第8幕『落着』
風を裂く音が耳を刺す。
俺は今、空を飛んでいる。
剣に乗って。
「……なんで、こんなことになってんだ俺」
半泣きでつぶやきながら、眼球のついた剣——エナの背を必死に踏ん張っていた。
まるで、スノボ。
空中を、波打つように滑っている。
……いや、滑るってレベルじゃねぇ。浮きつつ斜めにぶっ飛んでる。
「とりあえず落とすなよ……!落ちたら終わりだかんな!」
そんな俺の声に、返事はない。
だが、エナは確かに応えてくれていた。
リズムを合わせれば、進行方向がピタッと一致する。
バランスを崩せば、軌道を直してくれる。
少しずつ、呼吸が合ってくるのが分かる。
「セブン、目、貸してくれ!」
《Trajectory scan:敵性体、右上空より接近》
「来るッ!」
カイザ=ヴェルレクが、右上空から滑空してきた。
彼の翼が赤い光をまとうと、空間ごと圧縮されたような衝撃波が走る。
でも——当たらない。
「今だ、エナ!急上昇!」
カイザの斬撃が空を裂く直前に、俺たちはすれ違う。
そのまま、俺はセブンを振るって反撃に出るが——
「ちっ、速ぇなあいつ!」
手応えはない。
間一髪、翼を畳んで後方に退いたカイザは、くるりと宙返りして距離を取っている。
「なるほど、小さい的には少々手こずる……」
彼が、忌々しそうにこちらを睨んでいる。
でも、それは“見切られてる”証拠でもある。
このままじゃ——決め手がねぇ。
と、思ったその時だった。
「いいだろう……認めてやるよ。空の上での貴様は、少しだけマシだ」
カイザは、ふっと笑い。
そのまま、地面へと滑空していった。
何をする気だ……?
次の瞬間、地面に立った彼の身体が、紅い光をまとって変形していく。
骨が伸び、皮膚が裂け、翼が四肢になり……
血のような蒸気を噴きながら、背骨が軋む音が空気を裂いた
そこに現れたのは——
「……おいおい……ドラゴン……!?」
四つ足の、全長50メートルはある真紅の龍。
炎を喉奥で唸らせ、爪が地面を引き裂いている。
《脅威レベル上昇。退却を推奨》
「いや、いまさら戻れねぇって!
……でもまあ…これって……」
ドラゴンとなったカイザが、頭を擡げ、勝ち誇ったように咆哮した。
「これが本来の姿だ、虫ケラども。
貴様らの地べたでは、この空の王には届かぬ。
だが私は——地上すらも、統べる者!」
……あー、はいはい。
俺はふぅ、とひと息つき、肩の力を抜いた。
「……はー、やっと終わった……」
カイザの目が、ピクリと動いた。
「……ほう、潔く諦めたか。
無理もない、この巨躯と力を前に、貴様の覚悟など塵に等しい。
諦めて眠れ、小さき者よ——この爆炎は、さきほどの比ではないぞ?」
俺は、ゆるりとエナの背から、巨大な竜の頭部に向かって、セブンを、まるで紙切れのようにポイッと放り投げる。
にっこりと、笑った。
「セブン、いい感じに重くなって。切れ味は、最低で良いや」
セブンは、まるで羽根のように軽やかに。
カイザの頭めがけて、ゆっくり落ちていく。
「……それがどうした。我が鱗は地上最硬、その硬度は魔王様の鎧すら凌ぐ。いくらその剣が鋭くとも——」
《Mass channel: OVERDRIVE / LIMIT SAFE》
セブンはそのまま、まっすぐ静かに——落ちていく。
アイツはその意味に、まだ気づかない。
首を傾げ、鼻で笑っていた。
——トン。
セブンが横向きに、カイザの頭頂に、そっと触れた。
次の瞬間——
メキメキメキメキ!
「んがっ!ぬおおお!」
カイザが、何の抵抗もなく首を垂れる。
ズガアアアアアアアン!!!!
地響き。
地鳴り。
断層のように裂ける大地。
爆風。
空中にいた俺は、エナが反射的に風の流れを読み取り、ひらりと急旋回していた。
地上には、大きなクレーター。
その中心には、埋もれるように横たわる巨大な赤い竜の死骸。
頭部は、砕け散り、もはや跡形もない。
中心に、ぽつんと突き立った——一本の剣。
《Impact confirmed. Estimated force:1,325.62tons TNT》
セブンのシステム音声が、静かに報告してくる。
「セブン、教えといてやるよ……」
「“ちょうどいい”ってのは、住宅街に落としてギリ苦情が来ないレベルだ!!
お前のはもはや、宇宙航空研究開発機構案件だッ!!」
風が吹いた。
誰も動かない。
誰も、言葉を発せない。
——俺はまだ、この世界のルールを全部知らない。
でも。
質量ってのは、時に、理屈より重い。
「すげーよセブン……うん、すごい。
でも次からは、もうちょい考えろよ?」
俺は、そうつぶやいて。
ゆっくりと、エナの背から降り立った。




