第3幕『黒曜の刃』
剣が浮いてる。そよ風に乗った羽根みたいに、フワフワと。
重そうに見えるくせに、音もなく。
まるで意志があるみたいに、男の子——
"リクくん"の正面で止まった。
……あれ。
ふと、さっきアストライアグラスから聞こえてきた通信を思い出した。
「……もしかして、さっき話しかけてきたのって……この子?」
私は宙に浮かんだ黒い剣を見上げた。
リクくんが、その剣に向かって少し手を伸ばす。
「見た目は、ただの剣みたいだけど……」
私は腕を組みながら、少しだけ解説を加える。
「古代文明の遺産って、たいてい見た目がただの石だったり、よくわかんない構造物だったりするんだけど……
これは、たぶん武器系の何か。そう思った誰かが“聖剣”とかなんとかで保管してたんでしょうね」
「まあ、あとはご本人から聞きなさいな?」
私はそっと手を引いて、彼に向かって促す。
リクくんは目を細めたあと、ため息をついた。
その直後だった。
《起動中のユニットG.H.S.W. No.セブン──。
本構造体は、旧星間戦略兵装の主砲コアを携帯用に変換したものである》
《本ユニットは、出力制限で起動中。
ユーザー:条件付き仮登録。動作制限中》
「……ふーん。めっちゃ喋るんだな、この剣」
リクくんは腕を組みながら、まじまじと剣を見ていた。
「で、聖剣だか古代兵器の遺産だかなんだろ?
お決まりのやつ。どんなチート能力なんだよ、君は」
そう聞いたら、その剣はぴくりと動き、ぴっと光った。
《本ユニットは星間船搭載、質量崩壊誘導機構のフィラメントを内蔵している。質量崩壊誘導は、重力子による局所質量制御と、ヒッグス粒子の指向性放出により実現されている。それらを一時的に収束させ、本ユニットの質量制御を──》
……うん、もう一回言ってくれたとしても、たぶん分かんない。
「ちょっと待って、重力子だかヒッグス粒子だとか。それ……親父が読んでる科学新聞でチラ見した気がする……」
「なんか、重力とか質量とかに関係してる何かだろ?」
リクくんが眉しかめてつぶやいた。
「いや、なんで今時、紙なの?とは思うけどさ。電子にすると“手触りが死ぬ”とか言って……」
……えーと。
何言ってるかは、わかんない。
まあ、混乱してるのも無理ないか。
《説明完了》
「完了してないし!」
リクくんが横で突っ込んでた。
わたしは肩をすくめて、ひとこと。
「自身の質量制御……つまりは、重さが変わる、ってことでしょ?」
彼が苦笑いする。
「……それだけ、わかった」
「まあ、ここまで来て剣が喋っても大して驚かねーけど……
こいつ、説明下手くそだな」
「それ、めっちゃ分かる」
私は思わず笑った。
この理屈先行な剣、わたしもけっこう苦手。
「ま、古代兵器って、こういうのが多いのよ」
私は、浮かんでいる剣……なんとかセブンを横目に言った。
「用途不明だったり、起動しても使い勝手悪かったり。
“伝説の武器!”って期待すると、たいがいガッカリするやつ。あんまり期待しないほうがいいよ」
リクくんが剣を見上げて、ぼそっとつぶやく。
「なるほど……つまり、オレはひのきの棒と500ゴールドもらって世界救えって投げ込まれた、と」
「惜しい。用途不明の細長い石と、無一文で放り込まれたのよ。ね、ヒドイ」
私は手を合わせた。
「なんかもう、いろいろごめん」
彼は笑いもせず、でも文句も言わなかった。
「……まあいいや。そっちも巻き込まれた感じなんだろ?」
「うん、だいたい合ってる」
私は笑ってごまかす。
「でも、乗りかかった船だしね。ちょっとくらいは面倒、見たげるよ。リクくん」
「リクでいいよ」
って、ここまで言ってから、ふと思いついて、首をかしげてみた。
「ところでさ、ゴールドって……キミの世界の通貨単位?」
リクが、ちょっと気まずそうに頭をかく。
「いや、違うけど……気にしないで。なんか、ノリで」
私はふっと息をついた。
——やれやれ。
次から次へと、トラブルしか降ってこない。
そのとき——
——カン……カン……カン……
「……え?」
神殿の外から、警鐘が鳴り響いた。
その音が、ちょっとずつ速くなっていく。
それと同時に、地面が、ぐらり……と揺れた。
ただの風じゃない。地響きだ。
外の空気が、緊張で張り詰めるのがわかる……。
——to be the next act.