第6幕『剣は刃となり、戦場は燃える』
息が上がる。
腕が震える。
視界の端が、じわじわと白くなっていく。
「……はあ、っく……!」
セブンを振るたび、反動が全身に残る。
軽くしても、振り抜くには筋力が要る。
重くすれば、一撃で倒せるけど、こっちの骨まで砕けそうだ。
——ぶっちゃけ、もうこれ、剣っていうか、ただの“棍棒”だ。
「オレ、これ使い方ぜってー間違ってるだろ……!」
背後から回り込んできたモンスターを蹴り飛ばしながら、
セブンを片手で地面に突き立てる。
もう、握力がギリだ。
「……少し、貸してごらん」
白衣の男が、すっと手を差し伸べてきた。
「は?」
「セブンだよ。10分だけでいい。
改良してあげよう、父性で」
「おい、ちょっと、待て、お前ほんとに戦場わかってる!?」
だが、セブンが言った。
《了承。ユニットセーフモードで引き渡し。……一時的メンテナンス許可》
「勝手に承諾すんなぁああああ!!」
そして、オレはセブンを渡した。
いや、取り上げられた。くっそ、戦場のど真ん中で!
それからの10分。
オレは、ひたすら回避に徹した。
アリスのワイヤー支援がなければ、たぶん死んでた。
いや、たぶんじゃなくて完全に死んでた。
「……グォオオオオオ!!」
「うおぉおおおおおっ!?ちょっと待て!?来んな来んな来んなあああ!!」
声が裏返るくらい、ギリギリで躱す。
踏み台にしたモンスターの顔が変形してて、なんか申し訳ない。
「アリス!右、回り込んで!支援だけでいい!」
「了解。補助支点を三箇所、射出します」
飛び跳ねるように動くアリスが、ちらっと白衣の男に視線をやってから、オレを見る。
「リク!セブンを弄ってるあの人には、信頼性はあるのですか!?」
アリスの声は、珍しく苛立っていた。
戦場で機体を預ける行為——ゴーレムとして、それは明確に“危険”だと判断しているのだろう。
白衣の男は、ちらりとアリスを見て、静かに口元を緩めた。
「ふふふ。大丈夫だよ、アリス。……いや、ミナセ・アリス」
「ちょっと待てお前!!」
「その名称は非公式です! 登録されていません!!」
同時に突っ込むオレとアリス。
「それフラグだからやめろ!!勝手に俺の名字つけんな!!」
「ふふ、照れなくても良い。君たちはもう家族なのだから」
「もっかいブン殴っていい!?」
白衣の男は、まるで意に介さず、セブンに指をかざした。
「“エッジアングル制御”、解放。
相手の皮膚硬度や状況に応じて、セブンの刃の角度を変化させる」
「安心したまえ。モンスターには刃、人間には従来通りの鈍器だ。
まあ要は、切れ味を変えるだけだが、質量制御と組み合わせれば、非常に強力だ。
制御はセブンに任せた。……大丈夫だろう。たぶん」
「たぶんをやめろ!!」
《演算完了。動的エッジモード。接触面、減衰率最低値》
刀身の表面が、わずかに波打った。
まるで液体金属のように、角度と厚みが変わっていく。
オレは一振り試した。
ヒュン!!
「……軽っ!?」
刃が通る。
セブンの軽さだけじゃ無い。
明らかに空気抵抗が違う。
今までの“叩き割る感覚”じゃない。
切る。
最小限の力で、最小限の動きで。
「こりゃ……やばいな。楽すぎてこわいぐらいだ」
セブンが、いつもよりちょっとだけ誇らしげな気配を出してる……気がする。
「ミナセくん、戦線中央を頼む」
白衣の男の声が、背中に飛んできた。
「私は右へ回る。被害の抑制も同時に行う」
「っしゃ……行くぞ、アリス!」
「了解。全力支援に移行します」
それからの数分は、まるで訓練されたコンビネーションのようだった。
モンスターの大群を前にしても、怯まない。
アリスが足場と罠を張り、
オレが跳び、斬り、斬り、斬りまくる。
セブンの“刃”は確かに存在していた。
目で見えないほど鋭くて、
でもオレの手にだけは、なじんでいた。
戦況が、押し返された。
王国兵の歓声が上がる。
敵が、散っていく。後退していく。
「……勝った、のか?」
オレが、そう呟いた瞬間だった。
ゴオオオオォォォォォ……!!
——空気が焼けた。
空から降って来た“何か”が、
モンスターも、兵士も、建物も——全部まとめて包んでいった。
「うわっ——!?」
——爆炎だった。
黒い煙と、赤い火と、
何かの術式が混ざったような、ぐちゃぐちゃな気配。
前線が、一気に崩れた。
叫び声が、響く。
炎に巻かれた兵士が、ひとり、またひとりと倒れていく。
何人かは、もう動かない。
「アリス!!」
「展開……間に合いません」
「くそっ!!」
次の瞬間。
バンッ!!
目の前に、黒い壁が立ち上がった。
「“フォートレス・タグ”!!」
白衣の男の叫びと共に、呪符が弾け飛んだ。
オレとアリスの前に、巨大な防御障壁が出現する。
爆炎がぶつかる。
地面が抉れ、空気が歪む。
それでも——
生きていた。
助かった。
だけど、助からなかった奴もいた。
——戦場は、甘くない。
視界の先に、伏せて動かない兵士。
ちぎれた盾。焼け焦げた槍。
音が消えたような気がした。
胸が、ズンと重くなる。
「……くそっ……!」
オレは、拳を握った。
次は、絶対、見逃さない。
絶対、守る。
そう誓いながら、また前を向いた。




