第2幕『かみ合わぬ三位一体』
「アリス、左! 詰めるぞ!」
「了解!」
俺の掛け声に応じて、アリスがすっと踏み出す。
リボンがほどけ、スカートの裾がひらりと舞った。
両腕の袖とスカートの一部が自動でパージされ、アリスの脚部・腕部に仕込まれたワイヤーユニットが露出する。
二の腕と太ももから、鋼のワイヤーが射出され、空中に一直線の軌跡を描いた。
「二本で囮、一本で制止!」
アリスの声に合わせて、ワイヤーが建物の柱に突き刺さる。
直線的に空間をなぞるワイヤーの先端には、鋭利なブレード。
街路に六角形の陣のような軌跡が刻まれていく。
「あいつ、こないだの戦場にも何体か居たな……」
無理矢理連れて行かれた、前線。
アイツ、妙に胡散臭い白衣の男が、このタイプの魔物だけ、なぜか見つけ次第、優先して燃やしてた。
その光景が、妙に印象に残ってる。
《追撃:三時方向。質量調整準備。迎撃を》
「よっしゃ!」
俺はセブンを振るい、跳ねるように空へ浮いた。
セブンが質量を一瞬だけ上げ、俺の身体が跳ね上がる反動を加速させる。
「はああああッ!!」
振り下ろし。
全力で。
狙ったのは魔物の肩口——
だが、質量斬撃はわずかに逸れて、腫瘍のような部位を削っただけに終わった。
「チッ、硬っ……!」
《構造解析:表皮は高硬度、だがその下層は脆弱。正確な貫通が必要》
「それができりゃ苦労しねぇ!」
魔物が振り向く。
全身の腫瘍から、ぶちゅっ……と音を立てて液体が噴き出した。
「毒液か!? アリス、下がれ!」
「対応します!」
ワイヤーで跳躍し、アリスが上空へ逃れる。
だが——
「わ、セブン!? お前……!」
《被弾:腐食成分検出。刀身一部に劣化》
セブンの黒い刀身の一部が、しゅうう……と白煙を上げる。
攻撃力を殺がれる。
速度も、間合いも、すべてがズレてくる。
「くそ……!相性悪すぎだろ……!」
外壁を蹴って、跳ぶ。
軒先の瓦を踏み、雨どいを蹴って、もう一度——跳躍。
「……届かねえか!」
セブンを振るって、空中でバランスを取る。
右手の感覚が重い。いつもより、重心がズレてる。
《報告:刀身腐食により、重量バランスに偏差》
「わかってる!!」
振り下ろしたセブンは、魔物の肩口をかすめただけだった。
「クソッ……っ!」
パルクールで翻弄しながらの斬撃——
それが俺とセブンの基本戦術。
それでも通らなければ、質量で棍棒のようにぶつける戦法もある。
だが、あの腐食液じゃそれも無理だ。刀身そのものが壊れる。
「アリス、ワイヤー!足場頼む!」
「了解!」
アリスの太ももから鋼線が射出され、空中に斜めの軌道を描く。
俺はそれを踏んで、もう一度、飛んだ——が。
《警告:ワイヤー端部に腐食影響。安定性低下》
「うおっ……!」
ズルリと足を滑らせ、ギリギリで屋根のへりを掴む。
エナと空から攻める——いや、セブンの斬撃が通じなきゃ一緒だ。
超質量爆撃——地面に激突させて戦場ごと潰す、最後の切り札。
けれど、市街地でそんなの使えるはずもない。
「……相性が悪い……」
魔王幹部カイザのほうが、はるかに格上。
目の前の敵は、良いとこ中級兵、って感じだ。
でもあのときは、エナと連携して空を取り、最後はセブンの質量特攻で倒した。
「相性次第で……ここまで苦戦するのか……」
魔物が、こちらを睨むように振り返った。
全身に腫瘍。毒液の噴出。柔らかく見せて、その実、外殻は高硬度。
「リク、下がっください!」
アリスの声。
次の瞬間、魔物の跳躍が俺を狙ってきた。
——いや、違う!俺じゃない!!
魔物が地を蹴って向きを変える。
「アリス!!」
間に合わない!
あの硬質な跳躍に、アリスのワイヤー機動では——
その時。
「間に合いましたッ!!」
若竹色の閃光が、横から飛び込んできた。
「エナ……!」
エナの姿が、アリスと魔物のあいだに割り込んでいた。
「エナ!避けろ!お前、その姿じゃ——」
「大丈夫ですッ!!」
彼女の鎧が、光を纏う。
各部パーツが、空中で浮かび上がった。
胸甲、肩鎧、脛当て、ガントレット……
全てが独立し、まるで重装歩兵が列を組むように、前方へと展開する。
「防壁盾、展開——!」
浮遊する鎧の破片が組み合わさり、前方に巨大な盾の形を構築する。
魔物の体当たりが、その壁に直撃した。
ゴゥンッ!!
衝撃とともに、地面が波打つ。
石畳に亀裂が走り、周囲の窓が一斉に割れた。
けれど、盾は崩れない。
鎧をパージしたエナの幻影のような体が、盾の中央で踏ん張り続けていた。
「皆さん、無事ですかッ!?」
その声が、戦場に響いた。
俺も、アリスも、呆気に取られていた。
「エナ……」
ほんのさっきまで、笑顔でじゃれついてた少女が、
今は——俺たちの前に、立っていた。
「今度は、あたしの番です!」
後方に浮かぶ鎧たちが、一斉に回転を始める。
そこに光の陣が重なり、彼女の“本気”が、起動する——




