第5幕『敵か、メシか』
……俺たちはいま、飯を食ってる。
もう一度言う。
状況確認と精神安定のために、繰り返す。
俺たちはいま、魔王と一緒に飯を食ってる。
エナとアリスと俺。
そしてその隣に、しれっと座ってるガキんちょ。しかも、ちょっと猫背で、パン齧ってる。
それがどう見ても——
さっき俺たちの攻撃を“無傷で”止めて、「魔王」と名乗った本人だった。
意味がわからん。
てか、誰が「お隣どうぞ」なんて言った!?
「……いや、普通に食ってんじゃねぇよ!!」
ツッコミが、勝手に口から出た。
少年——魔王はパンをモグモグしながら、片目を細める。
「いいじゃないか。お腹を空かせた子供に、朝飯くらい恵んでよ」
「どの口が子供ぶってんだよ!? ついさっき、オレたち殺しかけたくせに!」
「え? だってボク、まだ殺してないじゃん。優しく降ろしてあげたろ?
未遂だよ、未遂。セーフセーフ」
「法律の穴突いてくる悪質さやめろ!!」
魔王はまるで悪びれた様子もなく、もう一口パンを齧る。
「だいたいキミたちだってさ、剣抜いたでしょ? だったら“おあいこ”ってことで、そっちはチャラ」
「誰が納得すんだその無法理論!! 何ルールだよそれ!? 魔王式モンスター人生道場か!?」
「まあまあ。仲良くやろうよ。だってキミたちが何者なのかとか、どういう関係性なのかとか、いろいろ知りたいしさ」
「教えるわけねーだろ!!」
即ツッコミ第二弾。
しかし相手は平然としていた。
パンの最後のひとくちを口に放り込みながら、肩をすくめるように言う。
「そっか。そういうことね。……だいたい、わかった」
「うわ、やな予感しかしねぇ!! セブン、今の会話ログ、保存しといて——」
《警告:当ユニットの演算領域に対し、不正干渉を検出。侵入経路不明。アクセスID:管理権限“ルート0”》
「……はぁ!?」
《警告:プロファイル“Riku Minase”、および“LC-01-A-03”同"LC-12"の記録断片が外部に転送された》
眉がピクつく。
「……オマエ、セブンにハッキングしたのか!?」
少年は、すっと顔だけこちらを向けた。
ニコリともせず、いたずらを咎められた子供みたいな表情で言った。
「だって、“教えてくれない”って言ったの、キミでしょ?
だから、自分で調べなきゃ」
「いや、だからってやっていいことと悪いことがあるだろ!!」
「んー? “魔王”って、そういう立場なんだよ? 人の話は聞かないし、勝手に調べるし、あとたまに世界を滅ぼしたりするんだ」
「最後のが重すぎんだろ!!」
俺は深く、深く息を吐いて、冷静に問う。
「……じゃあ、そっちの事情は?」
“魔王”の視線が、ほんの少しだけ俺と重なった。
そして、にこりと笑う。
「キミ、さっき——ちょっとイジワル言ったからさ」
「……え?」
「だから、教えてあーげない」
俺は再び、天を仰いだ。
この世界に来てから、頭の痛いヤツにばっか会ってる気がする。
少年——魔王は立ち上がり、パンくずを払うように手を軽く叩いた。
「さて。ご飯も食べたし、楽しくおしゃべりもしたし……」
そう言いながら、くるりとこちらに振り向いて、笑う。
「——キミたち、帰りな。送ってあげるから」
「……はあ?」
思わず、間抜けな声が出た。
「何言ってんだ、オマエ」
魔王は首をかしげながら、あくまで丁寧な口調で続けた。
「キミたちは、魔王に会いに来た。で、会った。ついでにちょっと戦った。
——で、とうてい敵わないと、わかった」
少しだけ言葉に重みを乗せて、ゆっくりと俺を見つめる。
「だったら、ここに居る理由なんて、もう無いでしょ?」
「……敵わねぇかどうかは、まだわかんねーだろ」
返す。
たとえ ブラフだとしても、ここで引いたら完全に負けだ。
だけど——
「ははっ。そのセリフは、キミらしくないなぁ」
魔王は意に介さず、楽しそうに笑った。
そして——
次の瞬間、俺たちの視界が、ふっと歪んだ。
地面が沈んだような感覚。
風が逆向きに吹いたような空気圧の変化。
目の前の景色が、ほんの一瞬だけグチャリと捩れる。
「——なっ……!?」
あの、ポータルとかいう、転送装置に巻き込まれた感覚に似ている。
「送ってあげるって、言ったでしょ?」
そう、優しく告げられた時——
俺たちは、もう“そこ”に居なかった。
風が止まり、空が変わり、
肌に触れる空気の質すら違っていた。
見渡す限りの石畳。白く整った城壁。行き交う騎士と兵士。
「……マジかよ」
俺は、しばし言葉を失ったまま、そびえ立つ城門を見上げた。
その背後で、アリスが冷静に呟く。
「座標移動、完了。空間的な距離は、おおよそ東方方向に180km。転送完了までの時間、0.08秒」
エナがぽつりと呟く。
「……すごいです。あの人、なんかすごいです……」
俺は、思わず遠くを見つめた。
魔王は——もう、どこにもいなかった。
ただひとつ。
あの“少年”が、最後に残した言葉だけが、耳の奥に残っていた。
「じゃあね。——また、戦う時に」
それは、別れの言葉じゃない。
“予定された未来”を告げている……そんな気がした。




