表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部9話『声なき占領地、現れた少年』
44/80

第1幕『静寂の向こうに』


 風が止まっていた。



 いや、吹いてはいるのだろう。枝葉はかすかに揺れている。足裏には、湿った枯葉を踏みしめる感触。けれど、音がない……。

 人の声も、馬車のきしみも。鳥のさえずりさえも聞こえなかった。




 俺たちは、魔王軍に占領された地域の外縁部に足を踏み入れていた。


  街道は緩やかな丘陵を貫いて北へ伸びている。俺たちはその一本東側、草原を見下ろす高台の森の縁を、慎重に歩いていた。


 枝葉の陰に身を潜めながら、進む。足音を落とし、上空を警戒しながら。



 索敵と隠密の両立なんて、そうそう出来るもんじゃない。しかし、腰の鞘に収まったセブンが、常に上空と前方をスキャンしてくれている。



 歩き始めて、もうほぼ半日になる。



 けれど、当然といえば当然だが、人の姿は一度も見かけていない。

 それどころか——



 敵の姿さえ、一度たりとも現れなかった。



 「……最悪、モンスターがウジャウジャ湧いて、がんがんフィールドエンカウント……ってのも覚悟してたけど……なんか、そんな感じでもねぇな」


 《分析:当ユニットの探知圏内には、人型動体及び敵性体は確認されない。この地域における敵性体の活動パターンは“散開・監視型”と推定。個体での威圧と統制が目的》



 「どっかに敵が居るハズなのに、出てこねぇってのも……理屈はともかく、逆に気持ち悪いな」



 この地を占領した勢力……魔王軍と呼ばれてる奴ら。



 ……敵がまだ居座っているなら、見張りや略奪痕、あるいは現地化した陣営があるのかと思ってた。


 だが、ここには何もない。



 前を歩くエナがふと立ち止まり、空を見上げる。


 黒銀の鎧がガシャリと音を立て、銀の三つ編みが、ふわりと揺れた。



「なんか…気配はあります。……空です」



 彼女の言葉に、俺も反射的に顔を上げる。

 青白い空——そこには何も見えない。



 《補足:現在、飛行型敵性個体1体を捕捉。方位67度、直線距離1200m、高度220m。偵察特化型個体と推定。補足される前に探知圏内からの即時退避を推奨》


 「……マジで見えねぇんだけど。でも、この距離でも見つかるかもしれねぇってことか」



 アリスとエナがすっと岩陰に隠れ、俺も鞘ごとセブンを伏せて物陰へと身を沈めた。




 風が、草を揺らす。


 ……また、静かになった。



 敵が居るのに、姿を見せない。


 魔王軍は、もう戦いにすら来ないのかもしれない。監視と統制。   

 それだけで充分なんだ……



 「……アリス。なんか思うとこある?」



 俺の問いかけに、彼女はぽつりと答える。



 「……この場における危険要素は、現在確認されていません。

 ですが……その、どうにも、妙な沈黙が……心に引っかかるような……」


 「俺も同じ。ここで何かあったんだよ。……たぶん、静かに」



 その時、道の脇に転がる荷車が目に入った。木の車輪は割れて地面に沈み、幌布は半ば風にほどけたまま放置されている。



 「セブン、あれ」


 《分析:民生用物資輸送車。3ヶ月以上放置と推定。略奪の痕跡なし。積荷及び運搬従事者の荷物は全て残されている》


 「……逃げる間もなく、襲撃されたってことか」



 俺は、小さく息を吐いた。



 遠く、森の切れ間から黒い牛が一頭、ぬかるみに鼻を突っ込んでいるのが見えた。

 誰も引いておらず、背には何も載せていない。


 俺は立ち止まり、アリスに目をやる。



 「家畜として管理されていた個体が、飼い主の不在により半野生化していると推察します」



 ……人が居なくなった場所で、家畜だけが残される。


 メディアでしか見たことの無い光景が今、オレの目の前にあった。




 戦うことすら許されない空間——

 それが、本当の占領地ってやつなんだと、俺はこの時、はじめて知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