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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部7話『銀の髪、鎧の乙女』
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第5幕『私は奥さんです!』


 買い物を終えた帰り道、宿の建物が見えてきたところで、違和感に気づいた。


 ……なんか、騒がしい。



 通りに面した、宿の1階。


 まさに、俺たちの部屋の窓のあたりに、なにやら妙な“群れ”ができていた。


 

 「……なあ、アレ」


 「男性個体が偏在してます。明確な目的を持っている様子」


 《観察:対象群は視線を一点に集中。推定:エナの視認を目的とした接近》


 

 ……なるほど、そういうことか。



 「オマエらぁぁぁあ!! 他人の部屋の窓に群がってんじゃねぇぇぇッ!!!

 散れ!!散れ--!!」


 

 俺の怒号で、男どもが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


  一人、立ち去り際にニヤニヤしながら振り返ってきたヤツがいた。



 「にいちゃん、良い趣味してんな〜」



 ——石を拾って投げた。


 ………当ててはいない。理性は保った。



 部屋に戻ると——


 

 「リクさん!!」



 ドアを開けた瞬間、ベッドの上で正座していたエナが、パッと顔を上げた。

 目にはうっすら涙が浮かび、ぷくっと頬をふくらませている。


 

 「ひどいです! あたしを置いて行くなんて!」


 「いや、あのな、アレは“仕方なく”ってやつでだな……」


 「だって、あたし——奥さんなのにっ!」


 「いやいやいやいや!? 待て待て待て、落ち着け! あんな男の言葉を真に受けなくていいから!」



 「違いますっ!」


 

 エナが立ち上がり、ぴょんっとベッドから降りて、真っ直ぐに俺の前へと詰め寄る。


 

 「違います! 本気でリクさんのお嫁さんになりたいんです!」


 

 ぐっと胸に手を当て、うるんだ目で見上げてくる。


 


 「……それに……」


 言葉に詰まり、少しだけ俯いて、指先をそっと合わせる。

 頬をほんのり染めながら、潤んだ瞳で俺を見上げてきた。



 「あの日……リクさんと初めて会ったとき。……あたし、初めてだったんです……男の人と…あんな…」



 目尻にうっすら涙の膜を張ったまま、きゅっと唇を結び、決意したようにキッと俺を見据える。



 「責任…とってください……!!」



 アリスが、ジトっとこちらをにらむ。



  「………“初めて”とは、どの文脈での初回を指しているのですか?」


 「いや乗っただけだらな!? 背中に!! そういう意味じゃないからな!? というか、オマエも見てただろうが!!」

 


 《警告:不適切ワード検出。誤解を招く発言により、情報の混乱が発生する恐れあり》



 セブンが、タイミングよく場を凍らせる。

 エナはちょこんと座り直して、うっとりと手を胸に当てながら語り始める。

 


 「あのとき……リクさんが……。最初に、そっと……あたしの背中に触れてくれて……」


 「足でな!オレ、足で踏ん張っただけな!」




 「それで……リクさん、囁いてくれたんです。“怖くないよ”って……」


 「言ってねぇよ!? ……いや?……え、言ったか俺?

 夢中で覚えてないけど、そういう意味じゃねぇし!?」




 「最初は……すっごく怖かったし……ちょっと痛かったけど……」


 「俺も怖かったんだよ!!!

 でも痛かったってのは、ゴメンなッ!?」


 


 「でも……だんだん、慣れてきて……

 それで……気づいたら……」


 

 顔をぽわっと赤く染めながら、両手でほっぺを包み込む。


  「まるで、体が浮かんでるみたいに、ふわふわして……。いつのまにか、すっごく……気持ちよくなってて……」


 「いや浮かんでたからな!? 実際に!」


 


 「そして最後には……リクさんが……黒くて、硬くて……逞しいのを……あたしの背中で……ッ」


 「セブンをそんな風に言うのやめろ!!」



 《補足:当ユニットは黒く、硬く、耐衝撃構造を有する。否定する必要性は低度》


 「やめろ! オマエを腰に下げるのがなんか嫌になるだろ!?」



 ふと横を見ると、アリスがこちらを見ていた。


 いつもの真顔……。なのに、どこか“じとっ”とした視線が刺さる。



 「……確認です。あれは“背中に乗せただけ”という情報で、間違いありませんね?」


 「そうだよ!! むしろ、今の話に間違えることができるタイミングなんざ一個もねぇだろ!!」


 「詳細な状況説明とタイムスタンプがあれば、判断可能かと。至急、記録の照合を……」


《了解。至急、映像ログと照合——》



 セブンがすぐに応答する。



 《照合完了。文脈上の“初体験”と一致する記録は存在しない》


 「あたりまえだ!!」


 

