第4幕『露出過多、街を歩く』
床の上に静かに降りたブレードが、すこしだけ浮かび上がり、
部屋の中央へと、ゆっくり滑るように移動して……その場で、ピタリと止まった。
宿の部屋に、ピシッと小さな音が走る。
刀身が完全に分解し、空中に浮かんだ無数のパーツが、光をまとって再構成を始める。
《警告:構造変化開始。ユニット“LC-12・エナ”、状態異常》
セブンが警告する。
これ……ヤバいやつじゃないのか?
大丈夫なのか、エナ……?
いや、昨日も今日も、もう十分いろんなこと起きすぎだろ。
そりゃ俺たちの旅には、多少のトラブルは付き物だって分かってたけど……
これ、“分解”ってレベルじゃねぇぞ!?
なんか、溶けて解体されてるみたいな、そんな感じで——
——そして、その光の中に、何かが生まれ始めた。
分解された刀身や鍔のパーツが宙を舞い、
その中心に、ぽうっとライムグリーンの光が灯る。
最初はぼんやりとした塊だったけど……そこから、四方へ光が伸びていく。
触手みたいに、ゆっくり、滑らかに。
でもその軌道は、どこか……人の手足に似ていた。
まるで、誰かの“輪郭”をなぞるように、光が形を取っていく。
やがて、その中心に——立っていた。
……いや、まだ“誰か”とは呼べなかった。ただの光の影。
だけど、その輪郭が、あまりにも“人”のそれ。
気づけば、分解されていたパーツたちが、静かにそこへ集まり出していた。
光の身体の上に、ひとつ、またひとつ、ゆっくりと装甲が重なっていく。
黒を基調とした装甲が、外殻のように滑らかに重なる。
表面には、ライムグリーンの術式回路が細く走っていて、装着されるたびにふっと脈打つように光った。
胸に、肩に、腕に、脚に——パーツが吸い寄せられるたびに、“それ”は人の姿へと近づいていった。
構造が完成するたびに、見た目の“女の子らしさ”が際立っていく。
鎧。引き締まった体格。そして——長く流れる、銀の髪。
ふわりと空中で浮かび上がったその糸が、
何本ものラインに分かれて、勝手にシュルシュルと編まれていく。
肩でそっと揺れる、三つ編み。
そこでようやく、目の前の姿が“完成”した。
「…………おい」
気づけば声が出てた。
目の前に立っていたのは——どう見ても“女の子の姿をした何か”だった。
でかい。華奢って感じじゃない。明らかに大柄で、しかも鎧姿。
だけど、動きはしなやかで、髪は柔らかそうで……
いやいやいや、そんなことよりも問題はそこじゃない。
全然別のところに意識が引っ張られていく。
装甲が。鎧が。圧倒的に——足りてない。
「……なんで、裸の上に鎧だけなんだよッ!!」
下乳。
露出。
下乳!!!
エナ……と言って良いだろうか。
彼女の装備は、どう見ても戦闘用の重装鎧だった。が。
それは、「上半身に申し訳程度にプレートを乗せただけ」と言っても過言ではない。
冷たそうなプレートの下には、直に素肌…と言うか胸……と言うかデカい。そして、これ以上ないくらい綺麗に下乳がはみ出している。
腰のあたりは完全に布がなく、おへそが思い切り晒されていた。
下半身も鎧というには心もとないスリット装甲で、太ももからヒップラインまで、完全に剥き出し。
「……いや、あのなエナ?」
「はいっ!どうしましたか、リクさん!」
「……うおっ!? 喋った!?」
初めて発せられた“声”は、あまりにも自然で、元気すぎて。
思わず二度見した。
しかし、どう考えてもその格好で街に出たら捕まるやつだ。
「……えーと、セブン、確認。これは本当に……その、標準装備?」
《構造分析:……ユニット・エナの人型運用形態における初期装備と推察。
構造上、防御効率と稼働範囲を最優先しているため、布地の要素は省略されている》
「布地省略すんなや!!文明の尊厳だぞそれは!!」
「その格好、やばいだろ!? お前、自分の姿見えてるか!?」
「はい! これでもう、一緒に街を歩いても大丈夫です! さあ行きましょうっ!」
「え、ちょ、ちょ待て、手引っ張るなって!おいおいおいおい!!」
ぐいぐいと手を引かれ、気づけば扉を開けられていた。
……いや?
でもまぁ、RPG的な世界観ってこういう格好、意外と普通だし。ワンチャン大丈夫なのか?
その考えは——三歩で粉砕された。
街の通りに出た瞬間——わかりやすく、空気が変わった。
男たちの視線が、集中砲火のようにエナに刺さる。
ガン見。
ダブルガン見。
三度見からの、タラリと鼻血。
挙げ句の果てに、道の反対側を歩いていたオッサンが柱に思いっきり頭をぶつけて「グホァッ!!」と倒れた。
「……やっぱダメだこれぇええ!!」
アリスも少し遅れて顔を出し、街を一望してから呟く。
「……これは、統計的に“痴女”と判定される服装です」
「判定されるんじゃねぇ!!エナ戻るぞ!!」
「えっ!? でも……お出かけ……あたしも……っ」
エナがしょんぼりする。
だが、こちらも命……いや人としての尊厳がかかってるのだ。
「このままだと、通報されて拘束されるかもしれん!」
《補足:ユニット・エナの防御性能では、市街戦における住民保護の信用が著しく低下する恐れがある》
「お前も遠回しに“アウト”って言ってるじゃねぇか!」
というわけで——
宿に戻った我々一行は、真剣に議論した結果、「まずは服を買おう」という当たり前の結論に至ったのだった。
「で……エナ、オマエ人間の姿になれたのか?」
「はい!! 頑張りました!!」
いや、聞きたいのは努力値じゃない。
……めちゃくちゃ誇らしげに言うけど、お前のその努力は、たぶんベクトルがちょっとだけズレてるぞ……。
本当は色々と聞きたいこともある。
なんで喋れるのかとか、なんで人型になれたのかとか。
そもそもお前の“本体”って何なんだ、とか。
けど——
「……まずは服だ。話はそれからだ」
目の前で、こんなもんチラチラされながら落ち着いて話ができるほど、俺は悟ってない。
あの下乳、あのへそ、あの太もも——視界に入るたびに脳がバグる。
頼むから、布を寄越してくれ。
「じゃ、俺とアリスとセブンで見繕ってくるから、お前は……その、部屋で待っててくれ」
「……うう……はい、わかりました……」
エナは部屋の隅で膝を抱えて小さくなっていた。
その背中が、めちゃくちゃ切なそうだった。
「……あたし、リクさんのお嫁さんなのに……」
「聞こえてるからな!? 後でゆっくり話すからな!?」




