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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部7話『銀の髪、鎧の乙女』
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第6幕『父と娘の関係性』


 「リクさん! あたしも……行きたいです!」


 真っ直ぐに、少しだけ上目遣いで見つめながら。

 エナがそう言った。


 宿の部屋で荷物をまとめていた俺は、思わず手を止めた。


 「え、ああ……買い出しと情報集めだけだけど」


 「はいっ! 一緒に、歩きたいんですっ」



 ……それは、ちょっと反則だろ。


 大きな緑の瞳に期待を詰めて、嬉しそうにぱたぱたと近づいてくる。

 その笑顔は、あまりにも素直だ。



 《補足:エナの随行は、行動効率の低下要因には該当しない。対応力の向上、およびユーザーのメンタル状態の安定に寄与すると判断》


 「……わかったよ。じゃあ、行こう」


 俺がそう言った瞬間、エナの顔がぱっと花開くように明るくなった。


 「やったあっ!」


 ぴょんと小さく跳ねて、セブンの方を振り返る。



 「セブンさん、ありがとうございますっ!」


 その後ろで、アリスがなぜか無言で荷物を詰める手をぴたりと止めていたが——気づかないふりをしておいた。


 

————



 朝の空気は、ほんのり湿っていた。


 街路に差し込む光はまだ柔らかく、石畳に混じる水気が、ほんのりと土の匂いを立てていた。



 通りを歩く人々のざわめきと、遠くで鉄を打つ音。

 荷馬車の車輪が軋み、果物売りの少年が声を張り上げる。


 昨日まで、ただ通過点のように思えたこの街が——少しだけ“名残惜しい”気がした。


 俺たちの旅は、ここからが本番になる。


 ルルからもらった地図と戦況マップを照らし合わせる。

 街の北門を越えた先——そこは、魔王軍の占領域。


 “いわゆる敵の懐”だ。


 地図では、一本道を2日ほど歩けば、次の集落にたどり着ける……はず。


 けれど、その村が今どうなっているのかは、誰にも分からないらしい。


 魔王軍の占領下に置かれて以降、偵察も連絡も途絶えているそうだ、

 途中で補給できるかどうかも、わからない。

 野営が前提の行程になる。



 俺たちは持ち金を確認して、大きめのリュックを二つ購入した。


 保存食、簡易テント、火おこしキット、道具袋、ロープ。


 必要なものを選びながら、子どもの頃、親父とキャンプに行った日のことをふと思い出した。



 夜の焚き火と、インスタントスープの味。


 ……あのときも、こんなふうに荷物を背負って、森を歩いたんだっけな。



 「リクさん!」



 後ろから呼ばれて振り返ると、エナがぴょこぴょことスキップするような足取りで近づいてきた。


 腰マントをなびかせて、兵士服姿の長身シルエットが光に映えている。


 高くてまっすぐな背筋。揺れる三つ編み。

 端正な顔立ち。



 「やっぱ、長身に鎧姿って、映えるな……」



 ぽつりと口をついて出た言葉に、エナがきょとんとして——すぐに照れくさそうに笑った。



 「えへへ……ありがとうございます!」



 凛とした騎士姿に似合わぬ、その素直な笑顔に、少しだけドキっとした。

 


 「……なあ、エナ。ひとつ聞いてもいいか?」


 「はいっ、なんでも聞いてください!」

 


 「その……お前の身体って、結局どうなってるんだ?」


 「えっとですね……あたしは、いわゆる“リビングアーマー”っていうものらしいです!」

 


 「リビングアーマー……」


 「はい! 鎧とか、武器とか……長く在り続けた物に魂が宿るっていう!

 あたしの場合は、その“剣”と“鎧”が本体で、人間っぽく見える部分は……投影された像、みたいな?」


 「付喪神……みたいなもんか」



 「つくもがみ?」



 「ああ、日本……あ、いやオレの故郷の……そういう、古い道具に魂が宿るって話があってさ」


 「あっ、ちょっとロマンチックですねっ、それ!」



 ……あっけらかんと笑うその様子が、あまりに自然で。


 “本物の人間じゃない”とか、そういうことが、だんだんどうでもよく思えてくる。



 「……ちょっと、いいか?」


 「え? はい?」


 

 エナの手を、そっと取ってみた。


 "投影された像"なんていうから、触れないのかと思ったら、しっかり実体がある、


 それに、柔らかくて、温かかった。


 金属の冷たさなんかじゃない。

 ちゃんと、“誰か”の手だった。



 「わ……」



 エナの顔が、ぱっと明るくなる。



 「……うれしい……リクさん……あたし、ちゃんと触れられてる……!」



 満面の笑顔で、思い切り握り返してきた。


 ……やばい、これは……けっこうドキドキする……


 しばらく繋いだままだったが、エナがなかなか手を離さないので——


 

 「おい、もうそろそろ……歩きにくいんだけど」


 「えぇ〜……もうちょっとだけ……」



 「いや、歩きにくいんだよ! っていうかお前……俺より背ぇ高いんだよ! こっちが見上げてんだぞ今!」



 「えへへっ、じゃあ背中に乗りますかっ?」


 「逆!!」



 そんなやりとりを遠くから眺めていたアリスが、いつの間にか真後ろにいた。すっと後ろから割り込むようにエナとオレの間に立つ。



 「……リクとの距離が、やや近すぎます。行動においては不効率です」


 エナが、アリスを見下ろして、無邪気に返す。



 「え〜? でも、おねーちゃーん?」


 「私は“おねーちゃん”ではありません。型番はLC-01-A-03、コードネーム・アリス・リドルです」



 「あれ? でも、えっと、あたしとリクさんが“夫婦”で、おねーちゃんも、リクさんの奥さんだから……えっと……」



 少しだけ首を傾げて、くるくると指を回しながら真剣に考え込む。



 「んー……“お義姉さん”? あれ? ちが……」


 「違います!!」

 「ちげぇよ!!」



 俺とアリスのツッコミが完全にハモった。



 エナは「えへへ〜」とごまかし笑いを浮かべ、頭をかいた。



 セブンが、腰でぽつりと漏らす。


 《観察:交差する恋愛感情を複数検出。対応として、双方に対して優先順位の明示、または並列処理の是非判断が推奨される》


 「お前も黙ってろや」


 


