第7幕『空に届く剣、そして翼をくれた者』
焦げた風が吹いていた。
焼けた大地、崩れた壁、倒れた兵士。
煙の中で、まだ生きている者たちだけが、黙って空を見上げていた。
そこに——浮かんでいた。
赤い影。
黒い翼を、空の風にたゆたわせ、
下半身は爬虫のような鱗に覆われ、しなる尾を持つ。
上半身は人のようでいて、首筋から覗く紅玉のような鱗が、光をはじいていた。
その男は、宙にいた。
まるで、空そのものが彼の居場所だと言わんばかりに、静かに笑っていた。
「……ふむ。これが、地上の限界か」
声は、澄んでいた。
けれど、底に鋼の響きを孕んでいる。
「名乗ってやろう。光栄に思え。
我が名は、“カイザ=ヴェルレク・イクルド”」
「魔王軍、空翼戦団・第二階梯指揮官。
そして、空の王を継ぐ者——この空域における、おまえたちの死だ」
その言葉と同時に、王国軍の魔導部隊が動いた。
「距離、210!高度、軌道修正完了!──撃て!」
数十の魔力砲が、空を裂いた。
緑と青の光が交差し、
雷のように、半龍の男に襲いかかる。
——だが。
カイザは、笑った。
「無知というのは、幸せだな」
翼を一振り。
空気がねじれ、
砲撃が、まるで紙のように弾かれ、溶けて、消えた。
その直後、衝撃波。
地面が割れ、兵士たちが吹き飛び、
魔導部隊の一部が瓦礫の下敷きになった。
「っ……!」
オレは、歯を食いしばる。
何も、できなかった。
さっきと同じだ。
また——守れなかった。
「……クソっ!!」
オレの拳が、地面を叩いた。
空を飛んでるあいつに、手が届かない。
どうにも、ならない。
「……くそっ……あいつ、空から見下ろして……」
「ふむ、少し手こずりそうな相手か」
白衣の男の声がした。
「私の“シュタインロート”で蒸発させてもいいが、
あの手の姿の相手には、少々トラウマがあってね」
彼は笑っていた。余裕の顔。
そして、懐からひとつ、転送装置を取り出す。
「だが、いい機会だ。ミナセくん——君に翼を授けよう」
空間が、ひずんだ。
光が走り、風がうなる。
そして現れたのは——
浮かぶ剣だった。
いや、剣“だけ”ではない。
両刃の大剣のブレード。黒い刀身に、ライムグリーンに光る無数の術式回路。
柄の部分には、黒くぬめったような装甲。
そして、鍔の中央。
そこには、大きな、眼球がひとつ。
爛々と、こっちを睨んでいた。
「っ……!」
次の瞬間。
ズバァッ!!
その剣が、光のように突進した。
狙いは——白衣の男の首。
「おっと、危ない」
ひらり、と彼は身を翻す。
斬撃が空を裂き、宿の屋根が真っ二つに崩れ落ちた。
それでも、彼は冷静だった。
「彼女は、我が娘。LC-12、エナ」
「見ての通りだ」
エナは浮いていた。
無言で、じっとオレを見ている。
いや、目の前の“全員”を、敵かどうか測ってるようだった。
「君なら……意味が、わかるだろう?」
オレは、目を見開いた。
エナが、ふっとオレの目の前まで降りてきた。
ブレードの背中側に、足場がある。
あれに乗れってことか。
「よし……!」
エナの背に飛び乗る。
その瞬間、重力が逆転したような浮遊感。
でも、不思議と落ちる気はしなかった。
エナは、受け入れてくれた。
たぶん。
「では、行ってこい」
白衣の男が手を振る。
「……平等に愛すると誓うなら、一夫多妻も認めよう。
エナを……いや、“ミナセ・エナ”を、よろしく頼む」
「……今はそれどころじゃないがな!!」
オレは叫んだ。
「あとでまとめて、全部にツッコむからなあああああ!!!」
そして、エナは空へと翔けた。
紅い空に、銀の剣が突き上がる。
空に——届く。




