第4幕『ともに行く理由』
《確認:この街に留まる理由、既に希薄。移動を推奨》
腰の鞘から、セブンの声が届く。いつの間にか、自発的に会話を始めるあたり、相変わらずだ。
「……あー、うん。そうだな。ちょうどそう思ってたとこ」
日が傾きかけた広場を抜けて、俺たちは街の外れにある冒険者ギルドへと向かっていた。
「そろそろ、次の街を目指そうと思ってる。まずは、もう少し行った所にある“大図書館都市ルーメル”」
「ルーメル……?」
後ろを歩いていたアリスが、ぽつりと声を漏らした。
「うん。そこなら情報も集まるし、なにより……元の世界に帰る手がかりが、少しでも見つかればと思って」
「元の世界……」
アリスはその言葉を、小さく繰り返した。
「……あ、ごめん。急に言ってもわかんないよな」
ちょっと気まずくなって、俺は頭をかいた。
「ま、話すと長くなるから割愛するけど……いろいろ訳ありで、さ」
「……そうですか」
その返事は、何かを判断しているような、でもそれ以上は問わないような——
そんな、奇妙に優しい間の取り方だった。
「ま、すぐに何か分かるとは思ってないけどな。できることから順番にやってくしかないし……」
言いながら、俺はアリスの方を振り返る。
「アリスは? どこ目指して旅を?」
少しの沈黙。風が、街の赤い屋根を撫でていった。
「……いえ。私は……とくに目的地はありません」
その言葉は、どこか“空っぽ”のようでもあった。
「それなら……」と言いかけた時、
アリスは一歩、こちらに近づいた。
「……ついて行っても、いいですか?」
その言葉に、俺は一瞬、声が出なかった。
「マジで? てっきり、ここでお別れかと思ってた……」
「非戦闘要員の補助、及び周辺警戒、整備・搬送支援など。……同行に合理性はあります」
言いながらも、アリスはまっすぐこっちを見ていた。
……それは、どこか“自分に言い聞かせている”ようにも見えて。
「……そっか。じゃあ、よろしくな」
俺が手を差し出すと、アリスは一瞬だけ目を伏せてから、それを握り返してくれた。
冷たいけど、確かな感触だった。
《……申請。戦術的には、別行動を推奨》
「おいおい……」
《追加解析:同行によるユーザーの精神的摩耗リスク──高》
「だからおい」
「……任務に支障が出るなら、離脱も検討します」
その言葉に、セブンがちょっとだけ黙った。
——と、そのときだった。
「——きゃあっ!!」
広場の裏手、石垣の段差を見下ろした先で、甲高い悲鳴が上がった。
思わず駆け寄って、俺は手すりごしに下を覗き込む。
さっきの子だ。白い花をくれた、あの女の子。
小さな路地の入口。腰を抜かして尻もちをつき、地面を這うように後ずさっていた。
向かい合う形で、獣がいた。
毛並みの荒れた野犬だ。首輪もなく、骨が浮き出るほど痩せて、目だけがギラギラと光っている。
低く唸る声と、地をかく前足。
「っ……!」
周りの子供たちが茂みの影で怯えている。誰も助けにいけない。
広場の向こうで、大人がようやく気づいて駆け出したが——間に合わない!
俺は手すりを乗り越えた。
着地の衝撃で膝に痛みが走る。関係ない!
——間に合え!
その一瞬後、風を切る音が、背後から迫った。
俺の頭上を何かが駆け抜ける。
銀色のワイヤー。
天井の支柱から斜めに張り出し、一直線に空を裂く。
着地と同時に、その白い影は女の子の前に降り立った。
アリスだ。
硬質の脚が地面を蹴り、片腕を前に突き出す。
その肘が、跳びかかろうとした犬の鼻先に、正確に打ち込まれた。
「キャンッ!!」
犬は叫び声をあげ、地面を転がって、土煙を巻き上げながら逃げていった。
その場にしゃがみ込むアリスと、抱きついて泣く女の子。
「……大丈夫。もう、怖くありません」
アリスがそう囁くと、子供は泣きながら何度もうなずいていた。
アリスは静かに戻ってきた。
子供を抱き上げ、広場の人だかりへと無言で引き渡したあと、まっすぐこちらへ歩いてくる。
その表情は、いつも通りの無機質なままだった。
《……随行者評価、二十パーセント上方修正。理由:迅速な状況判断と護衛行動》
「……数値で褒められても、嬉しくないです」
《感情的反応、確認。評価の影響は——》
「……別に、あなたの“合格ライン”なんて興味ありませんから」
《……評価値、二十パーセント下方修正》
「ちょ、おま、取り消すの!?
ていうか、それ計算したら最初よりちょっと低くなってんじゃねぇか!!」
俺の叫びに、通りかかった子供たちの笑い声が混ざった。
どうやら、旅の仲間はこのまま増えるらしい。
……道中は、ちょっと、賑やかになりそうだ。




