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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部6話『空に届く力』
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第7幕『空に届く剣、そして翼をくれた者』


 焦げた風が吹いていた。


 焼けた大地、崩れた壁、倒れた兵士。

 煙の中で、まだ生きている者たちだけが、黙って空を見上げていた。


 

 そこに——浮かんでいた。


 

 赤い影。


 黒い翼を、空の風にたゆたわせ、

 下半身は爬虫のような鱗に覆われ、しなる尾を持つ。


 上半身は人のようでいて、首筋から覗く紅玉のような鱗が、光をはじいていた。


 

 その男は、宙にいた。


 まるで、空そのものが彼の居場所だと言わんばかりに、静かに笑っていた。


 

 「……ふむ。これが、地上の限界か」



 声は、澄んでいた。

 けれど、底に鋼の響きを孕んでいる。



 「名乗ってやろう。光栄に思え。

 我が名は、“カイザ=ヴェルレク・イクルド”」


 「魔王軍、空翼戦団・第二階梯指揮官。

 そして、空の王を継ぐ者——この空域における、おまえたちの死だ」


 

 その言葉と同時に、王国軍の魔導部隊が動いた。


 

 「距離、210!高度、軌道修正完了!──撃て!」


 

 数十の魔力砲が、空を裂いた。


 緑と青の光が交差し、

 雷のように、半龍の男に襲いかかる。



 ——だが。


 

 カイザは、笑った。


 

 「無知というのは、幸せだな」



 翼を一振り。


 空気がねじれ、

 砲撃が、まるで紙のように弾かれ、溶けて、消えた。



 その直後、衝撃波。


 地面が割れ、兵士たちが吹き飛び、

 魔導部隊の一部が瓦礫の下敷きになった。


 「っ……!」


 オレは、歯を食いしばる。


 何も、できなかった。

 さっきと同じだ。

 また——守れなかった。



 「……クソっ!!」


 オレの拳が、地面を叩いた。

 空を飛んでるあいつに、手が届かない。

 どうにも、ならない。


 「……くそっ……あいつ、空から見下ろして……」



 「ふむ、少し手こずりそうな相手か」


 白衣の男の声がした。

 

 「私の“シュタインロート”で蒸発させてもいいが、

 あの手の姿の相手には、少々トラウマがあってね」



 彼は笑っていた。余裕の顔。


 

 そして、懐からひとつ、転送装置を取り出す。



 「だが、いい機会だ。ミナセくん——君に翼を授けよう」


 


 空間が、ひずんだ。

 光が走り、風がうなる。


 


 そして現れたのは——


 


 浮かぶ剣だった。


 


 いや、剣“だけ”ではない。


 両刃の大剣のブレード。黒い刀身に、ライムグリーンに光る無数の術式回路。

 柄の部分には、黒くぬめったような装甲。


 そして、鍔の中央。


 


 そこには、大きな、眼球がひとつ。


 爛々と、こっちを睨んでいた。


 


 「っ……!」


 


 次の瞬間。


 


 ズバァッ!!


 


 その剣が、光のように突進した。


 狙いは——白衣の男の首。


 


 「おっと、危ない」


 ひらり、と彼は身を翻す。



 斬撃が空を裂き、宿の屋根が真っ二つに崩れ落ちた。


 


 それでも、彼は冷静だった。


 「彼女は、我が娘。LC-12、エナ」


 


 「見ての通りだ」



 エナは浮いていた。

 無言で、じっとオレを見ている。

 いや、目の前の“全員”を、敵かどうか測ってるようだった。


 「君なら……意味が、わかるだろう?」


 


 オレは、目を見開いた。


 エナが、ふっとオレの目の前まで降りてきた。


 ブレードの背中側に、足場がある。

 あれに乗れってことか。


 

 「よし……!」


 エナの背に飛び乗る。


 その瞬間、重力が逆転したような浮遊感。

 でも、不思議と落ちる気はしなかった。


 


 エナは、受け入れてくれた。

 たぶん。



 「では、行ってこい」


 白衣の男が手を振る。


 

 「……平等に愛すると誓うなら、一夫多妻も認めよう。

 エナを……いや、“ミナセ・エナ”を、よろしく頼む」



 「……今はそれどころじゃないがな!!」




 オレは叫んだ。


 「あとでまとめて、全部にツッコむからなあああああ!!!」


 


 そして、エナは空へと翔けた。


 紅い空に、銀の剣が突き上がる。


 


 空に——届く。


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