第8幕『お泊まりフラグを秒で折られた巫女』
私は、通信装置の前で硬直していた。
リクの言葉が、胸の奥に刺さったまま動けない。
——止められなかった。
あんなに理屈を並べて、提案を出して、選択肢を示したのに。
結局、私は彼の“進む”という意思を、覆すことができなかった。
あれはきっと、あの子なりに悩んで出した答えだった。
でも……でも、
じわり、と後頭部が熱い。こめかみがピクつく。
私は星詠みの巫女よ?
この国でもっとも未来を視る者として、
正しい判断を、正しい選択肢を提示したはずなのに——
——はあ?
なにあの顔。なんで、あんな涼しい顔で断るのよ。
私は完璧に説明したわよね?
道理も筋も立ってたでしょ?
帰る方法は調査中。ギルドへの報告も済んでる。
星詠みの巫女・ルセリア様のご厚意つき!
しかも、泊まる場所は、この・わ・た・し・の部屋!!
……何その提案を、あんな気まずそうに目をそらして「いや、このまま進む」って!?
ていうか、なんで私があんなに勇気出して“泊まっていい”とか言ったのに、秒で却下なの!?
なんならちょっと赤面しながら、“お風呂イベント”とか仄めかしたのに!
……そんなに、さっきのアリスちゃん?
あの鉄仮面女と一緒の方が、居心地いいってわけ?
ちくしょう、なによそれ。
気づけば拳を握りしめていて、息が上がっていた。
——落ち着け、ルル。
あなたは星の巫女。冷静に、理性的に……。
無理。
「………………無理ッ!!」
ばっ!と立ち上がり、隣にいた執務官の襟首を掴んだ。
「私もリクと行く!!
あんな女とずっと一緒にいたらリクが危険——じゃなくて、私にもリクに対する責任があるもの!」
すぐ横で、老魔導師のような風貌の養父が、真っ青な顔で立ち上がり、後ろから私の肩をガッチリ掴む
「バカモン!! お前がここを離れたら、本当に世界が滅ぶわ!!」
「止めないで、じーちゃん!!」
私が叫ぶと同時に、左右から職員たちの腕が伸びた。
「ひっ……ひいぃっ!? ルル様、落ち着いてください!!」
「こっ、ここで抜け出されたら責任問題なんです!!」
両腕をがっちり押さえられた……が、それでも私は前に進む!
「離してじーちゃん!! 離せこのクソジジイ!!」
「なんだその言い草!?
父親代わりに育ててやった恩は!?
ていうか、マジで世界滅ぶから! 本当に!!」
「世界とかどうでもいいッ!!!」
「おまえ星の巫女だよな!?
職務放棄どころか、世界放棄するな!!」
「リクの方が大事なのッ!!」
「な!? 聞き捨てならんぞそれ!色んな意味で!!
ていうかルル、力強いな!? 3人がかりでも止まらんぞコレ!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!
私はあんな無表情スリット鉄仮面女に負けたくないのーーッ!!!」
3人の男を引き摺りながら叫んだ私の声が、神殿にこだましたのだった……。
——the episode’s end.




