第4幕『星の巫女の段取り』
「なんで、星の巫女さまがこんなことしなきゃいけないのよ……」
カツンカツンと、儀式用のやたら重たい靴の音だけがひびく。
格式ある政庁の石畳も、今の私にはただの足音のうるさい廊下でしかなかった。
グチグチ言いながら、木製の扉の前で足を止める。
一応、来客用の宿泊室。
リクが軟禁されてる部屋だ。
深く息を吸って、ノックもせずに扉を開けた。
「で? アポは取れたの?」
中にいたリクが、ソファにだらしなく沈み込んだまま、開口一番に尋ねてくる。
半開きの目と、へにゃりとした姿勢。どう見ても“これから司令官に会う人間”の顔じゃない。
まったく、もう少し緊張感というものを持てないのかしら。
「……まず、お礼は?」
ぴしゃりと言うと、リクが片目だけ開けてこちらを見る。
「え?」
「面談の段取りよ。あんたのために、わざわざ手を回してあげたんだけど?」
「ああ……うん、ありがとう」
「……よろしい」
ふん、と軽く鼻を鳴らしてみせた。
「さて、明後日。王国軍最高司令官……つまり、“この国の軍隊のトップ”との直接面談よ」
私は資料を机に広げながら、軽く頷いた。
「ニ日後か……」
リクは顎に手をやって、ぼそりと呟く。
「普通、“勇者”ってのはさ。王様の座ってる所まで、顔パスで通されるもんだけどな」
「……はあ? なにそれ、どこのおとぎ話?」
私はジト目でリクを睨む。
「それとも、こないだ言ってた異世界テンプレってやつ?
“剣と魔法のファンタジー”ならそうかもね。……残念、ここは現実よ?」
「ですよねー」
リクは肩をすくめて、苦笑いを浮かべる。
……なんかその顔、むかつく。
「ま、それはそれとして──」
私は資料に目を落としながら告げる。
「王国は、改めて“領土奪還作戦”を立案中。
次の作戦では、アンタを“正式に戦略の中核”として組み込むって方針みたいよ」
「……お、いちおうここまでは“狙い通り”だな」
「……は?」
思わず、顔を上げて聞き返した。
「いや、今回の突入作戦は、最初から“魔王軍への情報接触”と“自分の実力アピール”が目的だったからさ。
“認知される”ことが大事だったわけで」
リクはそう言って、気の抜けた笑みを浮かべる。
無鉄砲に飛び出すだけの奴、って思ってたけど、
……考えてないようで、ちゃんと狙ってんの、ちょっと意外。
でも、妙に腑に落ちるかもしれない。
「てっきり、アンタのことバカだと思ってたけど。ちゃんと考えてたのね」
「今、“バカ”って言ったよな?」
「言ってないわよ。思ってただけ」
「おい」
軽口の応酬に、部屋の空気がふっと緩んだ。
けれど——
「……ほんとに、大丈夫なんでしょうね」
資料から目を離し、私は静かに言葉を継いだ。
「無茶ばっかりして、無理に前へ進もうとして……そんなふうに突っ走って……どこかで、取り返しがつかなくなるんじゃないかって……」
リクが、少し目を丸くする。
でもすぐに、いつもの調子で笑った。
「……なんだよ。心配してくれてんの?」
「べ、べつに、そういうわけじゃないけど……っ」
《同意:ユーザーは、情動的判断により、高リスク行動を頻繁に選択》
《補足:当ユニットによる冷静な戦術補佐および外部ナビゲートが継続して機能しているため、現状は“致命的破綻の寸前”で生存中》
「……いや、もうちょっとオブラートに包め!?
なんか俺、遠足に母ちゃん同伴の小学生みたいになってんぞ!」
私には、リクを見守る責任がある。
……そして、たぶんそれ以上に本当は、止めたいと思ってる。
こんな無茶な世界で、無謀なことをしようとしてる子を。
「やめておきなさい」って、手を取って引き戻してやりたい。
……まったく。
どうして私が、こんな子のために苦労しなきゃいけないのよ……。
私がちゃんと見てなきゃ、本当に死にかねないから……仕方なくよ。ええ、仕方なく。
立ち上がって、書類をまとめながら、私は声をかけた。
「さすがのアンタも、それまではのんびり過ごしなさい。変なことはしないでよ?」
「正直ありがたい。ちょっと寝たい」
リクがぐでんと寝そべり直すのを、ちらりと横目で見る。
……その無防備さが、余計に腹立つのよ。
そう思ったのに、口角が勝手に上がりかけて——
私は慌てて、それを引き締めた。




