去りにするわよ」


 「え、それ地味にキツいやつじゃん……」


 

 でも、悪くない。

 この空気も、ちょっとだけ照れくさいその顔も。

 誰かに想いを預けるって、案外、怖いことじゃないのかもしれない。



 ここで、ようやく俺たちは、

 本当の意味で“同じ空の下にいる”気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