第4幕『燃える街と、俺たちの一手』
ズゥゥゥッ——という音とともに、敵の体が膨らみ、高濃度の気体を噴き出す。
その量は尋常じゃない。目の前が霞むほど、視界が全部緑がかったガスで埋まった。
あれは流石にヤバい……!!
「エナ!!いったん引け!!」
《警告:これ以上は危険区域。接近は推奨されない》
「あれが住人の方に流れたら……!!」
クソ……どうする。
ガスがこのまま広がれば、街ごと……!
「セブン、オマエをあの毒ガスの中心に突っ込ませるとして、何秒いける?」
《解析:現状の表面耐性。500ミリ秒で不可逆な腐食ダメージ》
「0.5秒か……くそっ短えな!」
《補足:ユニット完全停止までは57秒。充分な余裕がある》
「命捨てるまでの時間を、"余裕"とは言わねぇんだよ!!」
でも……このままじゃ大勢の人達が死ぬ……。
イチかバチか……いや。
そうだ……さっき買い出しで街を回ったとき、見た。
通りの裏手、たしか、革なめし工房があったハズ——
すぐに走った。
軋む扉を蹴り破り、散らばる道具と木箱の奥、樽の中の白い液体を見つける。
「セブン!!これ……石灰水か?」
《確認:石灰・重曹の混合液、pH:11〜12程度。強アルカリ性》
樽の横に、作業用の革手袋。
その手袋を引っ掴み、セブンをまるごと樽の中へ突っ込んだ。
ぶわ、と白い蒸気が上がる。蒸気が薄く消えたあと、表面に透明な薄膜ができていた。
「いまオレが考えてる事、わかるか!?」
《推定済:ユーザーの思考傾向および状況判断より、意図の90%以上を特定》
「……いけるか!?」
《成功率:82%——充分に実行可能と判断。失敗時のリスク:片道切符》
「だから、オマエの警告、地味に怖えよ!!」
「……でも、他に打てる手はねえっ!」
扉を蹴り開け、通りに飛び出す。
瓦礫越しに、黄緑色の雲の向こうをにらむ。
「よし……行くぞ、セブン。全力で“ぶちかませ”!」
《質量設定、最大値:1,000ペタグラム。展開時間:ガス雲接触から2.5秒》
「飛んでけぇぇえええっ!!!」
俺は全力でセブンを、ガスの中心へと——投げつけた!
風を切る音が、街の空に鳴り響く。
そして——
《質量増加フェーズ》
——ズン!!!
見えない重さが、大気を中心に引き寄せる。
《断熱圧縮による温度上昇:753ケルビン。周囲の気体は発火点に迫る圧力下に到達——》
ガスが一気に集まり、限界まで詰まった瞬間——
《爆縮完了》
——ボンッ!!
……爆発音が、響いた。
——ドオォォォンッ!!!
閃光。
地鳴り。
赤い火柱が、爆心から空へ向かって吹き上がる。
「っ……!?」
俺はその場にしゃがみ込み、耳を塞ぎ、口を開けて目をつぶる。
——爆風に備える、最低限の動作だ。
だが——
しゅんっ、と風を切る音。
気づけば目の前にいたのは、特大のブレードに戻ったエナだった。
その背には、すでにアリスが乗っている。
オレは、こちらへ伸ばしてきたアリスの腕を、ガッチリ掴み、強引に——空へ!
「うおおおおおおおッ!?」
爆心を離脱。風と熱気を切り裂くように、エナは高く、高く跳び上がる。
下に見えるのは、赤い地面と黒煙の渦。焼け焦げた瓦礫が、まるで星のように舞っていた。
やがて……爆風が過ぎ、空が静けさを取り戻す。
俺たちは、屋根の上に着地した。
「……ふぅ」
手足が、まだ震えている。
膝が笑ってる。もしエナがいなかったら、俺はもう……たぶん、この世にいなかった。
アリスと二人でエナの背に乗り、爆心地——セブンの元に降りる。
《敵性体の痕跡、消失を確認。戦闘完了》
「……やるな、セブン」
《相棒の適切な戦略立案を評価する》
「……今、なんて?」
《先日、ユーザーが示した"相棒"の定義を参照。状況的に、当ユニットがユーザーを同様に呼ぶのは妥当と判断》
「……お、おう」
思わずニヤけそうになったのを、火照った顔のせいにした。
「リクさ〜〜んっ!! カッコよかったですぅぅ〜〜!!」
ドカンと、いつのまにか人間の姿になったエナが、背後から俺に抱きつく。
重い、けど……あったかい。
「……むぅ」
アリスがちょっとだけそっぽを向いた。
その頬が、ほんのり赤かったのは、火のせいだろうか。
「やっぱ、いいな。俺たち——ちゃんと、戦えてる」
膝はまだ震えてるけど。
今だけは、この余韻を味わっていい気がした。




