第1幕『詩と鉄扉と、その本音』
書類の山と睨み合っていた私の前に、報告が滑り込んできたのは、お昼前のことだった。
その言葉に、私は羽ペンを置いた。
世界の観測曲線が乱れても、魔力濃度が逆流しても、ここ数週間ではじめて――
“本当にどうでもよくなる情報”だった。
「王都に……リクが?」
たった一言だけ、そう返した私に、魔導通信の伝令はうなずいた。
私は席を蹴るようにして立ち上がり、外套を引っつかむ。
その瞬間、背後から——
「おまえがここを離れたら! 世界が滅ぶって何度も!!!」
我が養父。
名門ルーンヴァイス家当主にして、国家占星術局の長。白髭とモノクルの鉄面皮。
私は即座に、ドアノブに手をかけたまま振り返る。
「世界の命運の方は、じーちゃんに任せた!」
それだけ叫んで、私は外へ飛び出した。
「今はこっちが、それどころじゃないの!!!」
————
馬車を飛ばして、翌日の早朝。王都に到着した私は、即座に“表の顔”を被った。
青と金の正装。深緑の髪を整え、声の抑揚と語彙を“巫女”に切り替える。
「……風は凪ぎ、星は巡りの途に在り。
その導きのまま、我が名を告げましょう。ルーンヴァイスの巫女、ここに」
門衛たちの顔がすっと緊張を解いた。
……よし、演技成功。
そして、案内されたのは王宮の監視区域。
理由はもちろん——
「え、異空間から転移? 説明不能な空間断裂? うん、絶対コイツだわ」
私は薄く微笑みを浮かべたまま、扉をノックした。
木製の扉が開く。
軟禁されていた部屋の中には、椅子に腰掛けるリク。
横にはアリスとエナ。セブンは……鞘の中だ。
私は、巫女らしくお辞儀する。
「無事で何よりです。“星の導き”が貴方をここへと運んだこと、誠に喜ばしい奇跡でございます」
リクは一瞬キョトンとした顔をして――
すぐに「ああ……ね」とでも言いたげな、げんなり顔になった。
扉の向こうで兵士が退室していく。
鉄の扉が閉まる音が響いた、次の瞬間。
「で?」
私は背筋を伸ばしながら、巫女の仮面を、バサッと投げ捨てた。
言葉遣いも、声のトーンも、いつもの“素”に戻す。
「……で、説明して? 何やったの、アンタら」




