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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部7話『銀の髪、鎧の乙女』
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第3幕『街道と、分解と、少女の背』

 オレは今、次の街に向かって街道を歩いている。



 腰にはセブンを提げて、背中には——ドカン!!と、エナを括りつけて。


 昨日まで背負っていたリュックは、今はアリスが黙って持ってくれている。助かるけど、ちょっと申し訳ない。



 朝の空気はひんやりとして澄んでいて、遠くで鳥の声がした。

 踏みしめる土の感触と、草の葉に揺れる露の光——どこまでも長閑で、昨日の命を懸けた戦いが嘘みたいだ。




 ルーメルの宿屋は、昨夜遅くに謎のゴーレム集団に襲撃——いや、“修繕”された。


 宿のオヤジが叫びながら止めてたけど、連中は構わず壁を剥がして床板を交換し、もはや改築に近かった。


 ——あれはもう、確実にアイツの仕業だ。



 ゴーレムたちは、最後になぜか見たこともない携帯ゲーム機を、全室の卓上にそっと置いていった。


 ボタンがやたら多くて、縦持ちなのか、横持ちなのかすらわからねぇ。


 しかもソフトは"グンペイ"と書かれた一本だけ。


  挿絵(By みてみん)


 操作方法もルールも謎のまま、とりあえず触ってみたら、オレですら開始3秒で死んだ。


 この世界の住人にクリアできるわけがねぇ。絶対に。



 それでもまあ、後腐れなく送り出してくれたのはありがたかった。

 



 アリスにも、あの男のことを聞いてみた。


 そしたら、ほんの少し間を置いてから、少しだけ言いにくそうに答えた。


 「——あの男についての明確な記録はありません。しかし、自分は『試作ゴーレム群A.Li.C.Eシリーズ3番機・兵装制御補助端末』であると、メモリに記録されています」


 「認めたく無い……認めたくは無いですが、状況からして、あの男が製作者の可能性は高いです。認めたく無いですが」


 いつもの機械的な口調だったが、「認めたくない」と三回繰り返したのが印象的だった。



 旅の目的を尋ねた時、アリスは少しだけ俯いて、言いにくそうにしていた。

 だから、それ以上は聞かなかった。




 ——そんなことを思い出しながら、エナに話しかける。



 「……いや、マジで嵩張るなオマエ……」



 エナが背中で、ごそっと動いたのが伝わってきた。

 落ちないように、慌てて手を添える。


 

 エナは喋れないが、動きや目線での感情表現がやたらうまい。

 人目のない道ではぴょこぴょこ自由に飛び回ってて、なんというか……すげぇ懐かれてる。

 

 アリスにも懐いてるし、オレには……ちょっと甘えすぎなくらいだ。


 ……まあ、ちょっとだけ、嬉しい。



 《ユニット:エナは自立浮遊中。ユーザーの重量負荷は理論上ゼロ》


 「重さじゃねぇって……どデカいサンタバルーン、背中に括りつけて歩いてんのと一緒だよ…」



 アリスが、いつもの無表情で淡々と口にする。


「エナは自立浮遊しています。背負う必要性は……ありませんよね?」


「あるわ!! 

 街中で常時フヨフヨ浮いてる巨大ブロードソードとか見たことねぇだろ!

 マグニートーだって、スーパーのレジ並ぶ時は地に足つけるんだよ!」



 エナは返事をしない。

 というか、喋れない。でも。


 ふわ、とオレの背中で位置を調整するように浮き直す。——というか、何か「すり寄る」ような動きをする。


 

 「……お前、もしかして機嫌悪くなった?」



 返事はない。けど、エナの“目”がちょっと潤んでるように見えた。


 え、うそ、マジで?剣の目玉で感情表現するなよ!?こっちが悪い気してくるだろ!



 「……いや、すまん。助かってるよ、マジで。お前がいてくれて。ありがとうな」


 しばらくして、エナの重さが微かに軽くなった気がした。

 たぶん、満足げ。たぶん。


 


 ……それにしても。


 

 セブン、アリス、エナ。

 戦力は四人(?)に増えた。けど、問題はこっからだ。


 


