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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部9話『声なき占領地、現れた少年』
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第2幕『占領下の夜』


 空はもう、すっかり夜の色だった。


 俺たちは村を目指して進みながら、大きめの木の影で野営することにした。


 エナが、枯れ枝を地面に組みはじめる。


 「……あ、待った」


 俺は、静かに声をかけた。


 エナの手が止まる。

 彼女はこちらを見て、ただ頷いた。




 この“火のない夜”は、やけに世界が広く感じた。



 代わりに見上げた空には、見渡す限りの星。

 誰も照らさない、誰も見上げない、ただあるがままの夜空。

 街の明かりも、人工の空もない。文明の一切が消えたような、純粋な闇の中で思い出したのは、小学生の頃。


 親父と二人で行った、山奥でのキャンプだった。

 火を消したあと、親父が無言で空を指さして——「星が本当の明るさで見えるのは、何もない場所だけだ」って、そう言ったっけ——。




 エナは枝をまとめて脇に置き、そのまま地面に静かに座り込む。


 アリスは既に自分の毛布に入り、仰向けで空をじっと見ている。



 俺も、自分の毛布を広げてその中に潜り込む。


 気温はそこまで低くないが、夜の草の湿気が体温を奪っていく。




 しばしの沈黙。

 

 「……なんか、魔王の領地って感じじゃないですね」



 ガチャガチャと鎧を脱ぐ音のあと、後ろからエナの声がした。

 

 後ろというか、声が近い。というか、真後ろだ。



 ぴと。

 背中に、やわらかい感触が張りついた。

 服ごしに、ふわりと体温が伝わってくる。



 「……は?」


 声が裏返る寸前でなんとかこらえる。


 甘いような、鉄っぽいような匂いが鼻をかすめる。

 鎧と、彼女自身の女の子っぽさが同居する匂い。



 エナは、まるでそれが自然であるかのように、

 俺の毛布に潜り込み、後ろからぴとっと抱きついている。


 やわらかい。あったかい。

 背中の中心あたりに、確実に何かが当たっている。



 ……いや、“何か”じゃねえ、“おっぱい”だ。間違いなく、物理的に存在する胸だ。



 妙に弾力がある。やさしく押し返す感じで、布越しでもわかる。


 思考が一瞬フリーズした。


 いや、でも違う、今はそういう話じゃない。

 そうじゃなくて——



 「……おい」



 俺は小さく、しかし静かな怒りを込めてツッコんだ。



 「はい」


 即答。


 耐えきれず、叫んだ。わりと本気で。



 「『はい』じゃねーよ!!」



 がばっと振り返りながら、ツッコミをかます。



 「なんでオレの毛布にしれっと入ってんだよ! ダメに決まってんだろ!」



 エナはきょとんと目を丸くしたまま、首をかしげる。



 「はい?」


 「いや、『はい?』でもねぇのよ!? 何その“意味わかんない”みたいな顔!」


 エナは小首をかしげ、まるで“何が問題なんですか?”という顔で言った。


 「でもこの間、普通に一緒に寝たじゃないですか」



 ——ピクリ。



 隣のアリスの毛布が、ほんのわずかに動いた。

 顔は見えないが、絶対に今、何かを記録した。


 が、オレは見てないフリをした。




 エナに向かって、思わず語気を強める。



 「あの時はオマエ、剣だったろ。

 ギリ“武器とオレ"のバランスの関係だったんだよ!!」



 その言葉に、エナの表情がふと変わった。じわり、と顔が赤くなる。




 「……え? その、もしかして、剣のほうが……良いんですか……?」


 ——え?


 「そっちのほうが興奮するとか……そういう……エッチな?」



 「ちげーよ!!そんな偏った性癖に仕立て上げるな!!

 刀剣乱舞で推し見つけた歴女だって、日本刀抱いて寝たりしねぇからな!!」



 勢いよく否定する俺をよそに、エナは続けた。



 「わたしの本体は、剣……。つまり、硬くて、重くて、無口で、冷たい金属の塊です……。

 ……リクさんは、そういうのが好きなんですか……?

