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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部6話『空に届く力』
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第1幕 『決意と指針』


 宿に戻ったのは、日が傾きかけた頃だった。


 通信が終わってから、誰も何も言わなかった。

 ルルの声はもう届かないのに、耳に残ってる気がして、なんとなく口を開けずにいた。


 俺とセブンと、アリス。

 中庭に面した古びた二人部屋に戻って、軋む木の椅子に座る。


 


 「……さて。どうするか」


 俺が口を開くと、セブンが即応する。


 《確認:現時点での最大目標は“帰還手段の確保”。副目標は“魔王の打倒”》


 「わかってる。けど、今の俺じゃ……勝てる気しねぇ」



 思い返せば、俺がこれまで戦ったのは——


 最初の、ルルの街での魔王軍。あれはもう、勢いとセブンの能力でなんとかした。

 それから……人攫いのガラッド。アリスと連携して、ギリギリ勝てた。



 でも、あれが“魔王の幹部”レベルだったら?




 ——正直、自信なんて、ない。




 「なあセブン。魔王って、どれくらいヤバい?」


 《回答不能:魔王に関する確定情報は不足。想定戦力レンジ:地域掃討級〜文明崩壊級》


 「うわ重てぇなオイ……」



 隣で、アリスが黙って頷いた。


 ……いや、あれは頷いたんじゃなくて、姿勢調整の挙動かもしれない。なんせ、アリスだから。


 


 「修行、すべきだよな、たぶん。俺がもっと、まともに戦えるように」


 でも、どうすれば?この世界に修行道場とかあるのか?自己流の筋トレで、魔王に通用するのか? 


 机にひじをついて、額を押さえる。




 なにか、いい手は……。


 セブンが理路整然と話し始めた。


 《提案:連続高負荷戦闘による戦闘感覚の習得。街道における盗賊掃討任務に参加することで、実戦的データの取得が可能》


 「いや、それ普通に死ぬ可能性あるよな?」


 《補足:死亡率はやや高め》


 「“やや”ってレベルか?」


 


 アリスがすかさず口を挟む。


 「提案:私のワイヤーで、筋肉に外部からの強制収縮刺激を加え続ける訓練はいかがですか」


 「それもう拷問だよね?」


 「耐久度の向上に加え、精神ストレスへの適応も期待できます」


 「いや、拷問だよね??」


 


 俺はため息をつきながら、机にひじをつく。



 正直、セブンの案が、一番現実的かもしれなかった。

 盗賊退治——危険ではある。でも、実戦経験を積むって意味では、確かに“最短”だ。


 でもなぁ……。


 「……人間と命のやり取りする覚悟なんて、まだねぇよ」




 ぽつりとこぼれたその言葉に、アリスが一瞬だけ、こちらを見た気がした。

 気のせいかもしれない。あいつの目線はいつも無表情すぎて、読み取れない。


 


 この世界に“ゴブリン退治”なんて都合のいい仕事はない。

 敵がいれば、それは本当に“人”で、命を賭けた戦いになる。

 やるなら、本気でやらなきゃ、こっちが死ぬ。


 


 でも——アリスと連携すれば。


 「……不殺、でいけるかもしれねぇな」




 ワイヤーで拘束して、セブンで気絶させる。急所は外す。

 そもそも俺は剣のプロじゃない。殺すために戦うのは、どこか違う気がしてた。


 


 ……それでも、今よりマシだ。

 このまま、何もできないままじゃ、戦う資格すらない。


 ——そのとき、ふと目に止まった。




 机の端に、無造作に転がってる銀の円盤。

 ポータル。あの、うさんくさい白衣の男から、以前押し付けられたものだ。


 触れるのも正直イヤだったが、つい手が伸びてしまった。


 

 ……そういえば、アイツ。


 あの時、俺たちのことを、やたら詳しく知ってた。

 俺が異世界人ってことも、魔王のことも、セブンが古代兵器ってことまで。



 この世界や、魔王のことに詳しくて。

 俺やセブンの事情も知ってて。

 なんか打開策を、思いつきそうなヤツで——


 


 「……いや、でも。あいつかよ」


 思わず声が出た。


 あんな、うさんくさくて、ギラついた笑い方で、妙に“パパ”ぶってくるヤツに、また会うのか?


 けど——他に、今の俺に打てる手が、あるか?


 


 「……詰んでんな、オレ」


 俺がポータルを指でつまんで、くるくる回していたそのとき。


 アリスがぴたりと動きを止めた。



 「それは……何ですか?」



 声をかけたのはアリスだった。目線は俺の手元、ポータルに釘付けだ。


 「え? ああ、これ? こないだ変な白衣の男が——」


 「それは嫌な予感がします。危険です。手を離して……いえ、廃棄して……いえ、今すぐわたしが破壊します」


 「いやいや!? 落ち着けって! ただの通信ツールだって、たぶん!」


 次の瞬間、アリスが無言で詰め寄ってきた。

 その目に、初めて見るような“本気”が宿っていた。


 

 「待てって!わかった、触らないから、ちょっと話を——」


 俺がそう言いかけた瞬間、


 「破壊します」


 シュッ、という風切り音。


 アリスの袖口から、銀色のワイヤーが射出された。


 

 「うおッ!?」


 俺は咄嗟に立ち上がり、椅子の背を蹴って飛ぶ。

 そのままテーブルを軸に、半回転で着地。

 狭い室内でも、身体が勝手に動いてくれる。こういうときだけは、昔のパルクール経験に感謝してる。


 だが。


 「迂回します」


 アリスは無感情なまま、二の腕から追加のワイヤーを射出。

 二方向から俺の足を絡め取ってきた。


 「マジかよ!?」


 避けきれず、足元を掬われ——


 ドン、と床に押し倒された。


 

 そして。


 ——目の前に、アリスの胸部があった。



 「……」


 「……」


 

 そこには、まったく機械的で冷たい表情のまま、俺を押さえ込むアリス。

 そして、顔に触れたのは、意外にもふんわりとした感触だった。


 

 いや、待て。


 アリスって、なんて言うか、ロボット?だよな?

 なんで柔らかい!? どこの素材が!?緩衝材とか!?


 

 「いやいやいや違う、落ち着け俺、今はそういうタイミングじゃない!!」


 俺がジタバタともがいたちょうどその時。


 

 ……ポータルが、光り始めた。


 セブンが即座に反応する。


 《警告:エネルギー反応を検知。該当機器は“任意通話型魔導転送装置”——》


 「ちょ、ちょっと待て!? 呼んでねぇからな!? てか、転送ってなんだよ、おい!?  今この状況でそれはマズいって!!」



 そして——

 部屋中に、あの男の声が炸裂する。


 

 「やあ、愛しき我が息子よ!!!」



 ……最悪の予感は、物理的にも精神的にも、全部まとめて当たった。


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