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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部7話『銀の髪、鎧の乙女』
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第2幕『帰還と、父の退場』


 ぎゅぅぅぅぅぅんっ!!



 ——空間がねじれたかと思えば、視界がぐるりと裏返った。


 次の瞬間、足元がぴたりと止まり、ふわりと重力が戻ってくる。

 


 俺は、転がるように床に落ちた。


 「っっ……いてててて!!」


 

 木の床。漆喰の壁。少し埃っぽいけど、ちゃんとした建物の中。


 見覚えのあるレイアウト。いや、これって——


 「ここ……ルーメルの宿じゃねぇか!?」


 

 体を起こすと、アリスが無言で横に立っていた。

 ワイヤーは展開していない。転送は成功してたらしい。


 セブンも、すでに鞘の中から確認応答。


 《状況確認。宿屋“ホワイトベル”の302号室。座標精度99.8%》


 「いや精度高ぇな!?」


 

 ベッドの上に、もうひとり浮いていた。


 ——エナだった。


 ふわふわと体勢を整えながら、無表情で俺を見下ろしてくる。


 ……あ、無表情だけど、ちょっとだけ目がキラついてる。こいつ、たぶん楽しかったなさっきの空中戦。


 

 そして、部屋の隅には——


 

 「ふむ。計算通りの着地だな」


 白衣の男が、勝手に座ってお茶を飲んでいた。

 いつの間に。というか、ティーカップいつ出した。



 「勝手にお茶してんじゃねぇ!」


 「落ち着きたまえ。激しい戦闘後は水分補給が重要なのだ」


 

 そう言って、彼は立ち上がる。


 腕時計のような端末に数回触れ、何かを設定しているようだった。



 「……お前、ほんと何者なんだよ」


 古代兵器であるセブンの構造を理解し、改造までやってのけ、妙に"向こうの世界"について詳しい。

 

 それに、あきらかに人間とは思えないアリスやエナを"娘"とか言ってることも——



 それを問いかけると、アイツはふっと振り返り…。


 「何者、か……」


 「嫡出子であれ非嫡出子であれ、婚姻関係の成立によって自動的に親族関係が生じる——私は、君の配偶者の父。つまり、民法上の義理の父だよ」


 「違うそうじゃねええええ!!」


 オレは全力で叫んだ。



 「さて、私はそろそろ行こうか」


 「えっ、帰るの?」


 「他の娘との約束があってね。

 それに、新婚旅行に新婦の父が同行し、初夜そっちのけで"義息子君、義父との絆を深めるために酒でも——"とか言い出した暁には……。

 ふふ、夫婦仲も父性も、爆発四散するのだよ」


 「そもそも結婚してねぇからな!?あと“初夜”とか生々しいからやめろ!!」


 《補足:当該人物のこれまでの行動分析より、"娘との約束"との発言に当ユニットは懐疑的》



 アリスが無表情のまま、こちらをチラチラと見る。


 エナの中央の巨大な目が、オレに斜めに目線を向けて、なんかモジモジしている。


 「オマエらはオレをチラ見すんな!こっちは気まずいんだよ!!」



 「ふむ……なるほど、やはり、娘たちとの“初夜”を警戒しているのだな?」


 白衣の男は、無駄に神妙な顔でうなずいていた。



 「安心したまえ。“どちらから順番に”とか悩まず、いっそ3人で——」


 「その台詞、それ以上続けたら“遺言”にするからな!」


 

 白衣の男は気にも留めず……。


 「では、諸君。健闘を祈る。

 何かあれば——そのポータルで呼びたまえ。たぶん無視するが」


 「するな!!」



 ぎゅぅぅん、と再び空間がねじれた。

 今度は彼だけが、その渦に吸い込まれる。


 

 去り際に、捨て台詞を残した。


 「娘との多少アブノーマルなプレイも、私の父性は寛容に許容するつもりだ。

 新婚生活を逐一モニタリングするなどという無粋な真似は……しない。たぶん」


 「その“たぶん”をやめろッ!!

 オレはノーマル!……じゃなくて、そもそも新婚生活なんて最初から存在してねぇからな!!」

 


 ——バシュッ。


 空間が閉じ、白衣の男は煙のように消えた。



 ようやく、部屋に静けさが戻る。


 俺は、その場にへたり込んだ。


 

 アリスが黙って水差しを差し出す。

 セブンがいつもより軽くなった。

 エナが俺の顔を覗き込みながら、なぜか頭をポンポンしてきた。


 「……はぁ」


 

 「なんなんだよ、あの人……」


 俺は、息を吐いた。


 この先に何があるのかはわからない。

 でも、少なくとも——



 “今だけは”、


 静かな時間に感謝していい気がした。


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