第2幕『この街の服は、なんでこう……』
──王都・中央通り。
「……なんで俺、今こんなことしてんだ?」
広すぎる街路の片隅で、俺は服屋の紙袋を抱えていた。
街の人混みは、午前中よりさらに増えている。
祭でもないのに、やたら人が多いのは──単純に、ここが“王都”だからだ。
「うだうだ言ってないで、ちゃんと持ちなさい。ほら、そっちのも追加」
ルルが容赦なく袋を積み増してくる。
「いや、買いすぎじゃね!? そんなに要る!?」
「要るに決まってるでしょ!
“魔王領から戻ってきた旅人”が、
血と泥の臭いまき散らしてたら怪しまれるわよ。王都ってのは、そういう場所なの」
「でもなぁ……」
俺が呟く横で、アリスがスッと黒い上着を掲げた。
「こちら、防刃・耐火・水濡れ対応です。
裏地には銀糸の織り込みもあり、多少の魔力干渉にも耐性があります。……これにします」
「おい。選び方が特殊部隊なんよ」
一方エナは、どこから見つけてきたのか──
「ねぇねぇ、リクさん!これとかどうですか!?
こう、胸元がガバッと開いてて!風通しよくて!すぐ脱げて!えっちなのに実用的!!」
「不採用!!!!!」
ルルの鉄拳が一撃でエナの頭に直撃した。
「ったた……なんですかぁ、エロカワイイは正義ですよぉ……」
「おまえに“旦那様”とか呼ばれてるせいで、店員の目が完全に引いてたぞ」
「“若妻3人に囲まれてる、羨まけしからん謎の少年”って目で見られてたわね……。恥ずかしすぎてむしろ尊い……」
──なんだこの買い物パーティ。
「ま、まぁ……選んでくれた服はありがたく着るけどさ。
……にしても、さっきルルが俺のネクタイ直してくれた時──」
「え? なに?」
「いや、なんか……慣れてたなって」
「……そりゃ、こっちの世界でも“身だしなみ”ってのは重要だからね」
ルルはツンとそっぽを向きながら、なぜか少し耳が赤い。
──そして。
服屋を出たあとも、俺たちの買い物行脚は続いた。
「わぁ! 見て見て、あれすごく甘そうな匂いしません!?」
「おやつタイムも兼ねて、少し休憩にしましょ。……あそこの店、パフェが名物みたいよ」
《糖分補給は、戦闘時の集中力維持にも有効》
「だからセブンはそういう言い訳チョイスやめろっての……」
俺の制止も虚しく、3人はスイーツ専門店へ雪崩れ込んでいった。
「はい! 私はこの、季節限定の“星空クリームソーダ”!」
「私は……ストロベリーとチョコの二層構造パフェで」
《推奨:ハチミツ×ベリー×ラムのトリプル構成パフェ》
「オレに注文すんな!誰が食うんだよそれ!!」
その後も、店内では甘い匂いと笑い声があふれていた。
気づけば、ルルがパフェのスプーンをくるくる回しながら、俺の方に視線を向けてきた。
「……ねえ、ちょっとだけでいいなら、味見させてあげよっか?」
「遠回しに“あんたのはないから”って言ってるように聞こえるんだが」
でもなんだかんだで、ひとくちだけもらえた。
……うまかった。ちょっと悔しい。
さらにその後、なぜかコスメ屋にまで連行された。
「こっちのアイシャドウ、少しラメ強めだけど、王都の街灯だと映えるかも」
「おねーちゃん、試しにこれ塗ってみて!キラッキラになるから!」
「いやいやいや!! お前らなんでそんなテンション上がってんの!?
そもそも、オレなんで貴重な休日にこんなことしてんだよ!?」
ルルが、クスクスと肩を揺らして笑った。
「部屋でダラダラしてるより、有意義でしょ?
アンタ、じっとしてるの苦手なんだから」
「いやいや、完全に付き合わされてるだけだからな?
今日の予定に俺の意向、ゼロだからな?」
「ハーレム状態で王都散策なんて、贅沢じゃない。
アンタどうせ、女の子と遊んだことなんてないでしょ?」
「なっ……! そ、そんなことな……ない、とは言えないけどっ」
「ふふん、でしょ?
ありがたく思いなさい、“異世界ハーレム王子様”」
「やめろ! なんか恥ずかしくなってきた!!」
エナがニコニコしながら便乗する。
「“ハーレム王子”って、なんか良い響きですね〜」
アリスは真顔で、
「記録タグに追加しました。リクのコードネーム:ハーレム王子」
「やめろォォォ!!!」
俺が顔を真っ赤にして抗議している横で、
ルルは“まったくしょうがないわね”という顔で、口元だけで笑っていた。
王都の石畳を歩く足音。
紙袋はずっしりと重くなったけど、どこかそれも悪くなかった。
エナは新しく買ったリボンを頭に乗せてはしゃぎ、
アリスは「機能性に劣る」とか言いながらも、香水瓶をひとつ大事そうにポーチへしまっていた。
セブンは、いつの間にか「王都観光データベース」を拡張していたらしい。
そしてルルは、少しだけ歩幅を緩めて、俺の隣に並ぶ。
……にぎやかで、なんでもない時間。
魔王も、戦争も、転移の真実も、今は少しだけ遠くにある気がした。
異世界に来て、初めて感じた。
——“日常”って、こんな匂いだったんだな。
こんな一日も悪くない。……たまには。




