第3幕『沈黙の村に、誰かが居る』
村は、死んでいた。
……それが、最初に感じた印象だった。
家々は倒れていない。火の手が上がった痕跡も、武力で蹂躙された跡もない。
けれど、それでも——この村は、もう“生きていない”のだ。
軒下に吊されたままの洗濯物は、色褪せて風にさらされていた。
戸が半開きのままの家がいくつもあり、庭には割れた植木鉢や転がったおもちゃ。
そして何より——音が、ない。
「……誰もいねぇな」
ぽつりと呟くと、鞘の中のセブンが答えた。
《分析:当ユニットの探知圏内には、人型動体及び敵性体は確認されない》
俺は、少しだけ間を置いて尋ねた。
「……“もう動かなくなった”人型個体は?」
《補足:当ユニットのパッシブスキャンはヒッグスフィールド計測を基本とする。静止物体に対するスキャン精度はやや劣る》
「いいから。確認してくれ」
一瞬の沈黙——
《……確認されない》
俺は小さく息を吐いた。
村の中心に、小さな井戸があった。
木の蓋が無理やり釘で打ち付けられ、縄と桶は取り外されていた。
まるで、「ここから水を飲むな」と言わんばかりに。
さらに、村の入り口に立っていたであろう看板は、杭だけを残して折られていた。
名前を消され、存在を否定された村。その痕跡。
それでも——
「……戦った形跡がねぇな」
俺はぽつりと呟く。
どの家にも、戦闘の痕はない。むしろ“生活の途中で止まっている”。
縁側には干しかごの中に、乾きかけた食器。
土間の竈には、焦げついた鍋。
家の中をのぞくと、布団が敷かれたままだった。シーツには、まだ寝返りの跡が残ってる。
逃げた? ……それとも。
「リクさん」
背後から、エナの声がした。
彼女は、小さな祠の前でしゃがみ込み、何かをじっと見つめていた。
それを見て、オレは目を見開く。
その祠には、綺麗な花が供えられていた。しおれてはいない、確実に“つい最近”のものだ。
誰かが、ここに居る。
……あるいは、ついさっきまで居た。
緊張感が、ジワジワと背筋を這い上がってくる。
俺は、ゆっくりと鞘に手をかけた。
「セブン。広域再スキャン。動体に限らず、建物内部も全部だ」
《了解。走査開始——》
その直後だった。
——建物の影から、“それ”が現れた。
すっと。
何の前触れもなく。
音もなく、まるで最初からそこにいたように。
それは……少年だった。
10歳くらい。黒髪。ボロボロの服。裸足。
だが、汚れているのに妙に整った顔つきで——その瞳だけが、異様に冷たい。
一瞬、俺もエナもアリスも動きを止めた。キョトンと、脳が事態を処理できなかった。
——その場にただ立っているだけ。
しかし、すぐに背後の空気がピリつく。
「セブン! スキャンは!?」
即座に問いかける。
《報告:直前まで該当座標に人型動体は存在せず。
補足:該当個体は“突如そこに現れた”とする以外に適切な表現はない》
ざわっ、と肌が粟立つ感覚。
「気配がなかっただけ……? いや、違う。転移か何かか……?」
見た目は少年。だが、それが“ただの子供”じゃない。
この状況がそれを物語っている。
——この村は、“完全に無人”ではなかった。
目の前の“何か”が、それを証明していた。




