第1幕『グラビティ・ヒーロー起動』
「きゃああああああっ!!!」
悲鳴は、石畳の向こうからだった。
街の中心部、広場のほう。
何人かの人が駆けてくる。手を引かれた子ども、荷物を投げ出して走る老婆、そして——
「……魔物だ!! 市壁を越えて入ってきたぞ!!」
叫び声が飛ぶ。
その瞬間、通りの空気が一変した。
軽やかだった買い物袋の音が消え、馬車の車輪が止まり、広場へと続く道から血の気が引いていく。
「アリス!こっちに来るぞ!」
「了解!」
俺たちは荷物を放り投げて、通りを駆け出した。
踏みしめる石畳の感触。鉄と汗と焦げた獣脂の混じった匂いが鼻を突く。
視界の奥、建物の影から——
ぐおおぉおおああぁっ……!!
濁った咆哮が響いた。
現れたのは、獣と虫を掛け合わせたような奇形の魔物だった。
デカい……。
背中が平家の屋根に届きそうなくらいの巨体。
背中からは、昆虫を思わせる巨大な翅が二対。
しかし、あの翅で飛行できるとは思えない。
皮膚は斑の黒と赤でただれていて、口元からは緑色の泡を垂らしていた。
前脚は妙に太く、跳躍でも突進でもできそうな体勢。
目は、……ない。
「視覚じゃなく、熱か音で探ってるタイプだな……!」
俺は身を低くして隠れながら、セブンの柄に触れる。
「アリス、周囲に逃げ遅れは?」
「右手の倉庫裏に子どもが一人! ……泣いて動けていません!」
「任せてもいいか、エナ」
「はいっ!」
即答だった。
エナは腰のマントをたなびかせ、軽やかに駆け出した。
重装の鎧とは思えない俊敏さで、跳躍しながら木箱を飛び越えていく。
陽光を弾く銀の三つ編み、風を裂く動き。
「アリス、こっちは頼む。エナが戻るまで、前線は俺たちで持たせる」
そして——
《起動確認。戦闘用構成、即時転換可能》
俺はセブンの柄を引き抜いた。
「グラビティヒーロー、見参ッ! いくぜ相棒ッ!!」
《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.
Reboot complete──出力調整フェーズ、起動》
刀身の表面に、青白い光が走る。
瞬間、周囲の重力がふわりと変わった。
風もないのに、俺の髪が、服が、浮く。
半径二メートルの空間だけが、一瞬だけ“無重力”になる。
「さて……こっちも準備完了だ」
セブンを構えたまま、俺は魔物の正面へと歩み出た。
その巨体がこちらに気づき、低く、唸る。
《敵性個体の挙動に異常。ダメージの蓄積により、方向感覚を喪失している可能性が高い》
「……手負いで逃げてる途中で、こっち迷い込んだんだな」
重い空気が、街路に満ちる。
人々が後ずさり、誰もが次の一手を待つ中——
「行こうぜ、セブン」
《応答:全質量チャンネル、戦闘仕様に再接続》
地面を蹴った。
戦闘開始だっ!!




