第3幕『説明は、OPスキップしても1クール分』
オレは今、宿屋の主人にひたすら頭を下げている。
「すみませんでしたッ!!」
宿の前の通りでは、まだ爆発の煙がくすぶってる。
窓は粉々、壁は煤けて、通行人はこっちを見てドン引きしてる。
「いやホント、火薬の暴発は想定外だったんです。
……な?」
「パパ改めお義父さんと呼んでくれて構わんよ」
「呼ばんわ!!」
もう怒る気力もない。
間もなくして、街の憲兵がやってきた。
当然のごとく現場は囲まれ、事情聴取を求められる。
オレはポケットから、ルルの紹介状を差し出し、
「後日、必ず弁償します」と頭を下げた。
あの星の巫女さまの名前が効いたのか、
渋い顔をしつつも、なんとか見逃してもらえた。
……なんだこの“巫女頼みの異世界生活”は。
その場を何とか収めたオレたちは、部屋に戻った。
壁が焼け焦げてる気がするが、たぶん気のせいだ。
「……で、とりあえず、いろいろ説明して」
オレは白衣の男に向き直る。
「まずは、アリスを“娘”ってどういう意味?詳しく」
アリスは無表情で黙ってる。
セブンも鞘の中で無言だが、たぶん“情報処理優先モード”に入ってる。
いや……たぶん単に呆れてるだけだ。
「うむ、では一から詳しく説明しよう」
白衣の男は椅子に腰かけ、やたら荘厳な声を出す。
「私はかつて、罪を犯した。
魔術と科学、欲望の果てに生まれた我が娘たち。
彼女たちを、私は“造り”、そして、その魂すら——」
「待て!それどれくらいの長さになる!?」
「深夜アニメ1クール分だ」
「長えよ!!」
「問題ない。最近のアマプラにはOP・EDのスキップ機能がある。
ただしCパートを見逃す危険があるのが難点だが」
「端的に!!」
「まったく、最近の若者は。
これだから“ファスト映画”などという迷惑行為が蔓延するのだ……」
「なああんで説教モードに入るんだよ!!」
——バンッ!!
またしても、宿の主人の怒号が響いた。
「うるさい!!静かにせんかい!!」
「すみません……!!」
オレは、また頭を下げた。
それでも気になることは山ほどある。
「……つまり、アリスはその、“造られた娘”ってことなのか?」
「正確には、兵装制御補助端末。
我が手によって設計・構築された“愛の結晶”だ」
アリスがふいに口を開いた。
「表現に不備があります。
わたしは、量産可能なゴーレムの制御試作個体です。愛などは関係ありません」
「いや、そこは否定しないで良いとこなんだぞ……?」
オレは頭を抱える。
この人形みたいな女の子と、変態全開の白衣の男が“父娘”で、
その父が“父性”を爆発させて今から修行に連れてくって……いや、どうしてこうなった?
その時だった。
ピピッ
何かの起動音が、机の上から鳴った。
「さて、話はここまでだ」
白衣の男が、何の迷いもなくスイッチを押す。
「次の段階へ移行する」
「いやちょっと待て!?まだ話終わって——」
ブォォォォ……
空間がねじれた。
視界が反転して、足元が引っ張られる。
重力が跳ねる。
胃が、ふわりと浮く感覚。
「ちょっ、おまっ……!」
そのまま、世界が裏返った。
そして——
着地した先は、
ゴォォォォォン……
空が赤く燃えていた。
耳をつんざく砲声と、地響き。
目の前を、鉄鎧の兵士とモンスターがすれ違いざまに切り結ぶ。
「……ここ、どこだよ」
「ここが訓練地だ。
王国軍と魔王軍が激突する、前線の真っただ中である」
「訓練の意味分かってるかお前ぇぇぇ!!?」
《補足:この状況は“訓練”というよりも“戦場での即時実戦投入”と分類される》
「うん、知ってたセブン!!」
「さあ行こう、我が義息子よ」
男が、白衣を翻す。
「この戦火を越えてこそ、
真の“親子共闘”は実現するのだ!!」
「そんなの聞いてねぇぇぇぇぇ!!!」
——こうして、オレたちは戦場に放り込まれた。
ツッコミ役が足りない?