 《ただし、野営の際に、リク・ミナセはユニット・エナと“密着して睡眠”している記録が存在する》


 アリスが、"ヒュッ" と息をのんだ……。


 「ちょ、待て! あれはエナが勝手に背中に寄ってきて……いやいや、そもそもあのとき“剣”だったからな!? 全長180cmのブロードソード! いやらしさの“い”の字も無ぇからな!?」



 ——一通り叫びきって、俺はどっと力が抜けた。



 ……ダメだ。


 このままだと、話がどんどんおかしな方向に転がっていく。


 まずは、仕切り直しだ。



 「ほら、エナ。先に……これ、着てみろ」



 俺は、手に提げていた紙袋から、買ってきた服を取り出した。



 「兵士用の、動きやすいやつ……ってことで選んだけど。サイズ、よく分からなかったから、シャツもズボンも一番でかいやつ買ってきた」


 「えへへっ。ありがとうございますっ!」



 エナは嬉しそうに、ぱっと紙袋を受け取って——


 そのまま部屋の隅に移動すると、服を持ったまま一瞬こちらを見て、こてん、と首を傾げた。


 

 「……リクさん。見ててくれないんですか?」


 「見ねぇよ!? そこは自主規制しろ!!」


 

 ——そして、数分後。


 

 「……どうでしょうかっ?」



 着替えを終えたエナが、部屋の中央に現れた。


 シャツは一番大きいサイズのはずなのに、特に胸元がパツパツでボタンが危うい。


 ズボンも「胴回り」は余裕だったが、エナの足が長すぎて丈が足りず、足首が完全に露出してしまっている。


 

 だが——



 腰に巻いたマントが、ちょうどいい具合にシルエットを締めていて、妙に……いや、すごく様になっていた。


 薄いグレーを基調にした兵士服に、長い脚と銀の髪。

 シャツのパツパツさはさておいても、堂々と背を伸ばし、視線をまっすぐに向けるその様は、まさに誇り高き騎士。


 

 「かっけぇ……」



 少年心が、くすぐられた。


 「……なんか、姫騎士って感じだな」



 気づけば、自然にそんな言葉が漏れていた。



 「へへっ。リクさんにそう言ってもらえるなんて……うれしいですっ!」


 エナは、頬を染めながら、嬉しそうに笑った。


 エナがぽつりと呟いた。

 先ほどまでの勢いは鳴りを潜め、少しだけ伏せた目で、ぽつりぽつりと。


 

 「でも……リクさんと一緒に眠ったりしたのも、あたしにとっては、大切な時間だったんです」



 その声に、部屋の空気が少しだけ変わった。

 セブンも、アリスも、黙る。


 

 エナは、そっとベッドの端に腰を下ろした。


 そして——

 胸元をそっと握るように、両手を重ねながら、言葉を紡いだ。


 「最初にリクさんと出会ったとき……あたし、喋れなかったし、ただの剣として現れただけ……」



 「でも、リクさんは……怖がらなかった」


 ふ、と笑った。


 「ふわふわ浮いてる、目玉のついた巨大な剣なんて……普通、近づいてこないはずなのに。

 リクさんは、怖がらないで。普通に“話しかける”みたいに、声をかけてくれました」


 

 「それから……一緒に旅して。あたしが“ただの剣”じゃないって、ちゃんと見てくれた。

 “女の子”として扱ってくれて……気遣ってくれて……」


 

 エナの声が、少しだけ震えた。

 それでも、まっすぐに俺を見てくる。

 言葉を、止めない。


 

 「それが、嬉しかったんです」


 「ずっと、背中にいて。時々、ずり落ちそうになって。……でも、何回だって、リクさんが受け止めてくれた」


 「その背中、逞しくて……あったかくて……ずっと、安心できた」


 

 そして、静かに。



 「だから、あたし……リクさんが好きになりました」


 息を呑んだ。


 からかいじゃない。

 目の前のその子は、ただまっすぐに、自分の“心”を言葉にしている。



 見た目がどうとか、構造がどうとか。

 そういうの全部ひっくるめて。


 今、この瞬間の彼女は、ちゃんと“恋する女の子”だった。


 ……とりあえず。

 やっぱ、コイツ——なんかかわいいな。


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