 えっちです……! ド変態です……!」



 そして、キリッ と何かを覚悟した目で、オレを見る。



 「でも……奥さんなので、従います……!」


 「その“嫁の務め”みたいな義務感に乗っかるのやめろ!! 変態扱いとは違うベクトルで恥ずかしいわ!!」



 もう、何がどうしてこうなったのかわからない。

 でも一つだけハッキリしてる。

 このまま放っておくと、変な方向に覚悟を決められる。



 「いいかエナ、落ち着いて聞け。オレは、普通に、ひとりで寝たいだけだ」



 俺がそう真顔で告げると、エナはじっとこちらを見つめたまま——



 「でも、わたし……奥さんなので」


 「……は?」



 エナは当然のことのように言葉を続ける。



 「だって奥さんって、一緒に寝るものですよね? それ、本で読みました。“夫婦は夜を共にして信頼を深めます”って。……だから、これは正しい行動です」


 「誰だよその本渡したヤツ!ゲスの極みパパかよ!!」



 俺が頭を抱えるのをよそに、エナは胸を張って——なぜか少し得意げに、こう言った。


 「でもわたし、その本で——いろいろ、勉強しました。だから、大丈夫です!」


 「余計大丈夫じゃねぇよ!! 文字情報だけでわかった気になるな!!

 “IGN見たからミラボ余裕”とか……舐めてると即溶けるからな!?」


 即ツッコミ。即全力。最大火力。


 「ていうか、どういう“いろいろ”だよ!? 何ページ目まで読んだんだよ!?

 目次に“夜の攻略チャート”とかあったらアイツ絶対ブッ飛ばすからな!!」

 

 「全部です。とくに“夜の仲直り”と“膝枕の角度で伝える愛”のところは、折り目が付いてたのでしっかりと!」


 ——顔が赤くなる。どっちが。俺が。


 「何冷静に言ってんだよ!? 

 それ、教科書にエロ本混だってたレベルの事故だぞ!!

 よし!ブッ飛ばすの今決まった!」


 エナはさらに一歩詰めて、ぽつりとつぶやいた。


 「……注釈で、リクさんは……背中から、ムニって押しつけられるのが好きって、書き足してありました……」


 「それ誰だよ別人だよ!!

 注釈で捏造してんじゃねぇ!!Wikiの注釈ポリスに怒られろ!!」



 思わず天を仰ぎかけて、踏みとどまる。


 息を整える。ツッコミの応酬で酸欠気味だが、ここからはちゃんと説得だ。


 「エナ、いいか? そういうのは、気持ちとか、信頼とか、お互いのタイミングがあってだな……なんていうか、自然にそうなるもんなんだよ!」


 「……自然に?」


 「そう。自然に! いきなり毛布に潜り込んできて、しかも抱きついて、挙げ句“あててんのよ”みたいな状況は、自然の真逆なんだよ!」


 「……でも、喜んでましたよね?」


 「それは身体が独断先行しただけで、理性はキッチリ即刻否決してたからな!!」


 夜空に、わりと本気の悲鳴が響いた。

 星は何も言わず、ただ瞬いている。




 「エナ。オレたちは今、戦時下の占領地で敵の気配にビクビクしながら旅してる最中でな、ちょっとでも変な意味で意識飛んだら、マジで死ぬからな?」


 「……変な意味、とは?」


 「そこはツッコむな」


 俺の真剣な説得に、エナはほんの少し間を置いて、しぶしぶ毛布から這い出した。



 「……はーい」と小さくつぶやきながら、自分の毛布に戻っていく。


 


 一つ息を吐いて、改めて自分の毛布をかぶる。


 一拍の後、


 後ろで、なにやらモゾモゾと布の擦れる音がしているのを、あえて気づかないフリをした。



 無言のまま、何かが再びオレの毛布に潜り込んできている。


 「おい……」


 「…………」



 「オマエは普通にやめろ」


 「……………………………」


 アリスは何も言わない。

 完全に黙ったまま、5秒ほど隣で寝たふりをしたのち——。



 そっと身を起こし、まるで“そんなことは最初からしてませんけど?”という空気をまとって、

 

 ——やっぱり自分の毛布に戻っていった。




 俺は毛布の中で、天を仰いだ。

 星が、さっきより少しだけ遠く見えた。


 静けさが戻った夜。

 星はきれいだ。けど、なんかやたら疲れてる。




 《分析:ユーザーの精神負荷上昇。当該人物:アリス及びエナの行動は不適切。改定要求を推奨》


 「……マジそれな。オレの味方はオマエだけだ、相棒。」



 《補足:ユーザーの対応遅延が対象行動の誘発に寄与。判断の不明瞭さが要因》


 「……うるせぇよ。急に刺してくんな。あとオマエにツッコミ入れるのも地味にストレスだからな」



 《加えて、当該人物ルセリアとも不安定な状態を継続中》


 「おい、ここでルルの名前出すのやめろ」



 《明確な意志表示と行動改善を推奨。ユーザーの行動は、関係を曖昧のまま放置することで好感度を稼ぐ、典型的な責任放棄型トラブルメーカー》



 返す言葉は出ない。図星だからだ。



 ——こうして、"敵の懐での初めての夜"は、

 緊張感あるんだか無いんだかで更けていった。


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