知らんよ。とっくに渋滞してるわ。
——そのときだった。
「そこの者たちッ!おまえたちは何者だ!?」
混乱の中をかき分けて、鉄鎧をまとった騎士が駆け寄ってきた。
肩当てに王国の紋章。どう見ても指揮官クラスだ。
「まさか、援軍か!?……だが、見慣れぬ装備……所属を名乗れ!」
こちらに剣を向けるでもなく、真剣な顔で言ってきた。
オレは何か言おうとしたが、すかさず白衣の男が前に出てきた。
「む……ここは義息子たる君の出番だろう。名乗りたまえ」
「はぁ!?今!?戦場のど真ん中で!?」
「いつもの、かっこいいやつだ。
この状況を“一気に支配する”には、名乗りという演出が必要だ」
「お前、演出家かなんかかよ……」
それでも、見られてる。
兵士たちも、アリスも、セブンも。
そして、このわけのわからない世界も——たぶん、こっちを見てる。
だったら、腹をくくるしかない。
「……オレの名前は、ミナセ・リク!」
「この世界のことも、戦争のことも、まだ何もわかってねぇ!
けど!見て見ぬふりは、ごめんだ!」
「命懸けで誰かを守るってのが、こっちのルールなら、
オレも、そのルールで戦うだけだ!!」
——よし、言った。やったぞオレ。
その横で、アリスが静かに一礼した。
「わたしは、LC-01-A-03・アリス・リドル。
ミナセ・リクの指示に従い、戦闘支援を実行します」
いろんな意味で、もう引き返せない。
「グラビティヒーロー、見参ッ!いくぜ相棒!」
セブンが応える
《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.
Reboot complete──出力調整フェーズ》
髪がふわりと持ち上がる。
セブンの刀身に、起動ログが走る。
重力波が空間を押し返し、足元の瓦礫が宙に舞った。
——王国兵たちは一瞬言葉を失ったが。
「……あいつ、やべぇぞ」
「魔導器か!?いや、例の古代兵器だろ!?」
ざわめきが走る。
目立った。完全に目立った。
セブンは……頼もしい。……が、クソ目立つ!
《……戦略の提案を求む》
セブンの声が冷静に響く。
「あるとも。まずは——」
オレは、ぐっと拳を握った。
「戦闘のドサクサに紛れて、隣で白衣をはためかせてるコイツを一発ぶん殴る!!」
「なぜだね!?!?」
白衣の男が振り返った瞬間、もう遅い。
オレは構えを取りながら叫んだ。
「この混乱!この理不尽!この精神的ダメージ!全部まとめて、責任取れええええ!!」
すると、すぐ右でアリスが静かに右腕を持ち上げる。
「戦術案、確認しました。
最優先戦略対象を、“白衣の男”に設定。
支援プラン、起動します。全力で」
「いやいや!?なぜキミまでそんなに乗り気なのかね!?」
「わたしは戦闘プロトコルに基づき、指揮官の意思に従います。
副次的動機としては、“なんとなくムカついていた”という感情パターンも観測されています」
「感情あるんじゃねえか!!」
「支援開始。第一支点、射出」
ブシュン!
ワイヤーが飛び、オレの足元に“加速用足場”が構築される。
「よっしゃあああああああ!!!」
オレはその場を蹴り、セブンの軽量モードで助走。
空中で質量を切り替え、ジャストタイミングで——
——ドッッッ!!
白衣の男の横顔に、セブンを叩き込んだ。
「ぐふッ……!?」
ふっとんだ白衣が、くるくる回って空中に舞う。
「なんと尊い光景であろうか……!!」
地面に落ちる前に、なぜか感謝されていた。
「……よし、スッキリした。じゃあ改めて行こうか、相棒」
《了解。鬱憤解消フェーズ完了。戦闘準備フェーズに移行》
背後でまだ吹っ飛んでる白衣の男を尻目に、
オレたちは前を向く。
戦場の風は、熱くて、うるさくて、ちょっとだけ自由な匂いがした。




