第2幕『説教と正座と、帰還の条件』
オレはいま、美しき“星の巫女”に、説教されている。
……正座で。
別にそういうプレイではない。
ガチの、マジの、説教だ。
さっきまで、星の導きがどうとか言ってた人が、
いまや腕組みしながら目の前で仁王立ちである。
金と青の神秘的な衣装を着て、深緑の髪を揺らしながら、語彙は完全に庶民派。
「ほんっと何やってんの!? なんでよりによって王都に転送されてんの!?
てかそもそも魔王!? は!? 会った!? 戦った!? ご飯食べた!? ……は!?」
ヒートアップするルルの勢いに、アリスとエナはすでに壁際に避難してる。
セブンだけが、鞘の中で静かに《ログ記録中》とか言ってる。うるせえ。
オレは膝をさすりながら、恐る恐る口を開いた。
「……いや、まず聞いてほしい。こっちも予想外だったんだって。森の中の廃村で、突然少年が現れて——」
「で、それが魔王だったと」
「……うん」
「で、その相手に喧嘩売ったと」
「……売った、っていうか……アリスとエナが先に……」
「で、飯食ったと」
「いやそこ強調すんな。俺もわけわかんなかったんだよ!」
ルルは深いため息をついて、ようやく腕をほどいた。
怒りの熱が引いた分、今度は少しだけ不安そうな顔になっていた。
「……本当に、無事でよかったけどさ。
でも……アンタ、また帰ってこないつもりだったでしょ」
——刺さる。
俺は、ちょっとだけ目を逸らした。
「……ごめん。そういうつもりじゃ……ない、って言えたらよかったんだけど」
「ま、いっか」
ルルはポン、と俺の頭を叩いた。
巫女モードではありえない距離感。
「どうせ私の言うこと聞かないの、わかってるし。アンタ、そういうとこだけ芯がブレないよね」
アリスとエナが、ほっと息をつくのがわかる。
セブンも《状況、沈静化。感情値:平常域へ移行》とか言ってる。だから実況すんなっつの。
「……で?」
ルルは立ち上がり、表情を真剣に戻した。
「魔王と何を話したの。何をされたの。何を聞いたの」
今度は本当に、“星の巫女”の顔をしていた。
————
俺は、深く息を吸って、ゆっくりと言葉を選び始めた。
「……ってのが、ここまでの経緯」
ようやく話し終えた俺は、机に突っ伏す勢いで息をついた。
街での戦闘、領地に潜入、魔王との遭遇、飯、転送——この数日が、何日分のRPG展開なのか数えるのも面倒だ。
ルルは腕を組み、うんうんと頷きながら聞いていた。
そして、一呼吸置いてから、静かに口を開く。
「なるほどね。だいたい見えてきたわ。……で、そっちの……なにがとは言わないけど、やたら大きい娘は何者?」
隣に座っていたエナが、満面の笑みでピシィと姿勢を正す。
「はい! 奥さんです!」
空気が凍った。
「……」
「…………」
《……通信障害発生ではなく、全員の応答停止を確認》
俺は慌てて椅子をガタガタさせながら立ち上がり、手をぶんぶん振った。
「違う!! 誤解だ!! そーゆーんじゃねぇから!!」
ルルがゆっくりと、ものすごく冷えた視線で俺を見た。
「ふぅん。そういう趣味?」
「だから違うってば!!!」
「じゃあ説明して?」
「はい説明しようね?」
「奥さんって何? どういう関係? なんで一緒に? あと、あのオッパイは何!?」
質問が多い! 一斉に詰めるな!
「わかったから順番に聞いてくれ!!」
俺は、必死で言葉を並べた。
「えーと……あの日、変な白衣着た男に、修行だとかで、いきなり転送されて……。
で、“私の娘だ”って言われて、突然目の前で召喚されたのがエナで……」
「……変な……白衣の男?」
ルルの目がピクリと跳ねた。
……なんだか意味深な反応だったが、今はそれについて深く考える余裕はない。
「で、そのあとエナと一緒に、前線で魔物を追い返して……で、さっきの話に続く……」
「前線?」
「うん……」
「“前線”って、あの、魔王軍と王国軍の?」
「その……はい……」
その瞬間、ルルのこめかみに血管が浮いた。
「前線ンンンン!?!?!?」
机が軋むほどの勢いで立ち上がる。
「バッッカじゃないの!? あんた何してんの!?!?!?
異世界転移して十日でなんでガチ戦争の真っ只中に突っ込んでんの!?!?!?」
机をドン!と叩いて、再び説教がスタートした。
アリスは視線を逸らし、セブンは《再び説教フェーズ移行を確認》と淡々と記録している。
エナだけはニコニコしながら「でも、すっごくがんばってたんですよ?」と追い討ちをかけた。
「だからそれが問題なのよ!!」
ルルの怒号が響く王都の軟禁部屋。
俺は正座のまま、再び天を仰いだ。
いつまで続くんだろう、この説教は。




