第3幕『街道と、分解と、少女の背』
オレは今、次の街に向かって街道を歩いている。
腰にはセブンを提げて、背中には——ドカン!!と、エナを括りつけて。
昨日まで背負っていたリュックは、今はアリスが黙って持ってくれている。助かるけど、ちょっと申し訳ない。
朝の空気はひんやりとして澄んでいて、遠くで鳥の声がした。
踏みしめる土の感触と、草の葉に揺れる露の光——どこまでも長閑で、昨日の命を懸けた戦いが嘘みたいだ。
ルーメルの宿屋は、昨夜遅くに謎のゴーレム集団に襲撃——いや、“修繕”された。
宿のオヤジが叫びながら止めてたけど、連中は構わず壁を剥がして床板を交換し、もはや改築に近かった。
——あれはもう、確実にアイツの仕業だ。
ゴーレムたちは、最後になぜか見たこともない携帯ゲーム機を、全室の卓上にそっと置いていった。
ボタンがやたら多くて、縦持ちなのか、横持ちなのかすらわからねぇ。
しかもソフトは"グンペイ"と書かれた一本だけ。
操作方法もルールも謎のまま、とりあえず触ってみたら、オレですら開始3秒で死んだ。
この世界の住人にクリアできるわけがねぇ。絶対に。
それでもまあ、後腐れなく送り出してくれたのはありがたかった。
アリスにも、あの男のことを聞いてみた。
そしたら、ほんの少し間を置いてから、少しだけ言いにくそうに答えた。
「——あの男についての明確な記録はありません。しかし、自分は『試作ゴーレム群A.Li.C.Eシリーズ3番機・兵装制御補助端末』であると、メモリに記録されています」
「認めたく無い……認めたくは無いですが、状況からして、あの男が製作者の可能性は高いです。認めたく無いですが」
いつもの機械的な口調だったが、「認めたくない」と三回繰り返したのが印象的だった。
旅の目的を尋ねた時、アリスは少しだけ俯いて、言いにくそうにしていた。
だから、それ以上は聞かなかった。
——そんなことを思い出しながら、エナに話しかける。
「……いや、マジで嵩張るなオマエ……」
エナが背中で、ごそっと動いたのが伝わってきた。
落ちないように、慌てて手を添える。
エナは喋れないが、動きや目線での感情表現がやたらうまい。
人目のない道ではぴょこぴょこ自由に飛び回ってて、なんというか……すげぇ懐かれてる。
アリスにも懐いてるし、オレには……ちょっと甘えすぎなくらいだ。
……まあ、ちょっとだけ、嬉しい。
《ユニット:エナは自立浮遊中。ユーザーの重量負荷は理論上ゼロ》
「重さじゃねぇって……どデカいサンタバルーン、背中に括りつけて歩いてんのと一緒だよ…」
アリスが、いつもの無表情で淡々と口にする。
「エナは自立浮遊しています。背負う必要性は……ありませんよね?」
「あるわ!!
街中で常時フヨフヨ浮いてる巨大ブロードソードとか見たことねぇだろ!
マグニートーだって、スーパーのレジ並ぶ時は地に足つけるんだよ!」
エナは返事をしない。
というか、喋れない。でも。
ふわ、とオレの背中で位置を調整するように浮き直す。——というか、何か「すり寄る」ような動きをする。
「……お前、もしかして機嫌悪くなった?」
返事はない。けど、エナの“目”がちょっと潤んでるように見えた。
え、うそ、マジで?剣の目玉で感情表現するなよ!?こっちが悪い気してくるだろ!