 「なあ、セブン。俺たちって、今どこまで戦えると思う?」


 《評価:条件付きで“対幹部級対応可能”。ただし、成功率には個体差と相性の影響が大》



 昨日の戦いを思い出す。

 確かに、戦法としてはかなり手応えがあった。



 基本はパルクールで立ち回ってのセブン斬撃。

 刃が通らなきゃ切れ味を落として棍棒モード。

 素早い敵にはアリスのワイヤーで高速移動と足場補助。

 空中戦はエナを足場に浮遊。


 ……最後の奥の手は、セブンの超質量爆撃。



 「……そこそこやれそうではあるんだよな。今んとこは」


 《補足:対カイザは属性・戦法とも相性良好だった。過信は禁物》


 「……知ってるよ。だから不安なんだっての」


 


 街道の先には、次の街が見えてきた。


 鉄と油の匂い。

 遠くから聞こえる、荷車の軋みと、訓練の掛け声。



 店の軒先には鎧姿の客が並び、商人たちは無言で品を並べていた。

 通りを歩く住人たちも足早で、目を合わせずにすれ違う。

 掲示板には“招集命令”や“物資の配給告知”が張り出され、破れた端が風に揺れていた。


 

 鉄と油の匂い。

 遠くから聞こえる、荷車の軋みと、訓練の掛け声。

 風に乗って仄かに運ばれてくる、血と薬草の混じった匂い——


 


 「……戦場の“影”って感じだな、ここ」


 アリスがぽつりと呟く。


 「……街なのに、誰も笑ってません」

 


 《状況整理:この都市は兵站と民間生活が混在。戦線維持のために、住民にも相応の覚悟が求められている》


 


 宿に着くと、まず最初にオレの口から出たのは——


 

 「……にしても、やっぱデカいな。背中にいると、こう……存在感がすげぇ」



 部屋の入口をギリギリで通って、ようやく背中から下ろした剣。

 いくら浮いてても、このサイズは地味にストレスだ。



 《同意:全長180cm・外装フレーム厚18cm・左右スリット含めた投影面積、およそ棺桶一基分》


 「認識補足:民間空間における搬送物としては、取り回しが悪すぎる傾向にあります」



 エナが、びくっ、と震えた。


 それから、わずかに浮いたまま、しゅん……と沈む。

 

 あの巨大なブレードが、気まずそうにしょぼんとする絵面が、じわじわと来る。



 セブンとアリスが、ふたりでオレを責め始める。


 《ユーザーの非推奨発言を確認:対象の感情を害した可能性。撤回が妥当と判断》


 「リク。先程の発言は、友好的関係の維持においてマイナス評価です。……今後は、語彙選択の最適化を検討してください」



 「いや、え、違う違うエナ! その、カッコいいし、頼りにもしてるし!

 ただこう……ちょっとだけ、ちょっとだけこう、背中がこう、ドーンとね!?な!?」


 エナはウルウルと赤い瞳(?)を揺らしながら、ぷいっと視線を逸らす。



 「……あとオマエら! 俺が最初に口滑らせたのは確かだけどさ!?

 俺だけが悪いみたいな空気出すのやめて!? 棚の上に住んでんのか、オマエらは!」


 

 エナは、床にちょこんと鎮座していた。

 その“目”が、うるうると潤んでるように見えた。


 

 「やべぇ……完全に傷つけた……。なんか、うっかり、悪いこと言っちまったな……」


 見た目は不気味な目玉つきのブロードソードなのに。

 なんて言うか……こいつ、かわいいな。



 ——すると。


 エナの“目”が、こちらをじっと見返した。

 揺れていた赤い光点が、ふいに、すっ……と真っ直ぐに静止する。


 そして、何かを決めたように、ゆっくりと前に滑り出た。


 「……エナ?」


 床の上を、すこしだけ浮いたまま中央へ移動すると、

 その場で止まり、わずかに角度を変えた。


 ブレードの側面が淡く緑色の光を帯びる。


 細いスリットから、静かに光の粒が漏れ出す。

 パーツの継ぎ目に、わずかな浮遊域が生まれ、

 まるで呼吸するように、全体が“分解”を始めた。



 「え、ちょ、なに?どうした?」



 刀身のパーツが、ゆっくりと浮き上がるように分解されていく。

 ブレード、鍔、柄……内部構造のようなものが、光に包まれ、溶けていくような演出。



 《警告:構造変化開始。ユニット“LC-12・エナ”、状態異常》


 「ちょ、ちょっと待って!?おいおい、何始まってんだよ!?」




 「アリス、止められないのか!?」


 「制御コードへのアクセスはできません。……ですが、嫌な予感がします。これは……あの男の設計思想に酷似しています」


 「またかよ!!」



 オレは思わず身構える。

 目の前で、エナが、何か別の“何か”に——変わろうとしていた。


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