————


 


 その後、食料や保存剤、予備の水袋などを補充しつつ、街の情報掲示板を眺めていたとき——



 「なあ、エナ」


 「はい?」


 

 「お前……あの変な男とは、結局どういう関係なんだ?

 ……娘?とか言われてたけど……。というか、そもそもアイツ何モンなんだ?」


 一瞬で、空気が変わった。



 エナの瞳から、笑顔がすっと消える。


 視線はまっすぐ俺に向けられたまま、瞳の色だけが冷えたように感じた。



 「……………………………」


 「……あたしの前で、あの男の話は二度としないでください………」



 低い、平坦な声だった。



 その一言だけを残して、エナはぴたりと口を閉ざす。

 ——地雷。それもあからさまに設置した地雷だった。


 ……理由はわからんが、まあ…わかる。

 気にはなるけど、これ以上は聞けねぇな…。



 《解析:反応レベル臨界域。感情安定化処置を推奨》


 「セブン、今の空気に“処置”とか言ったら、死ぬほどスベるぞ」


 気まずい空気が流れたまま、数分ほど歩く。




 その後……。


 「……でも、セブンさんも、すごいですよねっ」


 エナが、ぱたぱたと前を歩きながら、ふいに振り返って言った。


 目を輝かせて、無邪気な笑顔。



 「あんなおっきな相手を、リクさんと一緒に一発で!!それに、硬いし、重いし、斬れるし!」


 「褒めてんのかそれ?」



 《肯定:当ユニットの構造強度、質量調整幅、演算能力は、全ユニット中トップクラス》


 「リクさんとも相棒同士って感じで、かっこいいですよね!セブンさん!」



 エナが勢いよく親指を立てると、セブンの鞘がほんの一瞬、わずかに震えた。

 それは、誰が見ても——ちょっとドヤってた。



 《現在、当ユニットのユーザーはリク・ミナセである。だが、第二の連携候補としての検討は可能》


 「なんでわざわざ三角関係みたいな言い方すんの!?」



 《補足:なお、ユーザーからの当ユニットに対する信頼指数も順調に上昇中》


 「……なんでお前、勝手にオレからの信頼ポイント積み上げてんだよ……」



 「でもでも、あたし……セブンさんの声、最初から好きでした!」



 「“好き”って……お前、告白みたいなテンションで言うな」


 「だって! 一番最初に“喋ってくれた”の、セブンさんだったんですよ?

 誰もあたしに声をかけてくれなかった頃に、ちゃんと……“言葉”をくれたんです」



その言葉に、セブンが静かに応じる。



 《記録照合完了。初回遭遇時、“ユニット解析。状態安定を確認。敵性行動なし”と発声している》


 「いや、それ完全に“診断音声”じゃん!」



 「でも、嬉しかったんです!」



 オレの腰にぶら下がってるセブンの鞘を、エナが嬉しそうに見つめる。


 ……と、その後ろで。


 「…………」



 アリスが、ブスッ……とした表情で黙っていた。


 腕を組み、ぷいっと視線を外しながら、やけに足音を荒くして歩いている。



 「……わたしだって、喋る構造はありますけど……?」


 

 ぽそっと、誰に聞かせるでもなく呟く。


 《補足:アリス・リドルの音声構成は対話演出用。主機能はワイヤーを展開しての立体起動補助》


 「……知ってます……」



 「そんな拗ねるなよ……」


 「拗ねてません」



 顔を見せないまま、ぐいっとリュックの紐を強く引いて、さらにぷいっと顔を逸らす。


 

 「……わたしにも、飛行と変形機能……付けられたりしませんかね……?」


 「絶対無理だ。お前は自分のワイヤーを信じろ」


 


 「…………ワイヤーは、地味です」


 そこまで言って、アリスはついにむくれ顔で前に出た。


 その背中が、“ひとりだけ”距離を取っていくのが、逆にちょっとかわいそうだった。



 「……ご、ごめんねアリスおねーちゃん…。あたし、嬉しくてつい……」


 「別に……怒ってません……けど……」



 ……明らかにめちゃくちゃ怒ってる。



 「ったく……仲いいんだか悪いんだか」


 リュックを背負い直して、俺はセブンの柄に手をかけた。



 そして——そのとき。

 


 「きゃあああああああっ!!!」



つぎの瞬間、警鐘がカンカンと響いた。

 


 「……今の、敵の報せか?」



 アリスが顔を上げ、スカートを押さえて駆け出す。



 「警報信号は敵襲時のパターン。市街地に、魔物が出現した可能性が高いです」


 

 「うわぁぁぁ!!」


 再び悲鳴。道をひとつ越えた辺りから。


 「……行こう。放っとく理由なんて、ないだろ!!」


 「あ、あたしも行きます!!」


 

 俺は、腰のセブンの柄に手をかけた。


 

 「いくぞ、相棒」


 《応答完了。出力調整フェーズ、即時展開可能》



 街での戦闘が、始まる。


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