「……いや、すまん。助かってるよ、マジで。お前がいてくれて。ありがとうな」
しばらくして、エナの重さが微かに軽くなった気がした。
たぶん、満足げ。たぶん。
……それにしても。
セブン、アリス、エナ。
戦力は四人(?)に増えた。けど、問題はこっからだ。
「なあ、セブン。俺たちって、今どこまで戦えると思う?」
《評価:条件付きで“対幹部級対応可能”。ただし、成功率には個体差と相性の影響が大》
昨日の戦いを思い出す。
確かに、戦法としてはかなり手応えがあった。
基本はパルクールで立ち回ってのセブン斬撃。
刃が通らなきゃ切れ味を落として棍棒モード。
素早い敵にはアリスのワイヤーで高速移動と足場補助。
空中戦はエナを足場に浮遊。
……最後の奥の手は、セブンの超質量爆撃。
「……そこそこやれそうではあるんだよな。今んとこは」
《補足:対カイザは属性・戦法とも相性良好だった。過信は禁物》
「……知ってるよ。だから不安なんだっての」
街道の先には、次の街が見えてきた。
鉄と油の匂い。
遠くから聞こえる、荷車の軋みと、訓練の掛け声。
店の軒先には鎧姿の客が並び、商人たちは無言で品を並べていた。
通りを歩く住人たちも足早で、目を合わせずにすれ違う。
掲示板には“招集命令”や“物資の配給告知”が張り出され、破れた端が風に揺れていた。
鉄と油の匂い。
遠くから聞こえる、荷車の軋みと、訓練の掛け声。
風に乗って仄かに運ばれてくる、血と薬草の混じった匂い——
「……戦場の“影”って感じだな、ここ」
アリスがぽつりと呟く。
「……街なのに、誰も笑ってません」
《状況整理:この都市は兵站と民間生活が混在。戦線維持のために、住民にも相応の覚悟が求められている》
宿に着くと、まず最初にオレの口から出たのは——
「……にしても、やっぱデカいな。背中にいると、こう……存在感がすげぇ」
部屋の入口をギリギリで通って、ようやく背中から下ろした剣。
いくら浮いてても、このサイズは地味にストレスだ。
《同意:全長180cm・外装フレーム厚18cm・左右スリット含めた投影面積、およそ棺桶一基分》
「認識補足:民間空間における搬送物としては、取り回しが悪すぎる傾向にあります」
エナが、びくっ、と震えた。
それから、わずかに浮いたまま、しゅん……と沈む。
あの巨大なブレードが、気まずそうにしょぼんとする絵面が、じわじわと来る。
セブンとアリスが、ふたりでオレを責め始める。
《ユーザーの非推奨発言を確認:対象の感情を害した可能性。撤回が妥当と判断》
「リク。先程の発言は、友好的関係の維持においてマイナス評価です。……今後は、語彙選択の最適化を検討してください」
「いや、え、違う違うエナ! その、カッコいいし、頼りにもしてるし!
ただこう……ちょっとだけ、ちょっとだけこう、背中がこう、ドーンとね!?な!?」
エナはウルウルと赤い瞳(?)を揺らしながら、ぷいっと視線を逸らす。
「……あとオマエら! 俺が最初に口滑らせたのは確かだけどさ!?
俺だけが悪いみたいな空気出すのやめて!? 棚の上に住んでんのか、オマエらは!」
エナは、床にちょこんと鎮座していた。
その“目”が、うるうると潤んでるように見えた。
「やべぇ……完全に傷つけた……。なんか、うっかり、悪いこと言っちまったな……」
見た目は不気味な目玉つきのブロードソードなのに。
なんて言うか……こいつ、かわいいな。
——すると。
エナの“目”が、こちらをじっと見返した。
揺れていた赤い光点が、ふいに、すっ……と真っ直ぐに静止する。
そして、何かを決めたように、ゆっくりと前に滑り出た。
「……エナ?」
床の上を、すこしだけ浮いたまま中央へ移動すると、
その場で止まり、わずかに角度を変えた。
ブレードの側面が淡く緑色の光を帯びる。
細いスリットから、静かに光の粒が漏れ出す。
パーツの継ぎ目に、わずかな浮遊域が生まれ、
まるで呼吸するように、全体が“分解”を始めた。
「え、ちょ、なに?どうした?」
刀身のパーツが、ゆっくりと浮き上がるように分解されていく。
ブレード、鍔、柄……内部構造のようなものが、光に包まれ、溶けていくような演出。
《警告:構造変化開始。ユニット“LC-12・エナ”、状態異常》
「ちょ、ちょっと待って!?おいおい、何始まってんだよ!?」
「アリス、止められないのか!?」
「制御コードへのアクセスはできません。……ですが、嫌な予感がします。これは……あの男の設計思想に酷似しています」
「またかよ!!」
オレは思わず身構える。
目の前で、エナが、何か別の“何か”に——変わろうとしていた。




