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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部5話『機械仕掛けの優しさと、巫女の爆発』
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第4幕『ともに行く理由』


 《確認:この街に留まる理由、既に希薄。移動を推奨》


 腰の鞘から、セブンの声が届く。いつの間にか、自発的に会話を始めるあたり、相変わらずだ。



 「……あー、うん。そうだな。ちょうどそう思ってたとこ」


 日が傾きかけた広場を抜けて、俺たちは街の外れにある冒険者ギルドへと向かっていた。



 「そろそろ、次の街を目指そうと思ってる。まずは、もう少し行った所にある“大図書館都市ルーメル”」


 「ルーメル……?」



 後ろを歩いていたアリスが、ぽつりと声を漏らした。


 「うん。そこなら情報も集まるし、なにより……元の世界に帰る手がかりが、少しでも見つかればと思って」


 「元の世界……」



 アリスはその言葉を、小さく繰り返した。



 「……あ、ごめん。急に言ってもわかんないよな」


 ちょっと気まずくなって、俺は頭をかいた。



 「ま、話すと長くなるから割愛するけど……いろいろ訳ありで、さ」


 「……そうですか」



 その返事は、何かを判断しているような、でもそれ以上は問わないような——

 そんな、奇妙に優しい間の取り方だった。



 「ま、すぐに何か分かるとは思ってないけどな。できることから順番にやってくしかないし……」


 言いながら、俺はアリスの方を振り返る。


 「アリスは? どこ目指して旅を?」



 少しの沈黙。風が、街の赤い屋根を撫でていった。


 「……いえ。私は……とくに目的地はありません」


 その言葉は、どこか“空っぽ”のようでもあった。



 「それなら……」と言いかけた時、


 アリスは一歩、こちらに近づいた。



 「……ついて行っても、いいですか?」


 その言葉に、俺は一瞬、声が出なかった。


 「マジで? てっきり、ここでお別れかと思ってた……」


 「非戦闘要員の補助、及び周辺警戒、整備・搬送支援など。……同行に合理性はあります」



 言いながらも、アリスはまっすぐこっちを見ていた。


 ……それは、どこか“自分に言い聞かせている”ようにも見えて。


 「……そっか。じゃあ、よろしくな」



 俺が手を差し出すと、アリスは一瞬だけ目を伏せてから、それを握り返してくれた。


 冷たいけど、確かな感触だった。


 《……申請。戦術的には、別行動を推奨》


 「おいおい……」


 《追加解析:同行によるユーザーの精神的摩耗リスク──高》


 「だからおい」


 「……任務に支障が出るなら、離脱も検討します」



 その言葉に、セブンがちょっとだけ黙った。




 ——と、そのときだった。


 「——きゃあっ!!」



 広場の裏手、石垣の段差を見下ろした先で、甲高い悲鳴が上がった。


 思わず駆け寄って、俺は手すりごしに下を覗き込む。



 さっきの子だ。白い花をくれた、あの女の子。


 小さな路地の入口。腰を抜かして尻もちをつき、地面を這うように後ずさっていた。



 向かい合う形で、獣がいた。

 毛並みの荒れた野犬だ。首輪もなく、骨が浮き出るほど痩せて、目だけがギラギラと光っている。


 低く唸る声と、地をかく前足。


 「っ……!」


 周りの子供たちが茂みの影で怯えている。誰も助けにいけない。


 広場の向こうで、大人がようやく気づいて駆け出したが——間に合わない!



 俺は手すりを乗り越えた。

 着地の衝撃で膝に痛みが走る。関係ない!




 ——間に合え!



 その一瞬後、風を切る音が、背後から迫った。

 俺の頭上を何かが駆け抜ける。


 銀色のワイヤー。

 天井の支柱から斜めに張り出し、一直線に空を裂く。



 着地と同時に、その白い影は女の子の前に降り立った。


 アリスだ。


 硬質の脚が地面を蹴り、片腕を前に突き出す。

 その肘が、跳びかかろうとした犬の鼻先に、正確に打ち込まれた。



 「キャンッ!!」


 犬は叫び声をあげ、地面を転がって、土煙を巻き上げながら逃げていった。




 その場にしゃがみ込むアリスと、抱きついて泣く女の子。


 「……大丈夫。もう、怖くありません」



 アリスがそう囁くと、子供は泣きながら何度もうなずいていた。


 


 アリスは静かに戻ってきた。

 子供を抱き上げ、広場の人だかりへと無言で引き渡したあと、まっすぐこちらへ歩いてくる。


 その表情は、いつも通りの無機質なままだった。



 《……随行者評価、二十パーセント上方修正。理由:迅速な状況判断と護衛行動》


 「……数値で褒められても、嬉しくないです」


 《感情的反応、確認。評価の影響は——》


 「……別に、あなたの“合格ライン”なんて興味ありませんから」


 《……評価値、二十パーセント下方修正》


 「ちょ、おま、取り消すの!?

 ていうか、それ計算したら最初よりちょっと低くなってんじゃねぇか!!」



 俺の叫びに、通りかかった子供たちの笑い声が混ざった。


 どうやら、旅の仲間はこのまま増えるらしい。


 ……道中は、ちょっと、賑やかになりそうだ。


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