第6幕『三者会話は一方通行』
——あ、これダメなやつだ。
通信が繋がった途端、画面の向こうでは“アレ”と“アレ”がバチバチだった。
「……ずいぶんと静かな方なのね? 最初、映像止まってるのかと思ったわ」
「そちらこそ、最初から表情が営業スマイルで固定されていますが、調整ミスですか?」
「……言うじゃない」
「事実です」
火花が、見える。いや、もう見えてる。この魔法通信、エフェクト機能ついてんのか?
「……あー、その、ちょっといい?」
俺はそっと口を挟んだ。
「俺、ギルドに寄っただけなんだけど、いきなり案内されてここでこれで……で、結局、なんの用?」
答えはなかった。
二人は、完璧な無視をキメたまま、黙ってお互いを睨んでいる。
……終わらねえ。
——俺は、画面に映るルルに目を向けた。
「……ルル。なんか久しぶりな感じするな」
「……そう?」
つれない返事。そっけないにもほどがある。
少し間が空いて——
《ユーザーは、ルセリアとの通信を喜ばしく感じている》
「いや、言い方!」
ルルはちらりとセブンを見やって、小さくため息をついた。
「……あいにく忙しくてね。報告書とギルド対応だけで手一杯だったわ」
「いやいや、そういうのは分かるけどさ。なんていうか……こうして顔見ると、ちょっとホッとするっていうか……」
ルルは答えなかった。無言のまま、映像の枠外にある書類へと手を伸ばし、わざとらしいほど自然な顔を作っていた。
《ユーザーは、対象ルセリアに対し、安心感および信頼を表明》
「……おい、やっぱお前盛ってんだろ!?」
ルルはぴくりと眉を動かし、すぐに表情を戻す。
「……その中継、思ったより使えるわね」
——そして俺は、アリスの後ろから感じる「視線がうるさい」という無言の圧を見なかったことにした。
諦めた俺は、セブンに目を向けた。
「なあセブン、オマエ経由で話してもいいか?」
《許可。中継体制を開始》
俺がため息をついた直後、ルルがセブンに話しかけた。
「つまりよ。いち早く戦況の変化を知らせておこうと思ってね」
すかさず、セブンの声。
《ルセリアは、“最新状況の開示”を提案している》
「……いや、オレにはその中継いらないから」
《理解。以後、不要時には“既読スルー”に切り替える》
「違う、そうじゃない」
ルルは小さく笑ってから、言葉を続けた。
「この街の北、旧領土線で不穏な動きがあるの。……まだ住民には知らされてないけど」
《ルセリア・ルーンヴァイスは、当該動向を“前哨的挑発”と判断。当ユニットが収集した情報でも、各地で小競り合いが確認されている》
「やめろ、だからそれオレに中継するなって」
アリスが、無表情でセブンの方に視線を向ける。
「高性能ですね。……中継機能も」
「おい、褒めるな! それ使うのおかしいからな!」
《補足:リク・ミナトの混乱度、軽度上昇中。現状把握が困難なため、説明を要する》
「いや、なんでオマエがそれモニタリングしてんだよ!」
アリスが、わずかに視線を上げると、セブンに向かって小さく言った。
「……《補足》、評価します」
《了解。対話プロトコル継続》
「アリス! オマエもセブンとだけ会話すんなって!」
思わずツッコむと、背後からひときわ冷えた声が飛んできた。
「……アリス“ちゃん”って言うの? その子」
「え、いや、それは——」
「で、セブン。リクとアリスちゃんは、今どのくらいの関係なわけ?」
「だから、それは別にそういうんじゃなくて、たまたま……」
《該当人物アリスとの同行は、環境的要因に起因する偶発的合流。リク・ミナトによる主体的選択はないとユーザーは弁明》
「ふうん。なるほど。“偶発的合流”、ねぇ?」
《補足:ルセリアの内心、穏やかではない模様。語尾の波形に若干の棘あり》
「いらないからその分析もっ!! オマエら中継すんな、会話が三重苦なんだよ!!」
セブン越しの会話は、なぜか俺だけが蚊帳の外だった。
——この通信、あと何分続くんだろう。
なんとなく、頭が痛くなってきた。




